箱根駅伝を駆ける選手たちは、毎年210名にのぼる。

 卒業と同時に陸上競技から引退する選手もいるが、その後も五輪や世界選手権に出場して結果を出すこと、あるいはニューイヤー駅伝で優勝することを目標に走りつづける選手もいる。例年、箱根で素晴らしい選手が生まれ、実業団の門を叩くが、特に2020年卒業組は実力派が揃った「プラチナ世代」ともいえる豊作だった。

箱根駅伝で戦った2人は、卒業後も……

 東洋大のエースで昨年の箱根2区で区間賞を叩き出した相澤晃は、九州の名門・旭化成に入社した。鎧坂哲哉(明大)、村山謙太(駒大)、村山紘太(城西大)、市田孝(大東大)、市田宏(大東大)、それに相澤の先輩である山本修二(東洋大)ら非常に個性的な選手が在籍し、伝統的にロードに強い。ニューイヤー駅伝では、2017年大会から20年大会まで4連覇を達成している。

 そこで着実に実力を伸ばした相澤は、昨年12月の日本選手権10000mで27分18秒75を出して優勝し、東京五輪参加標準記録を破って東京五輪男子10000m代表内定を勝ち取った。東京五輪を控え、2021年は飛躍の1年になりそうだ。

陸上日本選手権の男子10000mで日本新記録をマークして優勝した相澤晃(右)と2位の伊藤達彦(左) ©KYODO

 その相澤のライバルとして名を上げたのが、伊藤達彦(東京国際大)だ。3年連続で2区で、昨年の箱根では相澤に次いで区間歴代3位の記録を出し、東国大初のシード権獲得に貢献した。卒業後は、Hondaに入社している。

 Hondaは、設楽悠太が主将を務めるチームで、それぞれの選手に合ったメニューで強化していくタイプの強豪チーム。「いずれチームの柱に」と小川智監督が期待する逸材が揃っており、国学大で出雲駅伝優勝を果たした時のアンカーである土方英和、法大のエースとして活躍した青木涼真がいる。早くも今年のニューイヤー駅伝では3人とも出走、青木は5区2位、土方は7区3位と好走した。

 伊藤は個人成績では、昨年の日本選手権10000mでライバル相澤と競り合って2位に終わったが、27分25秒73で東京五輪参加標準記録を突破している。

箱根駅伝から“五輪出場”を目指す「プラチナ世代」

 20年に箱根優勝を果たした青学大では、主将の鈴木塁人がSGホールディングスに入社。鈴木と同期入社は東海大の黄金世代である關颯人、阪口竜平、帝京大で5区を走った平田幸四郎といったメンバーで、チームはここ2年で箱根戦士を大量に獲得して強化を進めている。

 箱根4区で区間新を出してトップに立ち、優勝に貢献した吉田祐也はGMOインターネットグループに入社。卒業後はマラソンに特化した強化で力を蓄え、昨年12月の福岡国際マラソンで優勝を果たした。パリ五輪を狙うマラソン日本代表候補へ成長しつつある。

吉田祐也 ©Yuki Suenega

 東海大で箱根6区を走り、57分17秒の区間新を出した主将の館澤亨次は、DeNAに入社。長距離から1500mにターゲットを切り替え、TWOLAPSの横田真人コーチの指導のもと、新谷仁美らから刺激を受けて練習に励んでいる。昨年の日本選手権1500mでは大学3年以来の優勝を果たし、今年は東京五輪参加標準記録を破り、本大会出場を目標にしているという。

 副将で3区を走った西川雄一朗は、住友電工に入社。館澤が故障に苦しむ中、チームをまとめるキャプテンシーのある選手で、渡辺康幸監督のもと、田村和希、遠藤日向ら個性あふれるチームで脚を磨いている。

 ちなみに住友電工の同期入社には、明大のエースだった阿部弘輝がいる。阿部は怪我を抱えたまま7区を走り、区間新を出すという驚異のエピソードを持つ。2人は今年のニューイヤー駅伝で、阿部が1区、西川が2区を走り、実業団駅伝デビューを果たしている。

阿部弘輝 ©Yuki Sunega

 その他にも、今年大旋風を巻き起こした創価大は、米満怜が強豪相手に真っ向勝負を挑んだ走りで1区区間賞を取り、昨年コニカミノルタへ入社した。東洋大の6区のスペシャリスト今西駿介は、トヨタ自動車九州で初代山の神の今井正人主将のもとで競技を継続している。

 彼ら以外にも優れた選手を多く輩出した20年卒業組。選手の名前を改めて見てみると結果、実力のいずれも優れており、これからの陸上界を担う世代になるのは間違いないだろう。昨年は、まさに「プラチナ世代」と呼べる豊作な顔ぶれだったが、箱根戦士は実業団だけではなく、過去にもいろんな分野を進路に選択し、陸上の魅力を伝えている。

実業団だけじゃない!箱根経験者の“意外な進路”

「山の神」として名を挙げた“2代目山の神”東洋大出身の柏原竜二氏は、富士通に入社後、相次ぐ怪我の影響で27歳の時に現役引退を発表。その後に、同社のアメリカンフットボールチーム「富士通フロンティアーズ」のマネージャーなどを務めていたことが話題になった。現在は、広報の仕事をしながら箱根駅伝など陸上競技の解説を積極的にこなしている。

東洋大学卒業後は、富士通へ。入社記者会見も行われた ©Nanae Suzuki

 箱根駅伝出身のプロランナーといえば、第一人者には大迫傑がいる。マラソンの日本記録(2時間5分29秒)を持ち、彼に憧れてマラソンをする子供たちが増えた。陸上界のインフルエンサーと言える。

 “3代目山の神”と呼ばれた神野大地も、大迫に続いてプロのランナーとしてマラソンに特化し、レースはもちろん各大会のゲストランナーとしても活躍中だ。昨年の夏には国士館大3年時、1区を走った福田穣もキプチョゲ主宰のNN RUNNING TEAMに入り、プロ活動を始めている。ケニアで練習に取り組んでおり、今後が楽しみだ。

箱根経験を生かして“指導者”へ

 その他にも、陸上の経験を活かして市民ランナーなどを対象に、ランニングスクールを設立・経営している箱根戦士もいる。

 八木勇樹氏は、早大3年の時に9区2位で箱根駅伝優勝、大学駅伝3冠達成に貢献、卒業後は旭化成に進んだ。2016年に退社後、YAGI RUNNING TEAM(現RDC RUN CLUB)を設立し、市民ランナーをサポートしている。コーチには森賢大(元日体大)、中谷圭佑(元駒大)ら箱根経験者も名を連ねており、練習会には多くの市民ランナーが参加している。その規模と質の高さは国内随一ではないだろうか。

 松垣省吾氏は、法大で箱根6区の大学記録を持ち、卒業後はNTT西日本で活躍した後、2015年に引退し、MATSU RUNというランニングスクールを立ち上げた。キメ細かい練習プログラムが好評で、関東や大阪などで人気のスクールだと聞く。松垣氏はパラ世界選手権ロンドン大会5000mに出場した谷口真大選手のコーチ兼伴走もこなしており、6位という結果を出している。

箱根駅伝出身者としてYouTuberに

  異色の進路を選んだ箱根戦士もいる。経験を生かしてランニングの面白さを伝えている“YouTuberたむじょー”こと田村丈哉氏だ。

 帝京大出身で相澤らと同じプラチナ世代。2年時、8区11位という結果を残している。昨年の春に卒業後、お笑い芸人の夢を持っていたというが、陸上ユーチューバーの道を進んだ。「獄激辛ペヤング1000m」「5000m14分台で引っ張れる?引退11ヶ月の男が北海道の記録会をペーサーしてみた」などガチな走りの企画が受けて10か月で5万人が登録する人気ランチューバ―になっており、今年は地上波のテレビ番組「ウチのガヤがすみません!」(日本テレビ系)にも出演している。

箱根駅伝出場の経験を生かして、陸上の面白さを伝えている

独自の路線で活動を続ける選手たち

 10年前は実業団に行く選手と引退する選手に大きく分かれていたが、最近は走ることを辞めず、逆に走りの実績とキャラクターを活かしつつ、陸上に関わる仕事に取り組む人が増えている。時代の流れもあるだろうが、今後は「たむじょー」のように箱根駅伝を走った経験を活かして、新しい分野に進出する選手も増えてきそうだ。

 それは、今の時代らしいし、彼らの経験を活かすことはとても素敵なことだと思う。箱根駅伝を走る経験は誰もが得られるものではない。

 その経験を「誰かのために」という気持ちで、いろんな方面から陸上界に貢献しようとしている彼らの姿からは、走ることの楽しさや愛情を深く感じることができる。

文=佐藤俊

photograph by Yuki Sunenaga