今、ミランから目が離せない。

 2010-11シーズン以来となる"冬の王者"戴冠で、やはり10年ぶりのセリエA優勝への可能性が芽生えてきた。

「スクデットの話は4月になってからでいいじゃないか」

 指揮官ピオリはそうとぼけるが、背後にピタリとつける2位インテルやひたひたと迫る9連覇王者ユベントス(4位)からのプレッシャーに耐えながら、ポイントリーダーの座を日曜ごとに死守するミランのしぶとい戦いぶりこそ、ミラニスタたちが過去10年間求めてやまなかったものだ。

ユーべに力負け、カップ戦ではインテルにも

 ただし、シーズンの道のりがこれから険しさを増すのは自明だろう。

 年明けの第16節ではユーベ相手に1−3で力負けし、リーグ戦304日ぶりの黒星を喫した。第19節のアタランタ戦でも0−3と完敗。さらに3日後のコッパ・イタリア準々決勝では、インテルに1−2の逆転負けを喫した。

 1月中旬に新型コロナウイルス陽性が発覚したMFチャルハノールや12月中旬に右太ももを痛めたMFベンナセルの欠場が響いた格好で、特に筋肉系の故障は昨年の秋から計8人、延べ11回を数える。

 ベストメンバーを組めないどころか、プリマベーラから補充しないと紅白戦もできない厳しい状況となっている。古刹の住職みたいな指揮官は泰然自若としているものの戦力のやりくりは苦しく、若いチームには踏ん張りどころがつづく。

イブラ様いわく「スクデットを恐れるな!」

「優勝を夢見ることを躊躇ってはダメだ。スクデットを恐れるな」

 檄を飛ばすのは、39歳の大黒柱イブラヒモビッチだ。

 シーズン中盤の苦境を予見していた彼は、昨年末の『ガゼッタ・デッロ・スポルト』紙主催の表彰イベントで、己の信条を語りながら若いチームにメッセージを送った。

 縁起を担ぐナポリのように、優勝争いに不慣れなチームはスクデットを禁句とすることで自らを呪縛にかけてしまう。一方、常勝ユーベではキャンプ初日から優勝を口にする覚悟のない者に居場所はない。

 百戦錬磨のイブラヒモビッチは、一回り年齢の違うチームメイトたちを指して「トッププレーヤーじゃない」と忌憚ない意見を吐きながら、「だが成功への飢えと意思がある。だからもっと強く上手くなれる」と尻を叩く。己の心の弱さをねじ伏せろ、プレッシャーなど喰らい尽くせ、と発破をかけるのだ。

「俺様はズラタン。ジンクスなど破ってやる」

 老兵ズラタンには自らに課した挑戦もある。

「ミランには『出戻った選手は成功できない』というジンクスがあるだろう。ミラネッロ(練習場)に帰ってきたとき、俺は決めたんだ。“俺様はズラタン・イブラヒモビッチだ。ジンクスなど俺が破ってやる”と」

 フリットやシェフチェンコ、カカーといったレジェンドOBは、キャリア終盤にミランへ2度目の入団を果たしたが、いずれも鳴かず飛ばずで終わった。

 イブラヒモビッチの履歴書には、彼らのようなバロンドールの受賞歴はない。しかし、新型コロナウイルス陽性反応や度重なる怪我を乗り越え、老体に鞭打ち、体を張りながらなおゴールを量産するズラタンに、心を揺さぶられないミラニスタがいるだろうか。

 敗れはしたが、コッパ・イタリア準々決勝で見事なコントロールショットを決めた後、誰もが怯むような巨漢FWルカクに額をぶつけた獣の闘志を見て、ハートに火をつけない仲間がいるだろうか。

今季のミランは“イブラ頼み”ではない

 頼もしいことに、今季のミランは決して“イブラ頼み”ではない。

 イブラ抜きで臨んだ10月1日のEL予選プレーオフでは、困難なアウェーゲームの末、どしゃ降りのなか互いに12人が蹴り合う壮絶なPK戦を制し、チームが一気に結束した。

 昨年11月下旬からひと月半の間、左太腿損傷のエースを欠いたチームはリーグ戦8試合を5勝2分1敗で凌ぎ、EL決勝トーナメント出場も決めた。

 シンデレラボーイのMFハウゲ加入やMFダニエル・マルディーニの健闘が刺激となり、チームに新しい風が入る一方、経験豊富なベテランDFキアルとキャプテンのロマニョーリが統率する最終ラインは昨季以上に堅牢さを増し、それに比例して左右のSBコンビが縦へどんどん攻め上がる。

 突貫小僧カラブリアや中盤のフィジカルモンスター、ケシエは起用法や練習メソッドを巡り、就任当初のピオリ監督と衝突した。だが、ピオリ流に従った結果、2人は見違えるようなパフォーマンスでキャリアベストのシーズンを送っている。

 前線で進境著しいのはFWレオンで、危機意識と健全なポジション競争によってプレーに責任感が出てきた。

指揮官「イブラ抜きでもコンセプトが」

 指揮官ピオリは「現在のチームの根っこは、イブラとDFキヤル、そしてMFサーレマーケルスが来た1年前にある」と語り、「このミランはイブラ抜きでもプレーのコンセプトが固まっている」と胸を張る。

 アタランタとインテルに連敗した後、1月最後の試合となった第20節ボローニャ戦で、ミランは再び白星をつかんだ。2−1の粘り勝ちだった。

 先制して迎えた55分、ボローニャの新DFスマオロとの競り合いでPKを得たイブラは、信じられない行動に出た。自らを「神」「王様」と称してはばからない尊大さの塊のような男が、PKキッカーをMFケシエに譲ったのだ。

「キッカー1番手はもちろんイブラ。でも……」

 実は、26分の先制PKをイブラは失敗していた。

 ボローニャGKスコルプスキにコースを読まれて、一旦はボールを弾かれてしまった。FWレビッチが瞬時に押し込み得点は入ったが、イブラがPKを1発で決めきれなかったのは、ELでのスパルタ・プラハ戦も含め今季4度目のことだった。流石の王様ズラタンも1日で2本目ともなれば、逡巡したのだろう。

 ケシエは冷静に決勝弾を叩き込んだ。

 試合後「チームのキッカー1番手はもちろんイブラ。でも彼がボールを譲ってくれたのだから、それを尊重した」と語り、互いの信頼関係を強調した。

 第20節までにミランが得たPKは、5大リーグで最多の14本。どこよりも敵陣へ果敢に攻め込んでいる証であり、チームとしてPKを決めることは王様としてのプライドを満たすことより何倍も大切なことなのだと、イブラヒモビッチは行動で示したわけだ。

ダービー敗戦後はチーム全員に頭を下げた

 後半に退場処分を受け敗退の一因を作ったコッパ・イタリアでのミラノ・ダービーでは、試合後のロッカールームでチーム全員に頭を下げた。

 北欧出身の後輩MFハウゲが、練習中にわからないイタリア語があって困っていたときは、こっそり教えてやった。

 10年前には想像もできなかったイブラヒモビッチが、2021年のミランを引っ張っている。

 現在のミランは90分間のゲームプランが明確で、若手とベテランが互いを補完している。攻めるべきタイミングで攻め、守るべきポイントを守る。その見極めができているから、大崩れしない。

 ボローニャ戦では中盤の要ベンナセルが戦線復帰し、晴れてコロナ陰性となったチャルハノールも復帰間近だ。

マンジュキッチら即戦力も獲得した

 冬の移籍市場では、ゼロ補強に終わったインテルとユーベに対し、FWマンジュキッチにMFメイテ、DFトモリといった即戦力を獲得し、戦力拡充も図られた。

 今季のミランは前年のチームの焼き直しを続けてきた過去10年のチームとは、根本的に違う。もちろん、CL出場権を獲れるだけで御の字だということは誰もがわかっている。

 だが、イブラの言葉に従えば、今季のミランはスクデット争いに臆するチームではない。

「あなたはいつになったら監督として優勝するの?」

 最近のピオリ監督のインタビューを読んでいて吹き出した。今年56歳になる指揮官は、今でも事あるごとに母親から愛ある叱咤を受けるのだという。

 順位表の1位を率いる息子は、カルチョの国の秀でた指導者らしく安請け合いはしない。本気だからこそ答えをはぐらかす。

「遅かれ早かれ必ずタイトルはやってくるさ」

 暦は2月に入った。首位を守るミランの戦いは続く。

文=弓削高志

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