巨人のキャッチャー問題がクローズアップされている。

 事の発端は2月3日の宮崎キャンプ。投手陣が投球練習を行うブルペンに、1人の選手がキャッチャー用のプロテクターやレガースをつけて現れた。

 報道陣がざわついた。

 やって来たのが、捕手が本職ではない石川慎吾外野手だったからである。

 大阪・東大阪大柏原高校時代に捕手の経験はある。しかしプロ入りしてから一軍はおろか、二軍でも試合でマスクをかぶった経験は一度もない。それでも岸田行倫捕手に借りたキャッチャーミットで5年目の救援左腕・大江竜聖投手と先発右腕の戸郷翔征投手のボールを10球ずつ受けた。

キャンプでブルペンに入った石川慎吾外野手 (C)Sankei Shinbun

「ジャイアンツに来てから何度かブルペンに入ったことはあったけど、やっぱり難しいですね。何かあった時の準備なので、最低限捕れるようにはなりたい」

 小気味いい捕球音をブルペンに響かせた石川はこう語った。

原辰徳監督の抱く捕手2人制への深謀遠慮

 捕手を使い切ったときのための危機管理。ほぼありえない事態だが、2009年9月4日には、そのありえない事態が勃発した。ヤクルト戦で3人目の捕手としてマスクを被っていた加藤健が負傷。急遽、捕手経験のある木村拓也内野手がマスクをかぶり見事に役目を果たしたことがあった。

 それ以降、巨人ではいざというときのために、捕手経験のある若手野手が練習をするのが決まりになっている。石川もまた、これまでにもブルペンで球を受けて感触を磨いてきた選手の1人でもあったのだ。

 ただ、ここには単純な危機管理だけでなく、原辰徳監督の抱く捕手2人制への深謀遠慮が隠されている。

「ムダ駒を1枚握りしめて戦っているようなもの」

「ベンチに捕手3人を入れるのはムダが多いと思うんだ」

 かねてから原監督は捕手2人制をいつかやりたいと語っていた。

「3人目の捕手というのはほとんど起用するチャンスがない。ベンチ入りの人数が限られている中で、ある意味、ムダ駒を1枚握りしめて戦っているようなものだと思うよ」

 ならば捕手を2人にして、その分のベンチ入り要員を中継ぎ投手か代打要員に回した方が、よっぽど合理的だということだ。

 メジャーではほとんどのチームがベンチ入り捕手は2人で賄い、しかもその2人目も試合展開ではどんどん起用する。

 控え捕手がベンチにいなくなることなど、よくある話である。最後の捕手がアクシデントでいなくなるケースが想定されるのは、負け試合の終盤。最大でも1イニング、あるいはアウト1つか2つを守るなら、代役でも何とか務まるはずだという考えだ。

 それより限られたベンチ入りのメンバーを、もっと有効に使える人選を優先したい。それが捕手2人制を考える根本にある。

捕手についての「もっと大きな問題」とは

 もちろん捕手2人制の実施だけでなく、あらゆるケースに備えて巨人では、捕手経験のある選手を中心に若手がブルペンで投手の球を受けて、とりあえず捕手としての経験だけは積んでいる。

 そういう危機管理の産物なのである。

 ただ、原監督が抱くこの捕手2人制には、こうした若手のバックアップだけでは実現できない、もっと大きな問題を抱えている。

日本シリーズは「巨人は捕手で負けた」という声

 それが絶対的な正捕手が不在という現実である。

「まずは1人がしっかりしないとね」

 2月10日に改めて捕手2人制に触れた原監督も、最後はその点を強調していた。

 屈辱の4連敗を喫した昨年の日本シリーズ。圧倒的なパワー野球の前に屈したように見えるが、「巨人は捕手で負けた」という声を球界関係者からはよく聞く。

 ソフトバンクのスピードスター・周東佑京内野手の足を封じることがテーマと言われたシリーズ。強肩を誇る小林誠司捕手をケガで欠き、主戦を務めたのは大城卓三捕手だった。

 早くから原監督は大城の打撃力を買い、捕手として経験を積ませることでレギュラーへの期待を抱いていた選手でもある。

 肩も決して弱いわけではない。

 ただ、大城の捕手としての最大の欠点が、このシリーズで浴びたホームランのうちの2本に凝縮されていた。

ノムさんが語っていた「名捕手の資質」

 1本目は第2戦。先発左腕の今村信貴投手が初回に3点を先制され、迎えた2回1死から9番・甲斐拓也捕手に打たれた追い打ちのソロアーチである。そして2本目はシリーズの行方が決した第4戦で、同じく甲斐に浴びた2ランだ。

 この試合は初回に初めて巨人が先制点を奪ったものの、直後に畠世周投手が柳田悠岐外野手に2ランを許して逆転されてしまう。そうして迎えた2回2死一塁から、またも甲斐に2ランを浴び、結果的にはこの一発が勝負の流れを決することになった。

 今村は初球。畠はカウント1ボール1ストライクからの3球目。打たれたのはいずれも漫然とストライクをとりにいったストレートだった。

 真っ直ぐしか待っていないシチュエーションで、簡単にその真っ直ぐでストライクを取りにいった結果の2本塁打だったのである。

「名捕手に一番必要な資質は洞察力だ」

 こう語っていたのは故野村克也元ヤクルト監督だった。

今季巨人の正捕手は大城か、小林か、岸田か

 相手を観察し、何を考え、何を狙って、どういうバッティングをしようとしているのか? それを感じ取る力が、捕手には必要不可欠な資質という。

 そう考えると大城が甲斐に浴びた2本の本塁打は、まさにその洞察力不足が露呈した結果だったのである。

洞察力を持った正捕手を育て上げることが不可欠

 一方、捕手としての甲斐は4番の岡本和真内野手にターゲットに絞り、初戦の徹底的な内角攻めで潰したリードは特筆ものだった。

 一昨年は同じ手法で坂本勇人内野手を封じ込んだが、そんな前年の内角の残像を利用して、去年は坂本には外を中心への配球で抑え込んでもいる。もちろんそのリードを実行できる千賀滉大投手の存在も大きいが、やはり綿密に相手を研究し、打席での動きを洞察して、封じるべき選手を絞って潰していく。

 捕手としての洞察力を欠いた結果、2本の決定的な本塁打を打たれた大城と短期決戦のお手本のようなリードで巨人打線を封じた甲斐。この“捕手の差”がスイープ劇を演出したという声は多い。

 原監督が抱く捕手2人制を実現するには、まずこの洞察力を持った正捕手を育て上げることが不可欠な条件になる。

 そうなると今季の巨人の正捕手争いは横一線である。

 大城なのか、それとも今季に復活をかける小林なのか、はたまた急成長の呼び声高い4年目の岸田なのか。捕手2人制を実行するなら、なおさら打力ではなく、まずはどっしりと1試合を任せられる洞察力、捕手力を持つ選手の育成が絶対条件となる。

 それは巨人が日本一を奪回するためにも、必要不可欠な課題となるはずだ。

文=鷲田康

photograph by Nanae Suzuki