新型コロナウイルス感染症拡大により長期間の活動自粛や、春夏の甲子園大会の開催中止が強いられた令和2年の高校野球。選手はもとより、各校の指導者たちにも大きな影響を与えた。

 明秀学園日立高校を率いる金沢成奉監督もそのうちの1人だ。光星学院高校(現・八戸学院光星高校)時代には甲子園4強に導き、坂本勇人(巨人)ら多くの選手をNPBに輩出した名将だが、「甲子園に取り憑かれていた」と振り返り、「勝利至上主義からの脱却」と「勝利への執着心」という、一見相反しそうな2つの目標の追求を目指し始めている。

 立ち止まった時間で変化したもの、そして名将が見据える令和の高校野球とは? 全2回の前編(後編へ続く)

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 今夏の高校野球茨城代替大会で、明秀日立は3年生部員全31人を起用した。これは練習試合もままならなかった状況を踏まえ、茨城高野連がベンチ入りの枠を撤廃したことが大きい。人数に制限なく背番号をつけて試合に出場できる方式が採用され、明秀日立はそれを最大限に活用したのだ。

 これまでは試合で起用する選手を固め、練習もその主力選手たちを中心にしたものだった。選手1人あたり実質2年3カ月(高校3年の6月まで)しかない限られた時間の中で、甲子園に行ける・甲子園で勝てるチームを作る「選択と集中」とも言えた。また、それは社会同様の役割分担とも考えていたという。

 しかし、普段なら練習の補助や試合の応援に回る実力の3年生たちの奮闘は金沢監督の心を大きく揺さぶった。指導を改め、「補欠を作らない」ことに重きを置くようになったと語る。ここからは金沢監督の言葉でお伝えする。

ベンチから戦況を見守る金沢監督 ©Yu Takagi

最後までやりきる人間を作る

 これまで「試合に出るだけが野球ではない」「補欠には補欠の役割がある」という固定観念がありました。社会に出てどの組織に入っても、営業する人もいれば、モノを作る人や経理をする人もいるというように役割があります。同じように、試合に出られなかったとしても「メンバーの手伝いをすることも役割の1つ」と、メンバー以外の選手には補助に徹してもらっている部分がありました。

 ただこの夏はこうした事態ということもあって3年生全員を起用しました。そこで例年であれば、どこかで諦めたり妥協したりしていたかもしれない選手たちが、最後までやり切る姿を目の当たりにしました。そこで、これまでの固定観念や建前で選手たちのやる気を失わせていた部分もあったなと思いました。

 ですから「補欠を作らない」という言葉の本質は「最後までベストを尽くし、最後までやりきる人間を作る」ということです。

メリットの方が大きい理由

 以前のような「選択と集中」から「全選手に練習の機会を与える」と変えたことで、「はかどり(効率)」の面でのデメリットはあるかもしれません。ですが、同じ練習をすることで全選手の意識とともにチーム力が高まったので、メリットの方が大きいと感じています。

 レギュラーとの競争意識が芽生え、レギュラーの危機感も高まりチームの底上げができました。結果次第でいくらでもチャンスがあるので、練習に対する意欲がそのままゲームに対する意欲へと移っているような気がします。

 また「選手を練習漬けにしていた」とも気づきました。昔の指導者の大半がそうだったと思いますが、「休まないことが美学」「練習をやっていれば勝てる」と考えていました。

 これまでの休みは月1回程度でしたが、今は定期的に休むようにし、木曜日はウエイトトレーニングや課題練習をやる日と決めました。だから、私が目を光らせてやる練習は、火、水、金、土、日。週に2日は、彼ら自身が考える日と休む日(主に月曜)に充てようと思いました。それは、私の中ですごく勇気のいることでした。

 これもコロナの影響が背景にあります。全体練習をやりたくてもやれない時間が多くありました。それでも自立する選手たちが現れ、体が大きくなっていく姿も見て「考える時間と、体を作る時間の両方がある程度ないといけない」と感じました。

2010年当時の指導風景 ©Asami Enomoto

人生は常に勝負だが、負けたら終わりではない

 この夏に「勝ち負けにこだわるけれど、それがすべてではない」と気付くことができました。もちろん勝ちにこだわるからこそ、見つけられるものがあります。「勝ちにこだわる」過程を重視しながら、「勝つことがすべてではない部分」を選手たちに分かってもらいたい。

「人生は常に勝負だ」と私は思っています。人生は一瞬一瞬が勝負です。でも、だからといって、負けたら終わりかというと、終わりではないんです。負けたり勝ったりしていく中で、負けた反省を生かしながら、新たな進歩を成し遂げていく。勝負の繰り返しの中で得るものがあると思います。

 でも、これまでは勝つことだけを考えていました。「全部勝とう」という気持ちでいたので、見失っていたものがあったのかなと感じています。

 昔は授業も行い、担任も受け持っていましたが、今は野球の指導にほぼ専念しています。そうした人は私だけでなく、特に勝利至上主義になりがちです。「勝たなければ価値がない」というような立場にいます。しかし、そうではない自分を作っていきたいですし、それを認めてくれる学校や、理解してくれる選手たちにしていきたいなと思います。

 繰り返しになりますが「負けていい」というわけではありません。真剣に勝ちにこだわりにいって、それを目指す。その過程で正しいことをやっていれば、必ず結果は出るものだと思います。

 勝負の厳しさもなくなったわけではありません。今でも叱る時は全力で叱っています。親も交えた三者面談もそうですが、「最後までやり切る子供」を親とともに育てていくことに力を尽くしていきます。

三者面談をする金沢監督 ©Yu Takagi

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 大きな転換点を迎えた金沢監督の指導だが、それを選手たちや保護者にも浸透するように、今年は親も交えての三者面談を例年以上に増やしている。後編では、坂本のようにかつては「ヤンチャ」と言われた子どもたちへの指導法や令和の高校野球のあり方など、より金沢監督の指導の本質に迫っていく。

【後編はこちら】ヤンチャな坂本勇人を育てた金沢成奉が語る「自律」と「自立」 鑑別所送りの少年を主将に抜擢したことも

文=高木遊

photograph by Yu Takagi