最後は、身長198cmの上背を生かした角度のあるファーストサーブで、ティームのリターンミスを誘った。

 グランドスラムにも引けを取らない大舞台のATPファイナルズで、価値ある初タイトル。メドベージェフは歓喜の表情でコート上に仰向けになり……なんてことはなく、1セット目を取った後のように淡々とした様子で歩き出すと、ティームと握手し、肩をたたいて互いに声をかけ合った。

 コロナ禍の今、ウイルスの感染予防策でラケットを重ねるだけの挨拶も多いが、ハイレベルで濃密な2時間42分の後には、やはりこうした「ビフォーコロナ」の様式がふさわしい。

 メドベージェフは1次リーグの「グループ・東京1970」では、初戦で全米準優勝のズベレフにストレート勝ち。その後はピリッとしなかった世界1位のジョコビッチを6-3、6-3で破り、「小さな巨人」シュワルツマンにも完勝。初出場した昨年は1次リーグでナダル、ズベレフ、チチパスに食らいつきながらも3戦全敗で姿を消しただけに、この1年の成長ぶりを存分に見せつける結果となった。

ティームとの出会いのエピソード

 準決勝では世界2位のナダルに挑み、4度目の対戦で初白星を手にした。第1セットを落とし、4-5で迎えた第2セット第10ゲーム。相手のサービングフォーザマッチという背水からラブゲームでブレークバックしてから攻勢に転じ、最終セットはブレークポイントさえ握らせなかった。

 その後のオンライン記者会見では、決勝でぶつかるティームとの出会いのエピソードを明かした。

「とてもよく覚えている。クロアチアであったジュニアの大会で、僕は14歳だった。彼は(2011年の)全仏ジュニアで決勝まで行っていたし、出場自体が驚きだった。僕はチリッチの甥だったか誰かを倒した後、クレーでドミニク(ティーム)とやったんだ。0-2でたたきのめされたよ。それが最初の印象だね。

 コートでの僕の態度はクレイジーで、今より10倍くらいやばかった。試合後、彼に言われたんだ。『君には将来性があると思う。でも、ちょっとだけ落ち着いた方がいいよ』って。ドミニクがこのことを覚えているか分からないけどね(笑)」

 こうした背景を踏まえて見る頂上決戦は、ひと味違った楽しさを与えてくれる。

ティームもジョコ相手に劣勢を跳ね返し

 一方、世界3位のティームは、今年の全米でグランドスラム初のタイトルを手にした。今大会準決勝のジョコビッチ戦では、最終セットのタイブレークで0-4の劣勢からリスクを負ったショットを次々と決め、ツアー通算300勝の節目を見事な勝利で飾った。

 メドベージェフとは過去3勝1敗。準決勝で対戦した今年の全米は粘られながらもストレート勝ちしており、やや優勢かとみられた。

効果的だったメドベージェフの戦術変更

 メドベージェフは第1セットを4-6で奪われた。序盤から得意のリターンを軸にブレークポイントを握るが、相手も簡単にはサービスゲームを破らせてくれない。第5ゲームは相手の強打と鮮やかなドロップショットに苦しみ、最後は根負けしたようにダブルフォールト。4-5の第10ゲームはセットポイントでティームのショットがネットをかすめ、ボレーを狙ったメドベージェフが体勢を崩す不運な形でセットを落とした。

 第2セット。メドベージェフは少し戦術を変え、ネットプレーを増やし始める。これが効果的だった。第7ゲームでブレークポイントを握られた場面では、サーブ&ボレーを狙って前進し、相手のミスを誘う。揺さぶられたティームはチャンスボールでフォアのミスが出るなど、やりづらそうだった。

 メドベージェフはタイブレークで意表を突くリターン&ボレーも見せ、0-2の劣勢から7連続ポイントでセットを奪い返した。

 最終セットの勝負どころは第5ゲーム。バックのスライスでティームのフォアをネットにかけさせ、最後は巧みなアプローチからボレー。この試合で初めて相手のサービスゲームをブレークし、その後は疲れが見え始めた相手を手堅くラリーで攻め、振り切った。

「お祝いはしない」という新たな個性

「自分にとって最高の勝利の一つだと思う。2時間42分、素晴らしいドミニクを相手にね」

 ではなぜ、派手に喜ばなかったのか。記者会見で問われると、また新しいエピソードが飛び出した。

「去年の全米で観客たちとタフな時間があった時、キャリアの中で多くのビッグタイトルを取ろうと決意したんだ。テニス選手では初めてじゃないかな。サッカーではゴールしても大喜びしない選手がいるけど。僕は勝ってもお祝いはしない。気に入っているよ」

 メドベージェフの新しい「個性」は近い将来、ファンにお馴染みのシーンになっているかもしれない。

ベテランへの敬意を示しながらも決意

 世界1〜3位を破って頂点に上り詰めた24歳のメドベージェフと、1次リーグの「グループ・ロンドン2020」でナダルにストレート勝ちし、準決勝でジョコビッチを破った27歳のティームによる決勝は、世代交代の兆しを見せ始めている勢力図を象徴する。

 ただ、シーズンの最終盤は特にベテランの疲労の色が濃くなる時期。準決勝でメドベージェフに敗れた後、ナダルは少し脚を気にしながら引き揚げていた。

 近年、グランドスラムのタイトルをほぼ分け合っているジョコビッチ、ナダル、フェデラーの中で、2017年以降のATPファイナルズで決勝に進んだのは意外にも2018年のジョコビッチだけ。2017年からの王者はディミトロフ、ズベレフ、チチパス。一時期と比べて「ビッグ3」とそれ以外の実力差が縮まっているような顔ぶれになっているものの、この大会のファイナリストが翌年のグランドスラムの優勝候補筆頭というわけではない。

 本人たちの言葉からも、30代の「ビッグ3」に対する尊敬の念と、次の時代を自分たちがけん引するという決意が示された。

 まずはメドベージェフから。

「僕らはラファ(ナダル)とノバク(ジョコビッチ)に勝つことができた。それは素晴らしい成果だと思う。もうそれほど若いわけではないけど、僕たちがラファやノバクの次の世代ということは間違いない。ロジャー(フェデラー)に勝ったことはないけど、チャンスがあればと思っている」

 続いてティーム。

「ラファとノール(ジョコビッチ)は健在だし、来年はロジャーも戻ってくるだろう。ダニール(メドベージェフ)、サーシャ(ズベレフ)、ステファノス(チチパス)がいて、今年はルブレフも出てきた。来年はこの6、7人でトップの位置を争うことになると思う」

 自らの名前は含めなかったが、それは言わずもがな、だろう。

「まだ何年かは『ビッグ3』がタイトルを」

「まだ何年かは『ビッグ3』がタイトルを争うことになると思う。3年、4年、5年後か分からないけど、彼らが引退した後は僕らがビッグタイトルの優勝候補になるだろうし、テニス界にとってまたエキサイティングな時代が来ると思う」

 栄枯盛衰。アンディ・マリーを含め、近年の男子テニス界を盛り上げたスターたちにもいつかは終わりが来る。

 彼らの計り知れない功績に最大限の敬意を示す次世代の役者たちは、既に十分な実力と覚悟が備わっている。異例の年を締めくくるツアー最終戦は、2021年の訪れが楽しみになるような1週間で幕を閉じた。

文=長谷部良太

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