想いを託したい仲間は、すでにいなかった――。

 9区から10区のランナーに母校の襷をつなぐ鶴見中継所。毎年、“先頭から20分以内”のドラマが起きる場所で、今回もまた辛いシーンが見られた。

 わずか51秒及ばずに涙をのんだのは、プルシアンブルーの山梨学院大学。繰り上げスタートのルールに則り、9区の遠藤悠紀(4年)が中継所にたどり着いたとき、すでに10区のランナーはまっさらな襷をつけて走り出していった後だった。

 無人と化した中継所に倒れ込むようにゴールしたとき、遠藤の目にはどんな光景が映っていたのだろう。

「もうアキ(渡邊昌紀/3年)の姿はおろか、影すら見えませんでした。最後のカーブに入るまでは、まだ行ける、まだ間に合うんじゃないかと思って走っていたんですけど……。やってしまったって思いましたね」

遠藤悠紀 (C)JIJI PRESS

再起をかけた予選会を突破した後に

 今年の山梨学院大はレース序盤から苦しんだ。

 ルーキーながら1区に抜擢された新本駿が区間最下位と苦しい走り。襷を受け取ったエースの森山真伍(4年)も、本調子とは言えない状態で挽回できず。4区を走った留学生のポール・オニエゴ(3年)が区間賞の走りで一矢報いたが、それでも4区を終えて総合19位と流れに乗れなかった。

オニエゴ (C)Yuki Suenaga

 一昨年、山梨学院大は屈辱の予選落ち。33年続いていた箱根駅伝の連続出場を途切れさせていた。再起をかけた今シーズン、チーム最大の目標は本戦復帰を果たすことだった。

 コロナ禍で難しい調整を余儀なくされたが、チームは見事に予選会を突破。だが、その立て役者となったメンバーの多くがその後は故障に苦しんだ。予選会、全日本大学駅伝、箱根駅伝と大きな試合が続く中で気持ちが逸り、つい肉体の限界値を超えてしまったのかもしれない。予選会と今回の箱根駅伝を両方走った選手は、遠藤を含めわずか5人だけである。

「4年生として、少しでも前との差を詰めて襷を渡そう」

 厳しい台所事情だったが、遠藤の9区はわりと早い段階から決まっていた。11月の10000m記録会で自身初の28分台を記録するなど上り調子で、練習も順調に積めていた。これまで3大駅伝を走ったことはなかったが、「自信を持ってスタートラインに立てた」と遠藤は当日の心境を振り返る。

「箱根は小っちゃい頃からの憧れだったんですけど、緊張で硬くなるとかはなかったです。自分は4年生として、とにかく少しでも前との差を詰めて襷を渡そうと。考えていたのはそれだけでした」

戸塚中継所にて篠原楓(右)から襷を受け取り走り出す遠藤 (C)Nanae Suzuki

 遠藤が戸塚中継所で前のランナーを待つ間も、山梨学院大はいったん失った流れを取り戻せずにいた。復路も区間二桁順位が続き、8区を終えた時点で総合19位。前を走る18位の法政大とは2分25秒の大差がついていた。

トップが区間賞ペースでも大丈夫だろうと

 現実的に考えれば、この差を1人で追いつくのは容易ではない。むしろ、気にすべきはトップとの差だった。先頭を走る創価大とは16分38秒差。繰り上げスタートとなる「20分以内」を考えれば、これはセーフティにも思えた。走り出した当初は、遠藤もそんな心配はまったくしていなかったと話す。

「自分で決めた設定タイムが1時間9分30秒だったので、仮にトップが区間賞ペースで走っても大丈夫だろうと思ってました。自分の持ち味は前半から突っ込んで、後半も粘れること。箱根も思い切って行きました」

 復路のエース区間を任された気概もある。4年生としての意地もあっただろう。遠藤は思い切って前半を飛ばしぎみに入った。気持ちがややキツくなったのは、10kmを過ぎた頃だった。

「10km通過時に聞いたタイムが想定よりも悪くて、もしかしたらあまり走れていないのかもって思ったんです。自分としては体が動いている感覚があったのに、タイムがついてこない。前の選手もまったく見えなくて、そこでけっこうキツくなりました」

 それでも懸命に腕を振った。2度ある給水ポイントでは同じ4年生の仲間から力水をもらい、気持ちを振り絞った。思い出したのは、4年間の苦しい練習の日々だった。

「間に合う。諦めるな! 襷を絶対につなぐぞ」

 遠藤は兵庫の名門報徳学園高の出身で、前任の上田誠仁監督に声をかけられて同大学に進んだ。「もっと早くから箱根などで活躍できると思っていた」が、故障などもあり思うようにはいかなかった。

 転機になったのが、一昨年の予選落ちだ。それまでは漠然と箱根は出て当たり前と思っていたが、現実がそう甘くないことを知る。自身も変わらなければ、未来は変えられないと思った。練習態度を改め、妥協のないトレーニングを積み重ねてきた。だからこそ、諦めるわけにはいかなかった。

 残り1kmを切った頃、後ろに付く運営管理車から飯島理彰監督の檄が飛んだ。

「なんとか間に合う、間に合う。諦めるな! 襷を絶対につなぐぞ」

 意識ははっきりしていたが、足が思うように動かない。練習時のように進んでいる感覚はなかったが、それでも懸命に足を、腕を、前に振った。

「自分としてはあれが精一杯でした。前半から突っ込むのが持ち味ですし、監督にも『4年生だし行かざるを得ないよな』と後から言われました」

 ただし、と続ける。

「監督は『前がいれば面白かったけど、あの状態で1人で走るにはまだ力が足りなかったね』と。そこまでの強さを身につけることができなかったのが、少し残念です」

「もっと強いチームになってくれると信じてます」

 遠藤が区間18位と苦しんだ一方で、創価大の石津佳晃(4年)は区間歴代4位となる1時間8分14秒の好タイムで区間賞を奪っていた。その結果、起きたのが今回の繰り上げスタートだった。

 悔いがないと言えば嘘になる。が一方で、最善を尽くしたとの自負もある。遠藤はこんな言葉で、最初にして最後の箱根駅伝を振り返った。

「襷をつなげなかったのは残念ですけど、自分の中では陸上をやりきったと今は思えます。卒業後は民間企業に勤める予定で、陸上はあれ(箱根)が最後。ずっと両親には励まされっぱなしで、最後に箱根を走る姿を見せられて良かったです。うちのチームは下級生に力があると思うので、来季以降、もっと強いチームになってくれると信じてます」

 襷はつなげなかったが、後輩たちに想いは託した。来季は予選突破後の目標をどう描くかで、古豪の未来は変わっていきそうだ。

(C)JMPA

文=小堀隆司

photograph by L:JIJI PRESS R:Yuki Suenaga