2020年ナ・リーグのサイ・ヤング賞投票。受賞したトレバー・バウアー(レッズ)は201ポイント、ダルビッシュ(カブス)は123ポイント。想像していたよりも大差がついたという印象だ。

 サイ・ヤング賞はア・ナ両リーグで最も優秀な成績を残した投手に与えられる。両リーグともに30人の全米野球記者協会所属の記者の投票で決まる。個々の記者は5票を持っていて1位票(7点)、2位票(4点)、3位票(3点)、4位票(2点)、5位票(1点)という形で投票する。

 1位票へのポイント配分が大きいので、受賞するには1位票を多く獲得する必要がある。

まずは前田健太が2位のア・リーグから

 なぜ前田健太とダルビッシュは大差の2位だったのか――それを解き明かすため、ア・ナ両リーグで得票上位3位に入った投手の指標比較をしてみる。※は1位。まずは前田健太が2位に入ったアメリカン・リーグから。

□アメリカン・リーグ
〇ポイント(1位ポイント)

※ビーバー(インディアンス)210(210)
前田健太(ツインズ)92(0)
柳賢振(ブルージェイズ)51(0)

〇勝利数
※ビーバー8勝
前田健太6勝
柳賢振5勝

〇防御率
※ビーバー1.63
前田健太2.70
柳賢振2.69

〇投球回数
※ビーバー77.1回
前田健太66.2回
柳賢振67回

〇WHIP(1イニング当たりの安打、四球による走者数)
ビーバー0.87
※前田健太0.75
柳賢振1.15

〇QS数(投手の最低限の責任と言われる6回自責点3以下の試合数)
※ビーバー10
前田健太8
柳賢振7

〇K9(9回あたりの奪三振数)
※ビーバー14.20(120 奪三振/77.1回)
前田健太10.80(80奪三振/66.2回)
柳賢振9.67(72奪三振/67回)

〇K/BB(奪三振数÷与四球数)
ビーバー5.81(122奪三振 /21与四球)
※前田健太8.00(80奪三振/10与四球)
柳賢振4.24(72奪三振/17与四球)

〇投打の総合指標WAR(Baseball Reference)
※ビーバー3.3
前田健太1.6
柳賢振3.0

〇WAR(FANGRAPHS)
※ビーバー3.2
前田健太2.1
柳賢振1.9

〇最後の2登板
ビーバー1勝0敗 12.2回 自責点3 5与四球20奪三振 率2.13
前田健太1勝0敗 11回 自責点5 0与四球17奪三振 率4.09
柳賢振1勝1敗 13回 自責点2 3与四球12奪三振 率1.38

マエケンはWHIPで両リーグ通じて1位も

 アメリカン・リーグは無風だったと言ってよいだろう。インディアンス3年目の25歳、シェーン・ビーバーが1位票を満票で獲得して選出された。

 前田健太は、昨年までドジャースの同僚だった柳賢振と2位争いをしたが、制球力を示すK/BBなどで柳より明らかに優秀だった。それとともに前田はWHIPでは両リーグ通じて1位。安定感は抜群だったが、圧倒的なパフォーマンスを見せたビーバーとの差は明らかだった。

シェーン・ビーバー©Getty Images

ナ・リーグの指標を詳細に見てみる

 続いてはナショナル・リーグ。こちらは指標別に詳細に見ていこう。

□ナショナル・リーグ

〇ポイント(1位ポイント)
※バウアー(レッズ)201(189)
ダルビッシュ(カブス)123(21)
デグロム(メッツ)89(0)

 バウアーは30票の1位票のうち、9割に当たる27票を獲得。ダルビッシュの1位票は3票だけ。2位票を8割となる24票獲得したが、全く及ばなかった。

〇勝利数
バウアー5
※ダルビッシュ8
デグロム4

 沢村賞なら最も重視されるはずの勝利数はほとんど評価されなかった。ダルビッシュが成し遂げた日本人初の最多勝は球史に残るのは間違いないが……。

〇防御率
※バウアー1.73
ダルビッシュ2.01
デグロム2.38

 古典的な指標ではあるが「1点台」と「2点台」では印象はかなり違う。多少の影響はあっただろう。

〇投球回数
バウアー73
※ダルビッシュ76
デグロム68

 より多くの投球回を投げることは、投手にとって基本的な責務である。ダルビッシュはリーグ3位の76回を投げた。このことは評価できるが、バウアーとの差はそれほど大きくなかった。

〇WHIP(1イニング当たりの安打、四球による走者数)
※バウアー0.80
ダルビッシュ0.961
デグロム0.956

 WHIPは「安打」という運が左右する数字が含まれているので、現在のMLBではそれほど重要視されていない。それでもバウアーのWHIPはダルビッシュよりもかなり良い。記者投票でこの数字が与えた影響は小さくないだろう。

〇QS数(投手の最低限の責任と言われる6回自責点3以下の試合数)
バウアー9
※ダルビッシュ10
デグロム8

 安定感を示す非常に重要な指標である。バウアーは11試合で9試合、ダルビッシュは12試合で10試合。いわゆるQS率ではバウアー82%に対しダルビッシュ83%。大きな差はつかなかった。

〇K9(9回あたりの奪三振数)
バウアー12.33(100奪三振/73回)
ダルビッシュ11.01(93奪三振/76回)
※デグロム13.76 (104奪三振/68回)

 以前のコラムでも紹介したことがあるが、ダルビッシュはMLB屈指のK9を誇る投手である。ここ3年間K9は11を超えている。しかし近年、2シームやチェンジアップなどの精度が上がったこともあり、全体的にK9の数字が異様に高くなっている。11.01という数字が大きなアピールにならなかったのではないか。

〇K/BB(奪三振数÷与四球数)
バウアー5.88(100奪三振17与四球)
※ダルビッシュ6.64(93奪三振14与四球)
デグロム5.78(104奪三振18与四球)

 これも投手の安定感を示す重要な指標。ダルビッシュはバウアーやデグロムより優秀だった。

〇WAR(Baseball Reference)
※バウアー2.7
ダルビッシュ2.7
デグロム2.6

〇WAR(FANGRAPHS)
バウアー2.5
※ダルビッシュ3.0
デグロム2.6

 WARは投打の総合指標として記者投票では重視される。記録専門サイト「Baseball Reference」のWARではバウアーが僅差でダルビッシュを上回るが、FANGRAPHSではダルビッシュが上。今季に関しては決定的な指標ではなかったと言えよう。

〇最後の2登板
バウアー1勝1敗 15回 自責点3 2与四球 17奪三振 率1.80
ダルビッシュ1勝1敗 13回 自責点4 2与四球14奪三振 率2.77
デグロム0勝1敗 12回 自責点5 4与四球24奪三振 率3.75

 サイ・ヤング賞争いが話題になっている中での、最後の2登板の成績である。

 ダルビッシュは9月20日のツインズ戦で6回自責点4で敗戦投手となり、QSも逸した。最終の25日ホワイトソックス戦こそ7回無失点だったが、防御率が2点台に落ちた。これに対してバウアーは2試合ともに7回以上を投げて自責点2以下。そしてデグロムは最終登板、5回自責点3で降板した。

ジェイコブ・デグロム©GettyImages

 3投手は最後の2登板で、差がついたと見ることは可能だろう。

「対戦相手」という重要な判断基準

 実は今季に関してはこうした指標以外に、重要な判断基準があった。「対戦相手」だ。新型コロナ禍で行われた今シーズン、各チームはリーグに関係なく近隣にある同地区のチームだけと対戦し、大陸を横断するような遠征はしなかった。そのため、同一リーグでも対戦チームが大きく異なっていたのだ。

〇ナ・リーグ上位3投手の対戦チームとそのリーグ順位
<バウアー(レッズ)>

 ブルワーズ3試合(ナ中地区4位)
 カブス2試合(ナ中地区1位)
 タイガース2試合(ア中地区5位)
 パイレーツ2試合(ナ中地区5位)
 ホワイトソックス1試合(ア中地区2位)
 ロイヤルズ1試合(ア中地区4位)

<ダルビッシュ(カブス)>
 ホワイトソックス2試合(ア中地区2位)
 レッズ2試合(ナ中地区2位)
 ブルワーズ2試合(ナ中地区4位)
 カーディナルス2試合(ナ中地区3位)
 ツインズ1試合(ア中地区1位)
 パイレーツ1試合(ナ中地区5位)
 インディアンス1試合(ア中地区3位)
 ロイヤルズ1試合(ア中地区4位)

<デグロム(メッツ)>
 マーリンズ4試合(ナ東地区2位)
 フィリーズ2試合(ナ東地区3位)
 ブレーブス2試合(ナ東地区1位)
 レッドソックス1試合(ア東地区5位)
 レイズ1試合(ア東地区1位)
 ブルージェイズ1試合(ア東地区3位)
 ナショナルズ1試合(ナ東地区5位)

やはり「最後の2試合」の成績の差か

 同じナ・リーグ中地区にあるレッズ、カブスに在籍するバウアーとダルビッシュは対戦相手がほぼ同じだったが、デグロムは全く違う相手と対戦していた。それだけに今回のサイ・ヤング賞の投票は難しかったのではないかと思う。

 バウアーとダルビッシュの得票に大差がついた理由は「最後の2試合」の成績の差だった可能性は高いと思う。大統領選挙ではないが、バウアーはほんの小さな差と印象度で、地滑り的な勝利を得たということか。

バウアーが昨年、日本で“講演”したことって?

 トレバー・バウアーは昨年12月、法政大学で行われた「日本野球科学研究会大会」にゲストパネラーとして出席、自分の持ち球について一つ一つ回転数や回転軸などを解析し、より精度を上げるために工夫したと説明していた。データに基づいて投球を自分で設計していたのだ。

トレバー・バウアー©GettyImages

 その後、バウアーはキャンパスで、会合に参加していたロッテの吉井理人コーチの質問に答えてマウンドで踏み出す足の位置と置き方について丁寧に答えていた。 バウアーは188cmの吉井コーチよりも背が低く、平凡な体格なのが印象的だった。

 周囲には法政大学野球部の選手と、米子東高校の野球部員たちがいた。彼らはこの知的なメジャーリーガーと接して、どんな印象を得たのだろうか?

 ダルビッシュもそうだが、現代のMLBでトップクラスに君臨する投手は、自らの肉体、投球動作を冷静に解析し、それに基づいて自らの投球術を進化させている。トレーニングも科学的だ。

 そこには日本野球でよく目にする「期待に応える」「根性」「気力」「ハート」などの言葉が入る余地はないと感じた。

 今回のサイ・ヤング賞投票を見ても、MLBの野球はメンタルも含めて、NPBとは違う次元になろうとしているのだという印象を強く持った。

文=広尾晃

photograph by Getty Images