「あれは漫才じゃない」――2020年のM-1王者が生まれると、漫才をめぐるかつてないほどの論争が巻き起こった。なぜあれほどの賛否を呼んだのか? 出場した漫才師たちのインタビューから、その答えに迫っていく。

「ボケの野田クリスタルはほとんどしゃべらない」という“正統派ではない”スタイルで優勝したマヂカルラブリー。2人が語る「上沼さんとの因縁」と最後まで迷ったネタ順の話。(全3回の1回目/#2、#3に続く)

――準決勝の後、2時間ほどでファイナリストが発表され、名前を呼ばれたコンビが喜びに浸っている中、お2人だけ「怖い、怖い」と繰り返していたのが印象的でした。

村上 喜び100パーでは、到底なかったですから。

野田 到底ないですね。怖さは決勝出番の直前までありました。「うわ、これ2017よりヤベえかもな」と。

――「2017」年、マヂカルラブリーが決勝に初出場され、最下位になったときの映像を観返しましたが、審査員の上沼恵美子さんに「好みじゃない」「よう決勝に残ったな」と酷評されているシーンは何度見てもヒヤリとしますよね。

2020年M-1で優勝したマヂカルラブリーの野田クリスタルと村上

村上 僕らは今も観返せないですよ。

野田 ライブとかで無理やり観せられるんですけど。

でもいちばん凹んだのは上沼さんではなく…

――ただ、上沼さんも「芸人」ではありますから、どこか芝居なのかなと思いつつ、野田さんが「(こちらも)本気でやってるから!」と言った時の「本気でやってるちゅってんねん、こっちも!」という巻き舌気味の返しはやはり縮み上がります。

野田 あれはマジらしいです。

村上 上沼さんに近い人に言わせると、マジらしい。

野田 周りから「上沼さんとの因縁」みたいな言われ方をして、僕らもそれに乗っかりました。でも、2017でいちばん凹んだのは、じつは、そこではなかった。あのとき、審査員全員、点数が低かったんですけど、松本(人志)さんに84点をつけられたことが何よりショックだったんです。

もしもトップだったら「つり革」をやっちゃおうかと

――あれだけの体験をしたら、決勝進出が決まっただけでは喜んでいられないですよね。そして2度目の出場となった2020年の決勝、のちに有名になったエピソードですが、1本目に「フレンチ(レストラン)」、最終決戦に進んだら「つり革」をかけようと決めていた、と。「つり革」は準々決勝、準決勝で演じたネタ、つまり、もっとも自信があったネタです。それをあえて温存しようとしたわけですね。みなさん、リスク回避のためにも1本目は準決勝で通ったネタをやるのが通例です。

野田 初出場だったら、「つり革」をやっていたでしょうね。初めてM-1に認められたネタということになるので。でも今大会は、「つり革」が自分たちのいちばん強いネタだとわかっていて、2本目まで残せれば、確実に優勝できると思っていたんです。

――前年かまいたちが、出番順を決める「笑神籤(えみくじ)」で2番クジを引き、最終決戦に温存しておいたネタ(USJ)を急遽、1本目に持ってきました。マヂカルラブリーも同様に不利だと言われる1番クジもしくは2番クジを引いていたら、ネタを入れ替える可能性もあったのでしょうか。

野田 トップだったら、「つり革」をやっちゃおうかなと思ってました。そもそも、僕らのネタの中に1番手に向いてるネタはないんですよ。劇場でも、おれらには絶対トップはやらせないですもん。

東京ホテイソンのネタが「フレンチ」に似てて…

――むしろ、何番でも行けそうな気もしますが。

野田 いや、おれらほど順番が大事なコンビはないですよ。

村上 ちゃんとした漫才が出てから僕らが出たほうが違いが分かるじゃないですか。普通の餃子を食べたあとにチョコ餃子が出てきた方がより特色が際立つというか。いきなりチョコ餃子が出たらびっくりするでしょう?

――結局1番、2番クジは引きませんでしたが、それでも本番が始まってから、再びネタ順についてかなり迷われたそうで。

野田 2番手の東京ホテイソンの点数が低かったんですよ。

村上 617点。

野田 ホテイソンのネタが、「フレンチ」の構成に似てたんです。最初にいちばん強いボケがあって、全体のボケ数が少なめで、ちょっと尻すぼみする。それで不安になったんです。おれらも同じになるかも、と。しかも3番手のニューヨークが642点、4番手の見取り図が648点と高得点が続いて、5番手のおいでやすこがで最初の大爆発が起きた。そこまでで最高得点の658点が出て、最終決戦は、もうこの3組で決まりなんじゃないかと思ったんです。

おいでやすこがを見て「まずいな」

――コンビによっては自信を失うのが嫌で、よその組のネタは見ないという方もいます。お2人はけっこう見ていたのですか。

野田 僕は死ぬほど聴いてます。審査員の表情も全部、観ながら。だから、おいでやすこがの出来とウケ方を見て、まずいなと思ったんです。こうなったら、より自信のある「つり革」で勝負した方がいいんじゃないかな、と。今大会で結果を残さなかったら、もう二度と決勝には戻れないだろうなと思っていたので。

――致命傷を負うわけにはいかなかった。

野田 いや致命傷を負うぐらいまでグサッとやられれば、まだいいんですよ。

村上 どうせなら、2017年ぐらいまでどん底に突き落とされちゃった方がいい。

野田 いちばん怖いのは、中途半端に4位とか5位になってしまうこと。こいつら、戻って来てもこの程度かと思われたら、もう二度と、決勝には呼ばれませんよ。下には、フレッシュな若手がたくさん詰まっている状態なので。だから「つり革」を見せて、最低でも再挑戦権を得て終わるかという考えもあった。

2分40秒のCM「ふっと冷静になれた」

――ところが、最終的には、初志を貫いたわけですよね。

野田 おいでやすこがさんの後、CMが入ったんです。

――2分40秒ほどとけっこう長いCMでした。

野田 あそこで、ふっと冷静になれた。あ、CMかと。スタジオの空気もいったん落ち着くだろうなと思いましたし。そこで、予定通り、1本目は「フレンチ」でいこうと思えたんです。

――CMが入ることは知っていたのですか。

野田 いや、まったくわからないです。

――CM明けの笑神籤で、6番手として、マヂカルラブリーの名前が呼ばれました。

村上 CMを挟まずに僕らの名前が呼ばれていたら、テンパっていたでしょうね。どちらのネタか、本当に決まってない状態でしたから。

――揺れたまま、でしたか。

村上 控室から舞台に行く長いストロークで、歩きながらネタを決めなければならなかった。

野田 マジでそうなってたな。

村上 どっちで行くか迷っているときは、マジで(出番が)くるな思ってましたもん。

野田 周りには「いつでも来い!」みたいな感じで、虚勢は張ってましたけど。

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(写真=山元茂樹/文藝春秋)

文=中村計

photograph by Shigeki Yamamoto