2020年の終わりが近づいて、“監督”アンドレア・ピルロのスーツ姿にもようやく目が慣れてきた。

 シーズンの3分の1を消化した今季のセリエAにおいて、ピルロが率いるユベントスは首位ミランと勝ち点10差で6位につけている。CLではグループリーグ首位通過を果たした。

 マウリツィオ・サッリの後任として、指導経験ゼロのピルロをいきなりトップチームの指揮官に抜擢したインパクトは大きかっただけに、ユーベ経営陣も、ひとまずは胸を撫で下ろしているのではないだろうか。

激しい敵愾心に満ちた目を注いでいる

 だが、賢明なピルロ本人はおそらく気づいている。

 国中の同業者たち、とりわけ19人のセリエA監督たちが、9連覇チームの指揮官の座へ収まった自分に対して、激しい敵愾心に満ちた目を注いでいることに。

「試合開始から70分間、ゲームを作ったのはうちの方だ。全力を出して勝ちにいったのに、惜しいことをした」

 5節で1−1のドローに持ち込んだベローナのイバン・ユリッチ監督は試合後、悔しさを隠さなかった。ベローナがトリノで勝ち点を奪ったのは88年以来の快挙だというのに、闘将ジュリッチは決して満足せず、むしろ白星を取り損ねたと悔しがってさえいた。

 12節でも、アタランタがユーベを今季6度目のドローに追い込んだ。プロビンチャーレの名将ジャン・ピエロ・ガスペリーニは、勝ったのは自分たちだと言わんばかりに豪語した。

「今日こそ勝てると確信していたのに。足りなかったのはノックアウトする一撃だけだ。今季のスクデットの行方? ミランもインテルもナポリも有力な候補だ。昨季まで絶対的存在だったユーベは、もはや優勝候補の一つにすぎない」

“打倒ピルロ”という色を帯びている

 ガスペリーニやユリッチだけではなく、今季のセリエA指導者たちの目の色が違う。それは打倒ユーベではなく、はっきりと“打倒ピルロ”という色を帯びているからだ。

 CLからW杯に至るまで、現役時代にあらゆるタイトルを獲得した天才ピルロの実績には脱帽するしかない。だが、指導経験ゼロの初心者に遅れをとるようなことがあれば、監督業界中の笑い者だ。

 確かに、唯一インテルを除き、ユベントスと各クラブを隔てる戦力格差は大きい。

 しかし、現在首位を行くミランのステーファノ・ピオリ然り、最高齢69歳クラウディオ・ラニエリ(サンプドリア)然り、ピルロを除く19人の監督たちは指導者キャリアにおいて、下位カテゴリーに属する地方クラブの劣悪な環境を経験しており、そこから這い上がってきた叩き上げばかりだ。

ロナウド擁する絶対王者の監督に“さあどうぞ”

 どんなカテゴリーにも有力クラブはあり、キャリア駆け出しの若手指導者に与えられるのは大概が残留を目標とする弱小クラブだ。そこから知恵と体力を振り絞って戦力差と下馬評を覆し、戦果をあげることで監督としてステップアップを果たしてきた。

 誰もが、自分自身の履歴書に意地を持っている。

 天才ピルロには及ばずとも、クロトーネを率いるジョバンニ・ストロッパとて、選手時代にミランで世界一になっているサッカー界のエリートだ。だからこそイタリア中の同業者たちは、指導者に転向すれば現役時代の栄光は雲散霧消し、自らの腕一本で成り上がるしかないことを知っている。

 ボコボコの練習グラウンド、ロッカールームと意思疎通ができない悩み、あるいは給与が振り込まれない理不尽な環境、そして何より結果を出せずに解任される苦痛を、初心者マーク付きのピルロはまだ知らない。

 なのに、監督転向1年目の彼に用意されたのは、全国一の人気と戦力を誇る名門クラブ。しかも、世界最高峰の男C・ロナウドを抱える9連覇したチーム監督の椅子だ。何もかもお膳立てされて“さあどうぞ”なのだから、反感を覚えない同業者の方がどうかしている。

「ピルロ監督? 知ったこっちゃねえ」

 ナポリの指揮官ジェンナーロ・ガットゥーゾは、今季のユーベ新監督の名を知ったとき、ぶっきらぼうにこう言い放った。

「ピルロの監督転向? 俺の知ったこっちゃねぇや」

 ミランとイタリア代表で数々の苦楽をともにした彼ら2人が、戦友の堅い絆で結ばれていることを知らない者はいない。立場を変えて再び戦場へ飛び込もうとする親友に対し、指導者として7年先輩のガットゥーゾはあえて厳しい言葉を投げかけたのだ。

「指導者最初のベンチがユーベとは、“そいつはさぞ(楽で)よかったな”ってやつだ。だが、監督っていうのは日夜勉強して、汗水たらして、それでも結果が出るか不安で眠ることもままならない。どんな問題も自分一人で解決するしかない、辛い仕事だってことは覚えておくんだな」

 監督1年目の若輩ピルロが相手にしているのは、羨望と嫉妬に満ち、プライドに懸けて絶対に負けられないと息巻く19人の手練たちなのだ。

アンチェロッティは37歳で監督デビュー

 ピルロは41歳で栄えあるセリエA監督としてデビューしたが、彼より若くデビューした人間は意外にも相当数にのぼる。

 勝ち点3の制度が導入された1994年以降に限っても30人は下らない。なかにはカルロ・アンチェロッティ(37歳89日=パルマ/現エバートン)やロベルト・マンチーニ(36歳104日=フィオレンティーナ/現イタリア代表)のような名将もいるが、彼らは例外なく苦労を重ねている。

 セリエA監督デビュー最年少記録は、1998年12月に32歳193日の若さでサンプドリア指揮官に就いた英国人デビッド・プラットだ。しかし、夏にアーセナルで引退したばかりの元MFは就任後6試合で白星を1つもあげられず、あっという間に解任された。

 2004-05シーズンの終盤に史上2位の若さ(35歳228日)でキエーボ監督の座に就いたマウリツィオ・ダンジェロは紆余曲折を経て、4年前に3部ベネツィアの監督に就任したフィリッポ・インザーギ(今季はベネベント監督)の腹心となった。以来、表舞台に立つことなく今季はベネベントの副監督を務めている。

イランで散々な目に遭った元インテル監督も

 2012年春に史上4番目に若い36歳83日でインテルの監督になったアンドレア・ストラマッチョーニは、昨季エステグラルFC(イラン)で散々な目に遭った。米国の経済制裁の影響で給与は未払い、クラブ側の怠慢のせいで労働ビザ未発給の身となり、現地警察から拘束されるなどトラブルの連続。たまらず辞任したストラマッチョーニは契約から半年後、ほうほうの体でようやくイタリアへ帰国した。

 あるいは8年前に36歳25日でペスカーラ監督になったクリスチャン・ブッキのように、現在、職にあぶれた指導者は国中に溢れている。

 それでも、そうした艱難辛苦を武勇伝として語るぐらいの気概がなければ、指導者大国イタリアで監督として独り立ちすることはかなわない。

 今季の開幕前、ピルロのキャリア不足を案じたユーベのフロントが助っ人副監督として、アレッサンドロ・ネスタの入閣を画策しているという報道がなされた。

 ネスタは5年前に北米マイアミFCで監督業に転じ、2018年にイタリアへ帰国すると2部セリエBで地道に指導経験を重ねた。昨季はフロジノーネを率いて、セリエA昇格プレーオフ決勝まで勝ち上がった。

 ピルロより3歳上のネスタは、ガットゥーゾ同様ミランやアッズーリで同じ釜のパスタを食った盟友で、彼の入閣が実現していれば新人監督ピルロはさぞ心強かっただろう。

 しかし、ユーベ入りの可能性を問われたネスタは即座に「まさか。冗談じゃない、今は私も1人の監督だ」と一蹴。プロの指導者としての矜持を示した。

ピッポも今や“ピルロ包囲網”の1人

 ミラン時代のもう1人の戦友インザーギも、今や“ピルロ包囲網”を形成する1人だ。

「あいつはサッカー馬鹿。ビョーキだよ」(ピルロ)

「おまえが監督やるなんて一体誰の差し金だよ!」(インザーギ)

 監督同士として初対戦した11月下旬の9節ベネベント対ユベントス戦で、2人は試合前こそジョークを交わしたがゲームが始まれば一転、インザーギは情けを捨てた。ピルロは格下と侮り、ロナウドを休養させた。

 スコアは1-1の痛み分けに終わったものの、先制されながら追いついた戦いぶりや彼我の戦力差を考えれば、采配はインザーギの判定勝ちといってもよかった。

「何度かあったカウンターのチャンスをモノにできていたら、うちが勝っていた。ユーベ相手に出した結果にまぐれはない。自分たちの力を見せられた」

 愛する古巣ミランで挫折して、3部から這い上がってきたインザーギは、“戦友だからこそグラウンドで倒してやる”と言外に強く訴えた。

最後に責任を取らされるのは監督だからこそ

 同じように、ガットゥーゾもネスタもピルロに一歩も譲るつもりはない。

 彼らにはそれぞれ立場がある。どれほどプライベートで親しい友人であっても、ナポリの監督がユベントスの指揮官に「頑張ってほしい」なんて公に発言したら大問題だ。

 だからこそ、一足先に監督キャリアを始めた彼らは「結局最後に責任をとらされるのは監督。だから思うように、好きなようにやったほうがいい」と、名指しはせずに、静かなエールを送るのだ。

 11月中旬、ミラン時代の恩師アンチェロッティは民放バラエティ番組のインタビューに応える形で「あの天才にアドバイスなど必要ないよ」と言いつつ、いつものおっとり口調で愛弟子ピルロに金言を送った。

「監督業を本気でやっていこうと思うのなら、誰か他人の借り物だったり妥協するのではなく、自分が本当に望むサッカーをやることだ」

クールなピルロが言葉で訴えかけ始めた

 決して動じず、感情を見せない男として知られるはずのピルロが変わり始めている。

 試合後の会見で穏やかに両手を組む仕草は現役時代そのままだが、監督としてのスーツ姿が馴染むにつれ、選手たちへ直接訴えかけるようなボキャブラリーを使うようになった。

 リードしていたベネベント戦が引き分けに終わったときには、「こういう試合は2点目を取りにいってゲームを終わらせるべきだった。我々にはガッツが欠けているんだ」と活を入れた。また、アタランタ戦で軽いプレーに終始したFWアルバロ・モラタには「よくも私を怒らせてくれたな」と、珍しく眉を釣り上げて叱咤した。

「批判には慣れている」

 チームに火がついたのは、12月5日のトリノ・ダービーだ。腑抜けたような前半から一転、ロナウド頼みという批判を一蹴して、89分にDFレオナルド・ボヌッチのゴールで逆転勝ちした。

「ユベントスでは覇気のないゲームは許されない。全員にもっといいプレーを望む」

 そう言って勝って兜の緒を締めると、3日後のCLグループリーグ最終節ではバルセロナを敵地カンプノウで完璧に破った。

「批判には慣れている。勇気と自信をもってゲームに挑む。それさえできれば、我々には何だって可能だ」

 ピルロは、トリノ・ダービーでの白星で勝ち点3が導入された1994年以降、新人監督として初めて開幕10戦無敗を達成した。記録は13節まで伸び続けた。

 指導者になって初めてのクリスマスと年越しが過ぎたあと、ライバルたちがさらに攻勢を強めてくることも、天才は予見しているだろう。

文=弓削高志

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