高校、大学、トップリーグ、そして日本代表。ラグビーにおけるキャプテンは、様々な年代やレベルにおいてそのチームのリーダーであり、顔である。

 Number1020号「日本ラグビー主将に学べ」では、リーチマイケル、平尾誠二をはじめ、歴代多くのキャプテンを取り上げているが、今回の特集で、編集部が興味を惹かれて、多くのページを割いたのが大学におけるキャプテンだ。

 その理由は、仕事が多岐にわたるからだ。北野高校、慶應大学、東芝、そしてエディージャパンで主将を務めた廣瀬俊朗さんが、サッカーの中村憲剛さんとの対談「逃げない、信じる。それがキャプテン」の中でこんなことを言っている。

<北野高の部員は30人くらいでまとめやすかったんですけど、慶應大は100人以上。それに幼稚舎からの人、地方出身の人とか背景もそれぞれ違う。トップからリハビリグループまで4チームあって、どうマネージしていくか難しかった>

早稲田、明治、慶應、帝京……ラグビー部主将の卒業後の進路は?

 それほど多様な人材が集まる大学ラグビー部を率いてきたのはどんな人なのか。そしていまはどんな仕事をしているのだろうか。

 その疑問に答えるために制作をしたのが、完全保存版ブックインブック「大学ラグビー主将名鑑1990-2020」だ。

 この名鑑では、早稲田、明治、慶應、帝京という4大学の1990年度から今年度(2020年度)までの全主将のプロフィール、現況などをまとめたものだ。この中には、元木由記夫、野澤武史、佐々木隆道、中村亮土、流大など、後に日本代表となった主将も多くいる。

卒業後も“スクラム並み”に固い絆

 この名鑑製作で何よりも感じたのは、大学ラグビー部の強い絆、繋がりである。

 早稲田は98年、明治は09年に主将2人体制だったため、掲載人数は総勢126人。現役選手やトップリーグのチームに関わっている人でもなければ、現在何をしているかなどはとても追いきれない。そこで協力を依頼したのが各大学ラグビー部のOB会だった。

 その組織力は、どの大学も日本代表のスクラム並みに堅固。OB会を通じてプロフィールや自らの代の思い出など各主将にアンケートを依頼すると、多忙にもかかわらず、次々と回答を寄せていただいた(おかげで返信するのは大変だったが)。最後まで連絡がつかなかったのは本当に数えるほどだった。

 ちなみに、帝京大学は岩出雅之監督自ら自身が監督に就いた1996年度以降の主将についてとりまとめをしてくれ、さらに各主将について一言ずつコメントを添えて返送してくれるという丁寧な対応。大学選手権9連覇という金字塔を打ち立てた帝京らしさの一端がこんなところにも垣間見えたように思う。

30年親交が続く早慶のキャプテンも

 試合に勝った喜び、敗れた悔しい経験、仲間との試行錯誤、監督やコーチとの信頼関係。アンケートに書かれていた「思い出」は人それぞれ違えども、それがラガーマンとして、そしてのちの人生まで繋がる大切な経験となっていることは、どの主将にも共通していた。

 例えば、1990年度は堀越正己、吉田義人と早明にスーパースターがいた年であり、慶應は戦績的には奮わなかった。ただし、同年度主将の三宅清三郎は、のちにコーチとして部をサポートし、創部100周年での優勝に貢献した。

 90年度の東西学生対抗戦では早明慶の新主将3人でバックロー陣を形成。早稲田の相良南海夫(現監督)と慶應の小田切宏太は今も親交が続いているという。進路や現況などを比べるとなんとなく各大学の特色を感じられるが、ページをめくってまた戻りながら、同じ時間軸の4大学の主将を比較してもらうのも面白いかもしれない。

 プロになった人、そうでない人もラグビーとの接点を持ち続けている人は多い。自ら起業したり、ラグビーアカデミーを運営する人も多く、それは大学時代に培ったリーダーシップ、組織を束ねる力によるものだろうか。

「京大に合格していたがアカクロに憧れ早大へ」

 ライターの多羅正崇さんによる各主将の短評もぜひじっくりお読みいただきたい。

<フロンティア精神に溢れたリーダー。主将就任後に元日本代表監督のOB、宿澤広朗氏を再三訪問して監督就任を実現させた。京大に合格していたがアカクロに憧れ早大へ>(早稲田大学・1994年・山羽教文)

<高校時代には主将として率先して清掃活動に取り組んだ職人系フランカー。口数少なく、情熱は内に。岩出監督曰く「令和の高倉健」。空手の関西大会で優勝経験もある>(帝京大学・2020年・松本健留)

 これらは取材の蓄積と各主将から寄せられたアンケートだけでなく、自宅にため込んである膨大な量の専門誌、新聞記事までひっくり返してTwitterの140字よりもはるかに少ない75字の中にぎゅっとまとめてある。126人それぞれの人生が凝縮されたのがこの主将名鑑なのだ。

 ある人の回答の最後にはこんな一文が添えてあった。

「このように一度立ち止まって現役の青春時代を振り返る機会を作ってくださって心から感謝申し上げます」

 面識のない編集者にも、こんな言葉が出てくる人だからこそ、やはり大学ラグビー部を束ねる主将を務められたのだろう。

文=雨宮圭吾

photograph by Wataru Sato