「あれは漫才じゃない」――2020年のM-1はなぜあれほどの賛否を呼んだのか? 出場した漫才師たちのインタビューから、その答えに迫っていく。
「ボケの野田クリスタルはほとんどしゃべらない」という“正統派ではない”スタイルで優勝したマヂカルラブリー。2人が語る「つり革」へのこだわりとファイナルジャッジの瞬間。(全3回の3回目/#1、#2へ)

――1本目で2位につけたものの、まだ後ろに4組が控えていました。暫定ボックスに座っているときは、やはりドキドキしていましたか。

野田 錦鯉さんが残っているのは気味悪かったですね。点数を高めにつける審査員はいるだろうなと思っていたので。

――爆発力ということでいえば、おいでやすこが、マヂカルラブリーを超えることができるのは錦鯉だったかもしれません。

2020年M-1で優勝したマヂカルラブリーの野田クリスタルと村上

野田 予選で評判がよかったアキナやウエストランドはどうなるかわからなかったな。楽しみながら、でも、ハラハラもしてました。

「つり革」を残したままの激アツ展開

――結果的には残り4組の中でトップ3に食い込んでくるコンビはおらず、2位のまま最終決戦を迎えました。1本目であれだけウケれば、2本目は楽しみで仕方なかったのではないでしょうか。

村上 ほんと、そうでしたね。「早くやりたいな」ぐらいの気持ちになってました。ウケるんだろうなと思っていたので。

野田 「つり革」を残したまま最終決戦という思い描いた通りの展開になりましたからね。この状況がついにきたか、と。激アツでしたよ。

なぜ「毒爪」をやらなかったか

――個人的な話で恐縮ですが、私は、これまでお2人のネタで笑ったことがなかったんです。でも2回戦で「毒爪」を見て、呼吸が苦しくなるくらい笑ってしまいました。「この世でいちばん強い武器は毒爪だ」というネタで、銃とかロケットランチャーと対戦してもなぜか毒爪が勝っちゃうという展開が、もうあまりにもくだらなくて。

村上 正しい見方です。

野田 おれらがやってることは、すべてバカらしいから。

――なので、2回戦以降、どこでまた「毒爪」を見られるかと楽しみにしていたのですが、結局、やらず仕舞いでした。それが残念でならなくて。

野田 「毒爪」はM-1の決勝でやるには、弱いわけではないんですけど、インパクトがないんですよね。1本目に「つり革」を見せてれば、2本目「毒爪」はありだったかもしれません。

村上 でも「フレンチ」があったので、「毒爪」よりは「フレンチ」かなと。

たった4分で1000万もらえて、保証されるわけですから…

――一度、その芸人のネタに身も心も許すと、もうどんなネタを見てもおもしろくなっちゃうものなんですね。くだらないという意味では、2本目の「つり革」も最高にくだらなくて。審査員のサンドウィッチマンの富澤たけしさんが「転がってて優勝できるんだから、すごいですよね」と発言されていましたが、まさにその言葉がすべてでした。

村上 でも、あれ、ただ寝転がって動いているだけじゃなくて、その動きもよく見ると一つひとつ違うんですよ。

野田 4分間の1秒1秒、すべての動きを確認して、かぶらないようにしてます。たった4分で1000万もらえて、その後の芸人人生も、ある意味、保証されるわけですから。そら、それくらいやるでしょう。

村上 電車の動きとかも想像しながら見たら、もっとおもしろい。ブリッジしてるところなんて、電車の揺れ関係ないじゃん、って。

野田 自分の体、コントロールできてるじゃん、っていう。

村上 けっこう、いろんなものが隠れてるんです。

「人死んでるじゃん」炎上するだろうなというところは変えました

――野田さん、すごく動きやすそうな靴を履いていましたよね。

野田 「つり革」用に、スニーカーの中でいちばん革靴っぽいのを買ったんです。硬い靴であのネタをやると、足音がすごいんですよ。

――「つり革」は準決勝のときとは表現を少し変えているんですよね。電車が止まってから「めちゃくちゃ人死んでるじゃん」というくだりを「倒れてるじゃん」と言い換えたり、竹やりに刺さって終わるところも、電車のドアに挟まって終わるオチに変えていました。

野田 テレビでやったら炎上するだろうなというところは変えました。

村上 大人なので(笑)。

――ただ、終盤、笑いが最高潮に達する、おしっこのシャワーが自分の顔にかかってしまう場面は変えた方がいいかなと思いつつ、押し通したと。

野田 代案の方も、すごいウケるんですよ。伏線をきちんと回収したりもしていて。でも、伏線回収なんて、しゃらくせえな、と。あのネタは、あそこがいちばんバカっぽいわけで。それを封印するくらいなら、あのネタをやらない方がいい。

村上 あのシーンをやりたくて、あのネタをやってるんで。

――あそこでMCの今田耕司さんは、泣きながら笑っていました。

村上 僕の後ろから今田さんの笑い声がずっと聞こえてきていて。すごく気持ちよかったですね。

野田 僕の方は松本さんの笑い声が聞こえてきていて。ションベンシャワーではなく、シャンパンシャワーを浴びているような気分でした。

野田「見取り図5票、マヂラブ1票のイメージだった」

――ファイナルジャッジのときは?

村上 ウケたけど、あのネタで票を入れてくれる人がいるのかなとは、正直、思っていました。審査員の方は、少なからず「M-1にふさわしいチャンピオンを」という意識があると思ったので。「漫才としてどうなの?」と。

野田 おれは見取り図5票、おいでやすこがとおれらは1票みたいなイメージが強かったかな。M−1決勝の1票って、重過ぎるじゃないですか。おいでやすこがも、結成1年のユニットに入れていいの、って考えちゃうと思うんです。でも、まずは富澤さんがおれらに入れてくれて、次に志らくさんも入れてくれたのを見て「あ、許されてる」と思ったんです。「おれらにも票が入るんだ」って。そのときに優勝がよぎりました。志らく師匠の1票は、今でも「なんで入れてくれたんだろう」と思っていますね。

――結果は、マヂカルラブリー3票、見取り図とおいでやすこががそれぞれ2票ずつで、マヂカルラブリーの優勝が決まりました。

野田 審査員の方が上手だったのかも。おれらに票入れない方が得体が知れる。票を入れてきて、むしろ、この審査員たちは得体が知れないなと思いました。

村上 なめていたわけではないですけど、さすがレジェンドだと思いましたね。本当に。

――優勝が決まった瞬間は、真っ先に、何を思いましたか。

野田 もうM-1に出なくていいんだ、って。

村上 解放感、ですね。

――漫才師にとって、M-1は「出たいもの」であると同時に、あるいは、それ以上に「出ざるを得ないもの」なんでしょうね。

野田 1年に1回、命を削らないといけないので。

(【初回を読む】「おいでやすこがを見て、マズいな」 つり革か、フレンチか…迷うマヂカルラブリーを救った“2分40秒間のCM” へ)

(写真=山元茂樹/文藝春秋)

文=中村計

photograph by Shigeki Yamamoto