2020年に100周年を迎えたのもつかの間、箱根駅伝は空前のコロナ禍の中で次の100年に向けた歴史を刻み始める。沿道での応援は自粛が求められているが、少なくともこれをテレビで見なければ新年が始まらないという人は多い。

 東京・大手町から箱根の芦ノ湖畔までを往復する合計217.1キロのレースは往路1〜5区、復路6〜10区に分けて行われるが、往路の区間ごとの地形の特徴を勾配に注目しながら観察したい。ちなみに鉄道の勾配はパーミル(千分比)で表わし、「30パーミル」であれば1000メートル進んで30メートルの高低差を生じる勾配である。そのパーミルに注目してアップダウンを味わっていただきたい。

まさにスタートにふさわしい「1区」

●1区(大手町〜鶴見中継所 21.3km)

 まず1区は都心の大手町から多摩川を越えた横浜市の鶴見まで。最初の濠を見ながら南下するコースはまさにスタートにふさわしい。ビル街の大道を南下して三田からは天下の旧東海道(第一京浜・国道15号)へ。品川駅前を抜けた後は東海道線を跨いで南下するが、御殿山の裾を少し上り下りするので1区では珍しいアップダウンがある。品川駅から新八ツ山橋までの標高差は約10メートル程度あるが、選手たちにとっては何ということもないのだろう。その代わりに次の鶴見中継所までの交通規制時間はわずか10分間で、最下位であってもその間に通過しなければならない。六郷橋で多摩川を渡って神奈川県に入る。走るのは微高地にある川崎宿の東側。

(C)Nanae Suzuki

最初の難所・権太坂が待つ「2区」

●2区(鶴見中継所〜戸塚中継所 23.1km)

 京急の鶴見市場駅に近い鶴見中継所からは、各校のエース級が登場する「花の2区」。鶴見川を渡り、京浜工業地帯の工場群を間近に見る生麦では、地名が連想させるビール工場(スポンサー企業のライバル!)を横に見て、首都高速の下を走りつつ横浜駅とシウマイ弁当の崎陽軒を過ぎる。保土ケ谷駅の先まではどの選手も風を切って快走するが、その先に待ち構えているのが最初の難所・権太坂である。

(C)Yuki Suenaga

 ゆるゆると20パーミル程度で上る区間ではあるが、ピークの標高58メートルは保土ケ谷からの標高差が約50メートルあり、時間も9時半あたりで気温も上昇してくる。峠を越えると下りはさらに急な約30パーミル。この峠は今でこそ両側とも横浜市内であるが、かつては武蔵と相模の国境で、近くを走る東海道線もトンネルでこの分水界(帷子川・境川の両水系)をくぐる。国道1号を一気に下った先は戸塚駅近くまで緩い下りだが、その先に待ち受けるのが台地への上り坂だ。

普通の鉄道車両では太刀打ちできない「3区」

●3区(戸塚中継所〜平塚中継所 21.4km)

 3区はしばらく台地上を走る区間で、「原宿」のあたりは地名ともども旧東海道の風情が残る。藤沢バイパスから分かれて曰くありげな「鉄砲宿」のバス停を過ぎれば藤沢市で、その先が復路8区で注目される「遊行寺の坂」である。時宗の総本山の名を冠したこの坂道は権太坂より格段に急で、約60パーミルに及ぶ。地形的には台地から低地へ下りるもので、鉄道でいえばアプト式で上り下りしていた信越本線の碓氷峠(66.7パーミル)に近く、普通の車両では太刀打ちできないレベルだ。

 遊行寺の坂を下りきれば藤沢橋で境川を渡る。右手が山門へ通じる遊行寺橋だ。昔ならこの川が鎌倉郡と高座郡の境界であった。南へは江戸時代に観光地として人気絶大であった江ノ島への道が分かれていく。藤沢橋交差点を右折すれば藤沢の宿場であるが、駅伝コースはまっすぐ浜を目指す。

 小田急をくぐり、東海道線を跨いで南西へ向かい、浜が近づくと茅ヶ崎市へ。松林の向こうに相模湾を感じつつ国道134号で西進する。菱沼海岸あたりから相模湾の沖合には烏帽子岩が浮かび、茅ヶ崎駅から来る「サザン通り」の突き当たりがサザンビーチ。一帯は戦前から別荘地として発展したエリアである。湘南大橋で相模川河口を渡れば平塚市で、花水川を渡って唐ヶ原交差点近くが平塚中継所。

戦前のリゾートの空気が今も漂う「4区」

●4区(平塚中継所〜小田原中継所 20.9km)

 4区の最初は復路7区と少しの間ではあるが別ルートで、往路が浜沿いを行く。大磯駅入口交差点で左折して復路と合流。ここも明治期に別荘地として知られ、日本における海水浴発祥の地とされる。目と鼻の先の大磯駅は背後の山の背景もあいまって戦前のリゾートの空気が今も漂う。いつの間にか相模平野も終わり、高麗山の山並みを仰ぎつつ国道1号を西進する。かつては御殿場回りに備える山登り用の補助機関車を連結した国府津の駅前をかすめ、坦々と進んで酒匂川を渡る。箱根の外輪山もだいぶ大きく見えてきた。小田原の城下を進んで久しぶりの東海道線をくぐり、早川沿いにいよいよ箱根カルデラへ。

(C)Yuki Suenaga

「ふつうの電車」は立ち入れない世界へ「5区」

●5区(小田原中継所〜箱根・芦ノ湖畔 20.8km)

 山からの冷風が吹き下ろしそうな地名、風祭の小田原中継所からは5区の山登りランナーが待ち受ける。このあたりの箱根登山鉄道は40パーミル、蒸気機関車の領域を超える急勾配だが、登山電車にとってはまだまだ序の口。国道は早川の流れに合わせて箱根湯本まで着実に高度を稼いでいく。箱根湯本駅ではロマンスカーを仰ぎ見、土産物店が並ぶアーケードを抜けてすぐ山道となるが、箱根登山鉄道はここからいきなり最急勾配の80パーミルで上っていく。この先は「ふつうの電車」が立ち入れない登山電車だけの世界である。80パーミルの勾配も日本最急なら、急カーブも最小半径30メートルと尋常でない。

(C)Nanae Suzuki

 その最急勾配を延々と続けても上りきれないのでスイッチバックが3カ所設けてある。道路の方はヘアピンカーブの連続で、箱根登山鉄道より緩い約67パーミルで上っていく。67は半端に見えて、鉄道や道路設計で長らく用いられてきた分数表記なら「15分の1勾配(1000÷15=66.666…)」で不思議はない。

 途中の大平台駅は箱根登山鉄道のスイッチバック駅だが、道路もこれに呼応して見事なヘアピンカーブを描く。そのカーブの外側に位置したカメラは、選手が次々に上って急カーブを折り返していくお馴染みのアングルを映し出す。

 それにしても、碓氷峠の旧信越本線と同じ勾配を湯本の標高95メートルから芦之湯近くのピークである874メートル(東京〜大阪間の最高地点)まで標高差780メートルほどを延々と約13キロも、平均約60パーミルで走り上がるのは超人的というしかない。この区間の中で50パーミルを少し切るのが大平台〜宮ノ下間で、少しはほっとできるだろうか。素人の私には「焼け石に水」のような気もするが。典型的な溶岩ドームの丸い頂を見せる二子山北側の最高地点からは同じレベルの急勾配を駆け下り、遊覧船の浮かぶ芦ノ湖と杉並木から関所跡を横に見れば、ゴールはもうすぐだ。いつもの大観衆は待ち受けていないかもしれないが、こたつ蜜柑の前では数千万単位の人が応援している。

(C)Nanae Suzuki

文=今尾恵介

photograph by Nanae Suzuki