話題は8年ぶりに復帰したプレミアリーグの変貌からリバプールとの因縁、エバートン復帰の理由やクラブの現状へと移っていく。だが、テーマがどれほど専門的になろうと、最後に言葉から溢れ出るのは彼の人間性であり人間への愛着である(全2回の2回目/#1から続く)。

(田村修一)

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8年ぶりのプレミアリーグで見た「変化」

――2011年にチェルシーを離れ、2019年12月にエバートンの監督としてイングランドに復帰しましたが、この間にプレミアリーグは変わりましたか?

アンチェロッティ 本当に変わったと思うのはリーグ下位のチームだ。今日の下位チームはよく組織立ち、しっかりとプレーを構築している。10年前はロングボールを前に放り込むばかりの、フィジカルな当たりが激しい典型的なイングランドスタイルだった。今はそんなチームはもうない。たとえばブライトンを見ればわかるが、素晴らしいプレーを構築してスペクタクルを作り出している。プレー哲学がよりポジティブに、より攻撃的になっている。すべてのチームが、主にセンターバックを起点にディフェンスラインから攻撃を構築しようとしている。

 技術面では守備の進化が著しい。リスクを冒すより攻撃的な守備をするようになり、高い位置でのボール奪取を試みる。ハイプレスからボールを奪っての得点が増え、ピッチ前方(相手ゴールに近い位置)でのインテンシティがずっと高くなっている。

――そうしたプレーをエバートンで実践するのは、レアル・マドリーやバイエルンよりも難しくないですか?

アンチェロッティ どんなクラブであれ、そのクラブに固有の歴史と伝統は尊重せねばならない。ミランの場合はテクニカルなクオリティがベースだった。クラブもそのスタイルに合った選手を獲得しようとした。

 エバートンはサポーターが選手のピッチ上のパフォーマンスを注意深く見ている。彼らは戦いを好む。そこは考慮に入れねばならないだろう。

カルロ・アンチェロッティとズラタン・イブラヒモビッチ ©Pierre Lahalle/l’Équipe

なぜいま、エバートンなのか?

――エバートンの監督に就任したのは誰もが驚きました。野心の面で多少後退した印象はあります。

アンチェロッティ 様々な要因が重なっての就任だった。エバートンからコンタクトがあったのは、ナポリを解任された後だった。発表された翌日に、2週間前から監督を探しているという電話があった。私は仕事を続けたかったし、プレミアリーグ復帰も視野に入れていた。エバートンがその機会を提供してくれたわけだ。

――同じ街のライバルとはいえ、ほぼ1年の間にCLとプレミアリーグの両方を制したリバプールの影として存在することをどう感じていますか?

アンチェロッティ 私の人生を振り返ると、リバプールとは少なからぬ因縁がある。最初は選手として対戦した1984年(5月30日、ローマ。リバプール対ASローマ)のチャンピオンズカップ決勝(ホームながらアウェー扱いのローマとリバプールの戦いは、互いに一歩も譲らず1対1のまま延長戦に突入し、PK戦の結果4対2でリバプールが勝利。アンチェロッティ自身はケガにより欠場)だった。次がミランの監督として戦った2005年イスタンブールでのCL決勝(前半3対0とリードしたミランは後半同点に追いつかれ、延長戦に突入した)。このときもPK戦の末に敗れたが、2年後のアテネの決勝(2007年5月23日)ではフィリッポ・インザーギの2ゴール(2対1)でリバプールを破った。

 たしかにリバプールとエバートンはライバル関係にあるが、リバプールのサポーターは私に敬意を払っていると思う。エバートンのサポーターも今季はクラブが順調なスタートを切り、リバプールに十分に対抗していることに満足しているだろう。

――街中で呼び止められることはありますか?

アンチェロッティ ないね。ここでは私生活は尊重されている。挨拶ぐらいはするけど、それ以上になることはない。

――こちらに来てからユルゲン・クロップとは会いましたか?

アンチェロッティ ああ、ピッチの上でね(笑)。

――そうではなくてプライベートでは……。

アンチェロッティ ユルゲンは友人の1人で話はよくする。素晴らしい監督でもある。でも試合以外で会うことはないし、昨季は特に対戦の機会がたくさんあった。ナポリで2019年8月に親善試合で対戦したのに続きCLでも2度戦った。エバートンではFAカップで1度、リーグでも1度対戦した。1年のうちに5試合だ。これだけ頻繁なら、何もわざわざレストランで会う必要もないだろう(笑)。

――リバプールにはいい店がありますか?

アンチェロッティ 想像できないかも知れないが、ここにはイタリアンの美味い店がいくつもあるよ。

コーチでもある息子「そのために監督に就いたと言われたが…」

――ロックダウンの間は何をしていましたか?

アンチェロッティ 家でじっとしていた。ただ、プロトコルで許容されていたから日に1度は海辺に散歩に出かけたり、自転車をこいだりした。しかし世界と人々の関係がこれだけ変わってしまったのはかなり変な感じだ。サッカーもいまだに無観客で……、こんなのは生活とはいえない。サッカーは人々のものであり、プレーは人々の心に訴えかけるものであるからだ。ただ、そうは言っても、何よりも健康が大事ではあるが……。

――中断期間中もサッカーのことを考えていましたか?

アンチェロッティ 正直に言って考えなかった。選手たちとの日々のやり取りはスタッフに任せて、私は休息に専念した。だから再開のときにはとてもフレッシュな状態で臨めた。

――息子のダヴィドもあなたのアシスタントですが、どんな風に働いているのでしょうか?

アンチェロッティ (躊躇いがちに)どう言ったらいいのか……。恐らく私の今日の仕事において、最高の働きをしてくれている。ナポリでは、私が息子に仕事の機会を与え、サポートするために監督に就いたと言われた。だが、彼は知性に溢れスポーツを愛している。学業も究めてドイツでスポーツ科学の博士号を取得した。最も若くしてディプロマを得たうちの1人だった。加えて経験もある。私がPSGの監督を務めたときはフィジカルコーチとして一緒に仕事をしたし、レアル・マドリーでも同じことを続けた。バイエルンではアシスタントの1人になった。

 ここにも1人若いスタッフがいて、年齢は32〜3歳だがとても優秀でモチベーションに溢れている。外から何を言われようと関係ない。彼は私がこれまで一緒に仕事をしたなかで最高のスタッフであるからだ。他にもポール・クレメントのような優秀な人材がいる。彼らは常に何か新しいものを求めている。

――たとえば何でしょうか?

アンチェロッティ 今はスカンジナビア諸国ではじまった膝のエレクトロミオグラフィ(神経と筋肉の機能を分析する医学の技術)に関する新たな方法論だ。筋肉に対する電気的刺激(とりわけ回復期における)の効用の研究で、最先端の技術を取り入れようとしている。

ハメス・ロドリゲスを獲得した裏側

――仕事を進めるうえで、あなたはデータや統計を重視していますね。

アンチェロッティ 練習においてそれは特に役立つ。ただ1つ言いたいのは、この夏に私がハメス・ロドリゲスを獲得したとき、誰もが彼のフィジカルコンディションに不安を抱いた。プレミアリーグのインテンシティの高さについていけないのではというのが、彼らが感じた疑問だった。では、彼がプレーした最初の4試合で、いったい何回のスプリント(時速25㎞以上で走るのがスプリントの定義)をおこなったかわかるか? たったの7回だ(笑)! それでも彼は、チームのためにゴールとアシストを重ねた。

 何が言いたいのかといえば、私たちはピッチ上で選手に何を求めて何を期待するか、ということだ。私がミランの監督だったとき、クラブはブラジル人のロナウド(2007-08年シーズン)を獲得した。ミラノにやってきたとき、彼の体重は100㎏を超えていた。初戦の前に私は彼にこういった。「君を試合には出せない。体重を減らして欲しい」と。彼はこう答えた。「ピッチの上で僕に何を望むのですか? 走ることですか、それとも得点ですか? 走ることを求めるならば、僕をベンチに置けばいい。でも得点ならば、僕をピッチに送り出して欲しい」と。私は彼を起用し、彼は走らなかったが2得点を決めた。ハメスにもそれと同じことがいえる。

「私はサッカーが大好きだ」

――さきほど指揮したすべての試合を覚えていると言いましたが、監督になってから何試合を戦ったかご存じですか?

――さきほど指揮したすべての試合を覚えていると言いましたが、監督になってから何試合を戦ったかご存じですか?

アンチェロッティ たぶん1150ぐらいだろうけど……。

――1132試合(2020年11月3日現在)です。

アンチェロッティ それは悪くない(笑)。

――では、試合前にどのぐらいの数の眠れない夜を過ごしましたか?

アンチェロッティ 実はそこは何の問題もないんだ。ときにホテルからスタジアムに向かうバスの中で寝ることはあるけど、試合の後のほうが、アドレナリンが身体に充満して眠れないことが多い。でもプレッシャーを感じるタイプではないから、試合の前に眠れないということはない。監督の仕事にナーバスになることもないのだろうと思う。もしかしたらそれが1つの限界であるのかも知れないが……。

 私はサッカーが大好きだ。サッカーを見るのも分析するのも好きだが、そこには強迫観念は何もない。ただ単に進歩したいという気持ちがあるだけだ。

――それはあなたがここまであらゆるタイトルを手にしてきたからではないでしょうか……。

アンチェロッティ どれだけ勝利やタイトルを得ようとも、監督である限り常に試され判定を下される。永遠にだ。

――そうですね。どうもありがとうございました。

©Jan Kruger/Getty Images/AFP

文=ティエリー・マルシャン

photograph by Jan Kruger/Getty Images/AFP