その昔、沢村栄治賞受賞の一報を受けた投手に、こっそり質問されたことがある。

「沢村賞って何ですか?」

 筆者は「日本のサイ・ヤング賞ってところでしょうか」と答えた。すると、その会話を横で聞いていたベテラン投手にこう突っ込まれた。「沢村賞を知らないやつに、サイ・ヤング賞がわかるわけないでしょうが」。その場は笑いに包まれたが、いまだに訂正しそびれていることがある。

 沢村賞の制定は1947年。サイ・ヤング賞は1956年。「メジャーリーグの沢村賞がサイ・ヤング賞」かと言われれば、それも違うのだが、ともかく歴史は沢村賞の方が古い。ついでに違いを言えばア・ナ両リーグからそれぞれ選ばれ、先発、リリーフどちらでもかまわないのがサイ・ヤング賞で、両リーグから原則1人(2人受賞年もある)で、先発タイプに限られているのが沢村賞。そして、サイ・ヤング賞は記者投票で決まり、沢村賞は選考委員会が選出する。

 2020年度沢村賞の選考が興味深い。ファンには広く知られていることだが、7項目からなる選考基準がある。順にクリアしている投手名を紹介する(11月8日現在)。

選考基準とクリアしている投手

 【登板25試合】
 達成者なし。最多はザック・ニール(西武)、西勇輝(阪神)の21試合
 【10完投】
 大野雄大(中日)の10
 【15勝】
 達成者なし。ただし、14勝の菅野智之(巨人)が登板を残しており、可能性あり
 【200イニング】
 到達者なし。最多は大野の148回3分の2
 【150奪三振】
 到達者なし。最多は千賀滉大(ソフトバンク)、山本由伸(オリックス)の149、次が大野の148
 【勝率6割】
 菅野の.875、東浜巨(ソフトバンク)の.818、森下暢仁(広島)の.769、涌井秀章(楽天)の.733、美馬学(ロッテ)の.714、西の.688、山本の.667、大野、千賀の.647、九里亜蓮(広島)の.615。最高勝率のタイトルの基準(今シーズンは特例で10勝以上)を満たす投手で6割以上は他にもいるが、ここでは規定投球回数に到達している投手のみを書き出した。
 【防御率2.50】
 大野の1.82、森下の1.91、菅野の2.04、千賀の2.16、山本の2.20、西の2.26、東浜の2.34

実質的に大野と菅野の一騎打ちになる

 達成項目が最多なのは大野の3。菅野、森下、東浜、山本、西、千賀が2項目となっている。すぐにわかるように、勝率と防御率は試合数が減った今シーズンでも、到達に大きな影響はない。一方で登板数から奪三振までは積み上げる数字のため、短縮シーズンの影響は大きく出る。そういう事情を考慮したとき、ひときわ光って見えるのが大野の完投数だろう。

 選考委員会の議論は、受賞すれば史上最多に並ぶ3度目となる菅野と、実質的な一騎打ちとなることが予想される。先発が予想される14日のDeNA戦(横浜)で菅野が勝てば、達成項目は「3」で並ぶ。タイトルは菅野の最多勝は確定済み。大野は最多奪三振と最優秀防御率の2冠が濃厚だ。

 個人の比較では投球イニング、奪三振、防御率、完投では大野が上回り、勝利数、勝率は菅野が上。登板数は同数となる見通しだ。

基準の見直しは検討されるべきだが

 昨シーズンの「該当者なし」は19年ぶりであり、歴史上、必ず受賞者を選んできたサイ・ヤング賞との大きな違いでもある。選考委員会としても苦渋の決断だったと思われる。特例シーズンだったことを考えれば、なおさら達成項目の少なさは2年連続の「該当者なし」とする理由にはならないだろう。大野か、菅野か。ここで注目されるのが昨シーズンの堀内恒夫選考委員長の談話である。

「賞のレベルを落としたくなかった」

 山口俊(巨人)と有原航平(日本ハム)がそれぞれ4項目をクリアしていたものの、決め手に欠いた。山口がゼロ、有原が1と完投数の少なさが問題視されたのは明らかだ。2人の優劣はつけがたく、かといって同時受賞には踏み切れない。では6完投の大瀬良大地(広島)はどうだったかというと、登板数以外はクリアできていなかった。

 そもそも項目の基準が厳しすぎる、野球のスタイルが変わってきているという声は強くなっている。2年前から7イニング自責点3以下の「日本版QS」が、先発試合数に占める割合も参考にされるようにはなっている。完投重視への是非ももちろんあるだろうし、基準の見直しは、速やかに検討されるべき課題だろう。

 ただ、選考委員会は現時点でのルールに従うしか道はなく、すなわち「先発完投型」を理想として求めている。歴代の受賞者に例のない、大野の11勝という勝利数を問題視するよりも、圧倒的な完投能力を評価することが賞の理念には近いと思う。

文=小西斗真

photograph by Kyodo News