『やべっちF.C.』が終わって、2カ月――。ついに新番組『やべっちスタジアム』(通称やべスタ)が動画配信サービスDAZNでスタートする。地上波からインターネット配信になったが、Jリーグや海外サッカーの試合を放送する媒体ゆえに、さらにサッカー愛が溢れる番組になりそうだ。
 矢部さん自身も「新たなチャンス」ととらえているこの新番組だが、そもそも選手に愛される“やべっち”はどうやって誕生したのだろうか? その裏には、10年以上も消えなかったという“サッカー人生での挫折”があった――。(全2回の2回目/#1へ)

――矢部さんは、『やべっちF.C』を進行する際、選手へのリスペクト、選手ファーストがベースにあるとおっしゃいました。その考えは、どのようにして育まれたのでしょうか。

矢部 「選手へのリスペクトは、僕の挫折から来ていますね。高2の時、大阪選抜のトレセンに行ったんですよ。最終的にゲームでメンバーを決めることになったんですけど、試合に出ないで監督の横に座っている2人がいて。なんで? って思ったけど、2人は決まっていたんですね。まぁうまいし、バケモンなんで(笑)。それが、北陽の山口敏弘(元ガンバ大阪)と高槻南の杉山弘一(元浦和レッズ)でした」

――それが悔しかった?

矢部 「もちろん悔しかったけど、その2人は小学校から別格だったので仕方ない。でも自分は自分で自信があったし、長所を見せてやろうと思って参加したんです。それで、勢い十分に試合に臨んだら、180センチのDFにフィジカルで負けて倒されて。結局そのまま、いいところを見せられなくて選抜から落ちたんです。

 自分はできると思っていたので、もう悔しくて、悔しくて……しかも自分を倒したそのDFが選抜に受かってたんですよ。その時、僕は相手を認められへんかった。でも、大人になってから下手でもフィジカルとか何か1つを極めたらプロになれる。それはすごいことやと気が付いたんです」

矢部浩之さん

――プロになれることは、何にしてもすごいと。

矢部 「プロになるのって簡単じゃないんですよ。上手いだけじゃダメで、何かこれはというのを1つ持っていないといけない。強い気持ちだけじゃなくて、監督との出会いや素晴らしい選手とプレーができたとか、そういう巡り合わせや運も大事やと思うんです。

 僕は、高校時代に10番を背負って、周囲からちやほやされて“裸の王様”になっていたんで、そういうことが分かってなかった。中村俊輔選手はキック1本、そのストロングポイントを信じてやってきたし、ゴン(中山雅史)さんもカッコいいんですよ。『僕は下手です、だから人よりたくさん走るんです』と言えることがすごい。そんなこと聞いたら17歳の時の自分が恥ずかしくて……。だから、プロはなれた人はほんまにすごいと思うんです」

――その視線が選手へのリスペクトにつながったんですね。

矢部 「自分は(プロには)なれなかったんで」

サッカーから「お笑い」に進んだのは……

 もし、選抜メンバーに入っていたら「お笑い芸人・矢部浩之」は誕生せず、選手に愛される“やべっち”もいなかったのかもしれない。サッカーを選択せず、お笑いの道を選んだのは自分の意志だが、その契機となったのはいったい何だったのだろうか?

――サッカーからお笑いへの道の転換は、何がキッカケだったのですか。

矢部 「やっぱり大阪選抜に落選したという挫折は大きかったですね。普通は落ちても、そこから這い上がろうと頑張るじゃないですか。でも、その時、『もうええわ。吉本に行こう』となぜか思ったんです(笑)。サッカーが好きやけどお笑いも好きだったので、その挫折から、徐々に自分の気持ちがサッカーから離れていきました」

――とはいえ、3年生でもサッカーを続けて選手権を目指すわけですよね?

矢部 「そうですね。そう、それで高校最後が北陽高校との試合だったんです。選手権の予選、0-5でコテンパンにやられました。3年はこれで引退だし、最後の試合だから色んな思いがこみ上げて泣くじゃないですか? でもその時に試合を見に来ていた先輩が俺らよりも大号泣してて泣けなくなっちゃったんですよ。

 それが相方の岡村隆史で。みんなから『1個上の岡村さんが泣いたら現役が泣けないじゃないですか』ってイジられて『ごめん、ごめん』って謝っていましたけど(笑)。そこで僕の青春が終わったんです。それで『吉本に行こう』って僕が相方を誘ったんです」

 矢部さんは、高校卒業後、岡村さんとともに吉本興業に入り、「ナインティナイン」を結成する。だが、サッカーへの思いは断ち切れず、高2の選抜落選の悔しさが消えるまで10年かかったという。

――お笑いへの道を進んだのは、サッカーをあえて遠ざけた選択でもあったのでしょうか?

矢部 「今、思うとそうかもしれません。もう見たくないみたいな……。ただ、サッカーを遠ざけたけど、結局、想いは消えなかったんです。だからドーハの悲劇を見た時はたまらんかった。そこでやられるかって、ほんまに悔しかった。ただその分、マイアミの奇跡とか、ジョホールバルの歓喜とか良いこともあった。良いことも悪いことも気になって見ていたので、やっぱりサッカーが好きなんですよね」

日本代表には“魅せるサッカー”で勝ってほしい

 サッカーが好きな気持ちはサッカーを始めた時から変わらない。そして、自分の好きなサッカーのスタイルも高校時代から変わらないという。

――時代の流れでサッカーのスタイルや戦術は変化してきましたが、矢部さんの好きなスタイルが変わったりすることはありましたか。

矢部 「変わらないですね。僕は今もバルセロナのパスサッカーが好きです。でも、見ていて一番衝撃を受けたのは、バルサではなく、乾(貴士)選手が野洲高校にいた時のパスサッカーですね。あれは本当にしびれました。『高校生がこのサッカーでいくの?』って本当にびっくりして。

 “魅せながら勝つ”って、一番難しいじゃないですか。でも、そのスタイルを押し通して選手権で優勝した野洲高校に日本サッカーの未来を重ねて期待したんです。でも、高校やクラブで実現できても代表は難しいですね」

――アジアの最終予選では攻撃的に戦ってもW杯ではスタイルを変えてしまいますね。

矢部 「W杯で結果を出した時って、ディフェンシブで堅いけど、“魅せて勝つサッカー”じゃないんですよね。南アフリカW杯もそうでした。ただ、あの時の岡田(武史)監督はある意味、すげぇって思いましたね。本田圭佑選手の1トップって話題になるし、当時の代表では理にかなっていたんで、すごく選手を見ているなって。

 あの時、岡田監督は本田選手に『お前に攻撃は任せたから』って絶対に言ったと思うんです。本田選手は、そう言われて力を発揮するタイプ。高校時代のチームメイトにサッカーをやらしたら上手い、でも、さぼりがちなヤンキータイプの選手がいたんですけど、そいつにキャプテンをやらせたらガラリと変わった。任されたのが嬉しいというか、男の本能をくすぐるというか。岡田監督には教師の面があるなと思いましたし、そういうのは外国人監督やと難しいなって思いましたね」

海外を経験した選手の「変化」がスゴい!

 南アフリカW杯の頃から海外に行く選手が増え、ビッグクラブに移籍する選手も出てきた。長友佑都がインテル、本田がACミラン、香川真司がマンチェスター・ユナイテッドに移籍するなど、その後も多くの日本人が海を渡るようになった。矢部さんは、海外を経験した選手の“変化”に驚くことが多いという。

――海外を経験した選手は、行く前とガラリと変わるものですか?

矢部 「番組的にいうと、人間的に大きくなってトークが面白くなってきますね(笑)。海外に行くと日本人が恥ずかしがるような経験をするので、メンタル的に強くなると思うんです。その結果、人間の幅が広がって、海外に行くまで恥ずかしくてできなかった話もしてくれるようになります。

 例えば海外のサッカー選手は体毛を剃っている話をした際、『やっぱりトゥルンなん?』って聞くんです。そうすると『自分もトゥルンです』と答えてくれる。みんな、パスが回ってこないとかいろんな厳しさ、挫折を経験して、ひとつ殻を破って成長して帰国してくるんですよね。それは海外に行く前と行った後でインタビューするのでよくわかりますね」

――矢部さんが一番成長を感じた選手は誰でした?

矢部 「高原選手は、ドイツに行く前と行った後ではだいぶ変わりましたね。あんまりしゃべらないんでインタビュアー泣かせとか言われていましたけど、めちゃめちゃしゃべるようになって人間的にも大きくなった。ついには、番組で温泉にも行くようになったんで(笑)。びっくりですよね」

「サッカーって、“90分間アドリブ”なんですよね」

 11月29日、午後11時から矢部さんの新しい番組『やべっちスタジアム』がキックオフされる。18年半続いた『やべっちF.C.』の魂を継承するように、エンブレムにはブルーとオレンジのカラーを使用し、新番組ながら違和感なく見られる配慮もなされている。

――いよいよ新しい番組がスタートします。何か新しい企画など考えていらっしゃいますか?

矢部 「前の番組をやっていて分かったのは、選手ファーストの姿勢でやっていくと、その選手のチームのサポーターもついてきてくれること。そこは変わらずに大事にしていきたいですね。ただ、最初は気負わずに、特に新しい企画をやろうとは思っていないです」

ユニークな番組発表記者会見では、三浦知良選手や中村俊輔選手をはじめ、豪華な顔ぶれからお祝いのメッセージが届いた

――地上波ではないので、番組として見せられるもの、できるものも増えそうです。

矢部 「前の番組でできなかったことをやりたいですし、今まで以上にサッカーを見ていない人にサッカーって楽しいな、魅力的だなと思ってもらえるような番組にしたいですね」

――サッカーの魅力はいろいろあると思いますが、矢部さんが考える魅力とはなんでしょう。

矢部 「サッカーは戦術とか約束事とかあるんですけど、キックオフの笛が鳴ったら、あとは“アドリブ”なんですよ。そのアドリブを90分間続けて、試合に勝つのってすごく難しいし、だからこそ面白い。それはサッカーの魅力の1つやと思います。

『やべスタ』でも、サッカーって面白い、こんな魅力があるっていうのを毎週配信していきたいですし、サッカー選手ってこんなにすごいんだというのも伝えていきたいです。いやらしい話ですけど、日本のサッカー選手は海外の選手に比べて年俸が安いんですよ。日本のサッカー選手に対する価値をもっと高めていきたいですね」

――矢部さんは前の番組も今回もジャージやユニフォーム姿で臨まれていますよね。これは、番組がご自身の“試合”という感覚からなのですか?

矢部 「そのつもりです(笑)。ボールを蹴りたいというのもそうで、僕はずっと現役でいたい、プレイヤーでいたいんですよ。スタジオで椅子に座って好きなサッカーの映像を見ているだけですけど、僕にとっては番組が自分の試合なんです。

 だから、僕が今、一番大きな目標として見据えているのがカタールW杯の現地観戦です(笑)。そのために全力でプレーします!」

(写真=山元茂樹)

『YABECHHI STADIUM』の記者発表会で、矢部さんは93年JリーグMVPに輝いたカズ(三浦知良)のポーズのマネをして登場した。50歳を超えてもなおプレーを続け、輝き続けるプロサッカー選手をオマージュしているようだった。
 矢部さんの「日本サッカーを応援したい」という熱い思いが、新番組とともに多くのサッカーファンに届けられる日々がまた始まる。

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文=佐藤俊

photograph by Shigeki Yamamoto