いよいよ今年最後の大一番、有馬記念である。中央競馬の総決算、最強馬たちが一堂に会するグランプリ、世界で一番馬券が売れる大レース……とにもかくにも競馬ファンのみならず注目を集める一戦が、12月27日に中山競馬場で行われるのである。

 レースがいったいどうなるかという展望は筆者の本分ではないので横においておく。問題は中山競馬場がどこにあるか、ということである。競馬ファンには改めて聞くまでもないだろう。中山競馬場の最寄り駅はいくつかあるが、いちばんはJR武蔵野線の船橋法典駅だろう。

昨年の有馬記念。満員の中山競馬場でリスグラシューが優勝した ©KYODO

なぜ「船橋」なのに「中山」競馬場なのか?

 船橋法典駅のホームの端っこ、西船橋寄りにある臨時出入り口からまさしく中山競馬場直結の改札口を抜けて、ナッキーモールと呼ばれる(ツッコミどころのありそうな)地下通路を通って競馬場に向かう。ゴール前のスタンドまでは、だいたい15分くらいだろうか。そしてレースが終わったら、(たいていは)肩を落として再びナッキーモールを歩く。今年は新型コロナのせいでお客の数は制限されているが、いつもの有馬記念だったらターフビジョンに「船橋法典駅まで約90分」「地下通路は退場規制を行っております」などというメッセージが表示され、ただでさえ絶望している競馬ファンをどん底に突き落としてくれるものだ。

 そんな中山競馬場の日常が当たり前になっているから、あまり意識することはないかもしれない。だが、そもそもよく考えてみてほしい。なんとなく、“中山競馬場は西船橋のあたりにある”ということは知っている人が多い。ところが、競馬場名には船橋ではなく“中山”とあり、最寄り駅は船橋法典というちょっと読み方もわかりにくいような珍名である。すなわち、船橋にある中山競馬場の最寄り駅は船橋法典、という街歩き好きにとってもナゾだらけの場所なのだ(船橋競馬場もあるけどそれは別のお話)。ならば、競馬開催日ではない普段の船橋法典駅に行かねばならぬ。そんなわけで、有馬記念を数日後に控えた師走の平日、船橋法典駅にやってきた。

“普段着”の船橋法典駅には何がある?

 船橋法典駅は西船橋から武蔵野線で1駅。掘割の中、頭上に橋上駅舎が覆いかぶさっている薄暗いホームにはそこかしこに「競馬場はあちら」といったメッセージが見られるが、どれも真新しいというよりは国鉄時代の面影残る古感。中山競馬場のかすかに残る“鉄火場感”にもよく似合う。

 が、平日の船橋法典駅には鉄火場感は皆無だ。いつもの競馬場への臨時出入り口は沈黙しているので、通常の改札口から外に出る。こちらもどことなく国鉄感の漂う駅舎の先には、小さなロータリーと通りを挟んでおびただしい数の自転車が並ぶ駐輪場だ。この“普段着”の船橋法典駅、競馬ファンのみなさんも見たことないのでは……?

やはり国鉄感の漂う船橋法典駅の駅舎。駐輪場には自転車がたくさんあった

ナッキーモールと別ルートで中山競馬場まで行ってみたら……

 駅の近くにはコンビニがあって、ちょうど近くの小学校の下校時間なのか、道行く子どもたちを見守る大人たちという牧歌的な光景があった。ほかはごくごく普通の住宅地。これ、本当に競馬場の最寄り駅なのかしら、と思ってしまうくらいの雰囲気なのである。一応、閉鎖されているのをわかっていながら臨時出入り口の近くまで行ってみたが、臨時改札からナッキーモールの地下通路までが完全に封鎖されていた。中山競馬場(JRA)の所有地だから、ということのようだが、つまりは競馬ファンはこのナッキーモールを通る限りにおいて、船橋法典の町の人たちとは“仕切られて”いる感じなのだ。

平日なので閉鎖されていたナッキーモール(奥)。 町から見ると競馬場への通路はこんな感じだった

 とは言っても、船橋法典は競馬場の最寄り駅。だからナッキーモールなどを通らなくても、歩いていくことができるはずだ。そこで、船橋法典駅前から駐輪場を挟んだ先にあるちょっと広めの(といっても両側2車線だが)の道を歩く。アタリマエのことだが、ナッキーモールと同様に、約15分ほどで競馬場の正門に着く。だったらいつもこちらを通ればいいじゃんか……と思うかもしれないが、この道は歩道がとてつもなく狭い上にクルマの交通量がめちゃめちゃ多いのだ。それも一般車だけでなくトラックがよく通る。歩道から車道にはみ出て歩いていれば、トラブルになること間違いなしのような道なのである。

こんな感じの狭い道路(木下)なので

 調べてみると、この船橋法典駅から競馬場までの通りは木下街道というらしい。木下と書いて“きおろし”と読む。遠く利根川のほとりの木下という町から鎌ヶ谷などを経て競馬場の横を通って市川まで。古くは銚子で水揚げされたお魚を江戸の町まで運ぶために整備されたという歴史を持ち、今もこの地域の“抜け道”のひとつとして多用されているらしい。そのおかげで交通量がめちゃめちゃ多く、競馬開催日にはマイカーでやってくる人もいるからそれはそれは大渋滞。この地域ではちょっとした問題になっているくらいだという。みなさん、競馬場へは公共交通機関を利用しましょうね……。

 ともあれ、このように交通量が多くて歩道が狭い木下街道を通らねばならぬ以上、競馬場へのアクセス道路としては危険すぎる。そこでナッキーモールがありがたい存在となるのだ。

中山競馬場

で、船橋法典駅の「法典」ってなに?

 さて、再び船橋法典駅に戻ろう。船橋法典駅、開業したのは1978年のこと。武蔵野線が開業したのと同時に駅も誕生している。中山競馬場の開場はそれよりうんと古い1920年代だから、もう完全に“後から生まれた競馬場駅”である。それより前はどうして中山競馬場に行っていたかというと、京成本線の東中山駅が最寄り駅であった。東中山駅は1935年に中山競馬場前駅という臨時駅として開業したくらいだ。現在の東中山駅に改称し、常設化されたのは1953年になってから。この頃に、周辺一帯の住宅地化が進んだということなのだろうか。

中山競馬場のパトロールタワー。ここから変な走り方をしている馬がいないかなどを見る

 いずれにしても、競馬場開場から70年も遅れて船橋法典駅は開業した。ならばそれこそ「中山競馬場前」とでもすればいいじゃないかと思うが、“法典”という仏教っぽい名前を持ってきた。これはこの地域がもともと法典村だったから(法典村の由来はわかりませんでした……)。開業時にはすでに船橋市に飲み込まれていたが、古い地名に敬意を評した名付けだったのである。

中山競馬場の「中山」とは?

 そしてもうひとつ、気になる中山競馬場の“中山”は、こちらもかつての中山村に由来する。中山村は中山法華経寺というお寺から取った名で、今では船橋市ではなくお隣の市川市に含まれている。

 ただし中山競馬場の地名は船橋市古作。もうワケがわからなくなってきたが、この地域に競馬場ができた当時、厩舎施設などの多くが中山村に属していたことが理由のようだ。

 このように複雑極まるが……簡単にまとめると中山村にまたがる一帯に競馬場ができて中山競馬場と名付けられ、京成線が東中山駅(最初は中山競馬場前駅)として最寄り駅を開業。戦後、少しずつ周囲の宅地化が進んで、1978年になって武蔵野線が通ると隣接する旧村名をもらって船橋法典駅が開業。晴れて競馬場の最寄り駅となった、というわけである。法典やら中山やら、耳馴染みのない名のナゾはこうして解くことができた。

 今年の有馬記念は入場制限でいつものように満員にはならない。それでもいまいちど強調したいのは、交通量も多い木下街道ではなくて、ちゃんと用意されているナッキーモールを歩くべし、ということ。中央競馬の総決算……良いレースを期待したい。

(写真=鼠入昌史)

文=鼠入昌史

photograph by Masashi Soiri