全豪オープン男子シングルス決勝でノバク・ジョコビッチに敗れたダニル・メドベージェフが発したのは、あきらめにも近い言葉だった。

「彼の出来は確かに良かった。僕は間違いなくもっとうまくできたはずだ。でも、もっとうまくできたとしても、スコアが変わるわけじゃない。だから……、今日はこのスコアになった。僕は敗者に、彼は勝者になった」

 直近の対戦、昨年のATPファイナルズのラウンドロビン(1次リーグ)ではメドベージェフが6-3、6-3で勝ち、勢いに乗って大会を制している。対戦成績も決勝前の時点でメドベージェフの3勝4敗と拮抗し、2019年以降に限れば3勝2敗と勝ち越している。四大大会初タイトルの期待を胸に、2連覇中の王者に挑んだが、1セットも取れずに敗れた。ジョコビッチには四大大会では19年の全豪に続いて2連敗となった。

「彼と対戦した過去の試合を考えれば、もっといいプレーができたと思う。でも同時に、それらの試合では彼の調子が良くなかったのではないかという疑問もわいてくる」

 ジョコビッチの強さ、特に四大大会での尋常でない強さに、メドベージェフは困惑している様子だった。

メドベージェフも悪くない試合だったはずが

 開幕時点で世界ランキング7位のアンドレイ・ルブレフに快勝した準々決勝、同5位のステファノス・チチパスを圧倒した準決勝と同等とまでは言わないが、メドベージェフは決して悪くない試合をしていた。それでも、ジョコビッチは容易にゲームを与えてくれなかった。盤石のプレーは、例えば第3セット第7ゲームに凝縮されている。2セットを続けて落としたメドベージェフが最後の抵抗を試みた場面だ。

 ゲームはジョコビッチの意表を突くサーブ&ボレーから始まった。メドベージェフもバックハンドのウィナーとフォアの逆クロスで応酬、30オールになった。ここでメドベージェフは渾身の力を込め、立て続けに2本、フォアの逆クロスを放つ。ところがジョコビッチは正確なフットワークで対応、逆にベースラインぎりぎりにバックハンドをねじ込んだ。

 メドベージェフはたまらずフォアをミスヒット。これでゲームポイントを握ったジョコビッチが、23本のロングラリーを制してサービスゲームをキープ、5-2として優勝に王手をかけた。

GS優勝18回、フェデラーとナダルの背中が見えた

 マッチポイントでは軽業師のようにハイボレーを決めた。9度目の全豪優勝を決めたジョコビッチは、どうだ、というようにコートに大の字になった。18回目のグランドスラム制覇。優勝20回でトップに並ぶロジャー・フェデラーとラファエル・ナダルの背中がいよいよ近づいた。

 この試合を迎えるまで、メドベージェフは20連勝中だった。しかもトップ10プレーヤーに12連勝中と、上位に無類の強さを誇っていた。次代のナンバーワン候補の一番手に押す声もある。25歳のメドベージェフがBIG3の一角に勝てば、世代交代の到来がいよいよ現実味を帯びる。だが、ジョコビッチがそれを許さなかった。

「グランドスラムこそ自分のベストを尽くしたい」

 世代間の対決を制した33歳は、こう語る。

「年をとったとか疲れたとか、そんな感じはしない。でも、生物学的にも現実にも10年前とは違うと分かっている。賢くスケジュールを組み、適切にピーキングを行なう必要がある。だから、グランドスラムこそ自分のベストを尽くしたい大会なんだ」

 このまま行けば、3月8日にランキング1位在位が311週となり、在位310週のフェデラーを抜いて単独1位となる。このことも今大会のジョコビッチに更なるモチベーションを与えていたはずだ。3回戦で腹斜筋を断裂、「グランドスラムでなければ棄権を考えた」ほどの負傷だった。この試合と次の試合は苦しんだが、準決勝以降はまったく影響を感じさせなかった。

 決勝進出を決めた時点で、テレビのインタビューに答えたジョコビッチは、あとに続く世代の選手たちについてこう話したという。

「まだBIG3に取って代わったわけではないし、彼らにはまだやるべきことがたくさんある」

 若手の成長は感じるが、その挑戦を退けることが特別なモチベーションになっているわけではないという。

「若い選手、年長の選手、どの選手もリスペクトしている」

 まさしく優等生のコメントだが、ジョコビッチがそれに続けた言葉に本音が見えた。

「ロジャーやラファ、僕が健在なのは理由があってのこと」

「気鋭の選手たちにはテニスの質の高さがある。あと少しで、大きなタイトルをコンスタントに獲得できるようになるだろう。でも、ロジャーやラファ、そして僕が健在なのは理由があってのこと。彼らに手渡したくないし、彼らがグランドスラムを獲得することを許したくない。そこは非常にクリアだ。そのメッセージを伝えるにしても、伝えないにしても、僕たちは間違いなくその空気(バイブ)を発している。僕はそこにこだわりたいんだ」

 メドベージェフも、あるいはこのバイブに気圧されたのだろうか。

 メドベージェフやチチパス、ドミニク・ティームといった「次世代」の前に立ちはだかる壁――ありふれた言葉だが、今のジョコビッチのポジションとその強さをあらわすのに、これ以上、適切な表現はない。

文=秋山英宏

photograph by Hiromasa Mano