たかが盗塁。

 しかし今年の日本シリーズは、その盗塁が勝負の決め手となる可能性を秘めている。

 いよいよ11月21日から始まる日本シリーズは、昨年と同じソフトバンクと巨人の激突となった。

 昨年はソフトバンクの4連勝という予想外の結末に終わったこのカードだが、リベンジを期す巨人にとって、今年は徹底的にマークすべき選手がもう1人、増えているのが気になるところだ。

 ソフトバンクのスピードスター・周東佑京内野手である。

「周東には好き勝手にやらせないってことでしょうね」

 レギュラーシーズンでもソフトバンクは、周東の足から苦しい局面を切り開いて、結果的に大きな勝利を手にした場面が1度や2度ではなかった。ド派手なホームランや快投乱麻のピッチングではない。周東は走ることで、試合の流れを動かせる選手なのである。

 それだけに巨人もシリーズでは当然、この周東の足封じに躍起となっている。

昨年の日本シリーズでの周東 (C)Hideki Sugiyama

「周東には好き勝手にやらせないってことでしょうね。そこだと思いますよ」

 こう語るのは巨人の宮本和知投手チーフコーチだった。

「とにかく塁に出さないのがベストです。彼が出ると神経を使わないといけない。だから何とか周東を塁に出さない。でも、もし塁に出してしまったら、周東の足っていうのは日本全国のみんなが期待していると思う。そこを我々がチームプレーで、色々とやりたいと思います」

 チーム一丸で仕掛ける。

 その1つが実はソフトバンクから提案された、全試合での指名打者制度の導入を受け入れたことだった。

DH制度導入で使える“秘密兵器”とは?

 兼ねてからセ・リーグにもDH制度の導入を提唱する巨人の原辰徳監督だが、日本シリーズでは9人野球に慣れているセ・リーグのチームにとって指名打者制度が不利になるのは明白だ。しかしあえてそれをあっさり受け入れた。背景には、コロナ禍の中での試合ということ以外にも秘めたる狙いがあったのだ。

 秘密兵器・岸田行倫捕手の存在である。

 実はこんなデータがある。

 捕手が投手の投球を受けて二塁に送球し、そのボールが二塁カバーの野手に到達するまでの時間を計ったポップタイムである。

 あるセ・リーグのチームから入手したデータだ。

岸田は小林を上回る強肩

 巨人の今季の主戦捕手の大城卓三捕手は最速タイムは1.77秒で、平均は1.97秒。炭谷銀次朗捕手は最速が1.8秒で平均タイムは1.94秒となっている。大城は最速タイムが速くポテンシャルはあるものの、それを平均的に出すことはできないということがこの数字からは読み取れる。

 一方、今季はケガでほとんど出場機会がなかったが強肩の小林誠司捕手は、昨年のデータだが最速が1.85秒で平均値は1.93秒。もちろん3人の中では最も速いタイムを叩き出している。

 ところが、だ。

 それを上回るのが岸田だったのである。

 今季は開幕直後の小林のケガによる戦線離脱で一軍に昇格。その後、小林の復帰で1度は二軍落ちしたが、10月18日に再び一軍に昇格すると、その後は若手の戸郷翔征投手や畠世周投手とコンビを組んで先発マスクをかぶり34試合に出場。チャンスに強い打撃と同時に守備もソツなくこなして、一気に首脳陣の評価を上げてきた選手だった。

 そしてこの岸田の持ち味が、小林を上回る強肩なのである。

「大城を指名打者、岸田を捕手」という構想

 今季の平均のポップタイムは1.86秒で最速は1.82秒。1.7秒台を叩き出すソフトバンクの甲斐拓也捕手には及ばないものの、最速で1.8秒台前半はかなりの好タイムであることは間違いない。

 この点に注目したのが原監督なのである。

「リードとバッティングも悪くないし、岸田はシリーズで使うよ」

 こう語って指名打者制度が使えるペイペイドームで大城を指名打者に回して、岸田の先発という構想を持っていた。

 ところがそこに飛び込んできたのが工藤公康監督の提案だったのだ。それにあっさり乗っかり全戦指名打者制度での戦いを決めてしまった。

巨人の選択肢は確実に増えた

「有利とか不利とかは度外視して、選手の安全であったり、あるいは時間短縮であったり、あるいはスリリングな野球をするとか。まあ近代野球ではやっぱり、一歩踏み出す必要があるだろうということですね」

 原監督は言う。

 もちろん新型コロナウイルス感染拡大の第3波が訪れる中でのシリーズ、という環境面を考えての決断でもある。

 ただ、このシリーズの1つのカギを握るのが周東の足だとすれば、指名打者制度の導入で巨人の選択肢は確実に増えることになる訳だ。

 牽制やクイックがうまいエースの菅野智之投手が先発する第1戦では、シーズン中からコンビを組んできた大城がマスクをかぶることになるのだろう。

 ただ戸郷や畠だけではなく、第2戦に先発が予想される今村信貴投手とも岸田はファームでコンビを組んでいた経験がある。初戦の状況次第では、思い切って、第2戦から岸田を先発起用するケースも考えられるし、6戦以降にもつれ込んだケースでも確実に捕手のオプションは増えることになる訳だ。

0.1秒を巡る攻防がシリーズの明暗を分ける?

 盗塁阻止はバッテリーの共同作業。捕手だけではなく投手の牽制やクイック、また投手がボールを長く持つことで走者のスタートを切りにくくさせるなど、やるべきことはいっぱいある。そんなあらゆるテクニックを使って周東封じに力を注ぐが、岸田の存在がシリーズでカギを握ることになるのかもしれない。

 投手が動き出してから、捕手の送球が二塁カバーの野手のグラブに収まるまでの所要時間は、大体3.5秒前後と言われる。

 一方、一塁走者がスタートを切って二塁に到達するまでには3.4秒前後で、だからこそ盗塁の成功率は6割5分から7割を越える数字となる。

 しかし菅野のようにクイックのうまい投手なら、守備側の時間は0.1秒ほど短縮され、ソフトバンクの甲斐のようにポップタイムで1.7秒台を叩き出し、なおかつ低く強いボールを野手の構えるグラブ付近に正確に投げられるコントロールの良さも備えている捕手なら、そこからまた0.2秒ほど時間を詰めることができる。

 盗塁を巡る攻防とは、まさに0.1秒単位の攻防であり、それがシリーズの明暗を分けることになるかもしれない。

「面白いシリーズになると思いますよ。スリリングな、息を抜けないね」

 下馬評は圧倒的にソフトバンク有利だ。

 それでもあえて不利と思えた全戦指名打者制度をあっさり受け入れた原監督のこの言葉が、妙に不気味に感じられる。

文=鷲田康

photograph by KYODO