今日は赤いネクタイですね
――今日は赤いネクタイですね。
広瀬 秋っぽさをイメージしましたが、(アーセナルは)意識しているようなしていないような、です。
――サッカーを見るきっかけはいつごろか覚えていますか。

広瀬 少年団レベルですけど、北海道にいた小学生のころに習っていた時期がありまして、それでサッカーが好きになりました。それと、実家のケーブルテレビで海外サッカーを見られるチャンネルがあって見始めたのがきっかけです。アーセナルTVのほかにバルサTVとかMUTV(マンU)とか、そういう時代でした。
――広瀬八段は1987年生まれですから、03-04年のあの無敗優勝のときはもうアーセナルファンだったんですね。
広瀬 そのシーズンは結構見ていたと思います。2002年の日韓W杯のときが高1でしたから、無敗優勝当時は高2ですね。(アーセン・)ベンゲル監督が名古屋グランパスにいたのをあとで知ったくらいで、アーセナルはずっとベンゲル監督のチームなんだと思っていました。
アーセナルファンになったきっかけは……
――なぜ、アーセナルにピンときたのでしょうか。
広瀬 (ティエリ・)アンリが好きだったんです。
――(ユベントスから)アーセナルに移籍したのは99年でしたね。

広瀬 移籍したばかりかどうか思い出せないですが、中学生で見始めたころにはアンリがすでにいました。ボールタッチ、シュートセンスや決定力、ラストパスの精度の高さが強く印象に残っています。
――身の回りでも02年W杯ブームでサッカーを見始めて、アーセナルにハマる人が多かったですね。
広瀬 そうですか。身の回りにアーセナルファンがいなくて。ただ、最近読んだ記事では、日本はアーセナルファンが多いそうで。
――アーセナルファンが多いことの元をたどると、稲本潤一も一時在籍したこともあってベンゲルの時代になると思います。03‐04年の無敗優勝で覚えているシーンはありますか。
広瀬 シーンはちょっと覚えていないですね。無敗優勝がどれだけすごいか、当時はわかっていなかったんです。そういうこともあるのかと思ったくらいで。いまみたいにネットを手軽に使える環境ではなかったですし。当時はユナイテッドがいちばんのライバルだと素人なりに思っていましたね。
――ファンとして、情報を共有できる仲間がいなくて孤独ではなかったですか。
広瀬 孤独でした。将棋関係者でサッカーが好きな方は多いのですが、いまもアーセナルファンはほとんどいないです。知る限り棋士では私だけですね。
――現在も周りに話す相手はいないですか。
広瀬 ただ、海外サッカー好きはいて、アーセナルの話というよりはプレミアリーグの話になります。トップ棋士だと渡辺明名人や佐藤天彦九段と話をしますね。
渡辺名人とヨーロッパサッカーを現地観戦して“危ない目”に
――時代を進めます。渡辺名人とヨーロッパサッカーを見に行ったことがあるそうですね。結構危ない目にもあったそうですが……。
広瀬 それは2015年の春に渡辺名人と将棋関係者の方と3人で行ったときのことですね。危ない目にあったのはイタリアでのトリノ・ダービー(ユベントス対トリノ)です。トリノのホームスタジアムだったんです。チケットはホームのトリノ側のものだったのですが、われわれが悪かったのか現地の案内表示がよくないのか、全然指定の場所が見つからないんです。で、さまよいつつ歩いていたら、たまたまアウェーのユーベ側に着いてしまって。そうしたら、同行の将棋関係者の方が「私はここにします。絶対に動きません」と言うんです。渡辺明名人が「危ないからやめましょう」といっても「絶対に動きません」と。
結局、流れでアウェー席に着くことになって。試合は先制されたトリノが2点返す展開だったんですけど、1点入るたびにユーベサポーターが野次を飛ばしたり、網越しですけどトリノ側も挑発したりして。発煙筒もバンバン出てきて……。

渡辺名人は警戒して常に後ろを振り返っていましたね。そうそう、前半の半ばにピルロがフリーキックを直接決めたんです。自分はそれを見たかったという気持ちでしたけど、その瞬間に騒ぐ観客たちと、渡辺名人の「ヤバい、ヤバい」と後ろを振り返る構図が微笑ましかったですね。自分はそこまで危ないと思っていなかったんですけど、渡辺名人からは「広瀬さんはおおらかだ」といわれました。
――そのときの観戦はその1試合だけですか。
広瀬 あと本田圭佑さんがまだACミランにいたころで、サン・シーロまで試合を見に行ったんです。チームが不振で、当時のインザーギ監督が解任されそうなときでした。本田もバッシングの標的で、先発で出たもののブーイングされていましたね。日本人としては悲しい試合でしたけど、本田を現地で見られたのはよかったです。
もう1試合、ドイツでレバークーゼンの試合を見に行きました。セリエAに比べてブンデスリーガがいかに平和か実感しました。海外で見たのはこの3試合ですね。
――では、まだアーセナルは……。
広瀬 ええ、じつはまだ見たことがないんです。エミレーツスタジアムでの現地観戦は生涯の目標ですね。

いまもアーセナルの試合は毎週見ていますか?
――将棋でお忙しいと思いますが、いまもアーセナルの試合は毎週観戦しているんですか。
広瀬 最近はアーセナルの試合しか見ていないですね。FAカップとかは見られないときもありますけど、プレミアリーグの試合は見るようにしています。
――でも、毎週2時間を確保するのも大変じゃないですか。
広瀬 なので、ちょっとずつ見ています。朝は前半だけ、夜は後半だけとか。リアルタイムで見られるときは見ますけど、時間帯が深夜のことが多いですから。そういうときは、できるだけニュースをシャットアウトして、ディレイでも自分にとってはライブで見られるようにしています。
でも今季だと、リバプールと対戦したとき(コミュニティシールド)に南野が点を決めたのがニュースで見えてしまって、あぁアーセナルが点を取られたんだなとわかって悲しかったですね。
歴代で好きな選手は…
――いまのアーセナルで好きな選手はいますか。
広瀬 いまは全然出ていませんけど好きなのは(メスト・)エジルです。基本的にミットフィルダーの選手が好きなんです。アンリは最初に好きになった点で別格ですけど。
――あと、歴代ではどんなMFが好きですか。
広瀬 セスク(・ファブレガス)ですね。セスクがボールを持った瞬間にチームみんなが走り出して、みんなで点を取りにいっているんだなというのが忘れられないですね。挙げた選手でわかっていただけると思いますが、司令塔タイプでラストパスの精度がずば抜けて高い選手が好みです。

広瀬ファンが将棋を“一日”観戦してああダメだった、よりは……
――アーセナルはここ数年、FAカップ(16-17年、19-20年)は勝っていますけど、結構苦戦していますよね。それでも見続けるんですね。
広瀬 自分自身がプロ側ですけど、簡単に代えたらファンではないですから。監督が変わってもファンでい続けます。ただ、目に見えてビッグクラブに勝てていないので、そこは変わってほしいなと思っています。
――観戦に頑張って2時間取って、それでもチームが負けると日々のリズムが崩れることはありませんか。
広瀬 逆に置き換えて、広瀬ファンの人が将棋を“一日”観戦してああダメだったというよりは、まだいいかなと。ファン目線で見るようにしています。一生懸命やったと思える試合だったら負けてしまっても仕方ない、と。
――昨季からチームを指揮する(ミケル・)アルテタ監督はどう思いますか。
広瀬 いいと思います。よくなってきていると感じます。
――その前の(ウナイ・)エメリ元監督はどうでしょう。
広瀬 結果がよくなかったですからね。アルテタになってからは明らかに守備の意識が高くなったとは思います。
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文=君島俊介
photograph by Shunsuke Kimishima