まさにバブルがはじけた瞬間を、我々は目の当たりにしたのである。

 中国サッカー・スーパーリーグの2020シーズン王者、江蘇足球(江蘇蘇寧から改名)が先月、活動を停止すると発表した。

活動停止となった江蘇足球の広大な練習場©Getty Images

 オーナーの蘇寧グループがメイン事業以外の閉鎖に前向きになったことで、サッカークラブ事業もそのあおりを受けたようだ。かねてから給与未払いの可能性などが報じられてきた蘇寧グループはクラブの売却先を探しているとされており、ことの次第では王者抜きで2021シーズンを始めることになるかもしれない。

 所属している元イタリア代表FWエデルが『東方体育日報』のインタビューで「奴らは皆、嘘つきだ」と不満をぶちまけるなど、主力の大量放出は免れない。既にこの発表に先立ち、クラブを優勝に導いたコスミン・オラロイ監督は、1シーズン分の給与未払いのまま契約解除に至っている。

 ちなみにこの蘇寧グループはセリエAインテルのオーナーでもあるのだが、クラブはこの先どうなるのか、売却先の候補、給与の未払いなど、好調なチームを純粋に応援したいファンにとっては目障り耳障りなニュースが連日飛び交っている。

2012年アネルカ、ドログバ、ケイタの爆買いを皮切りに

 数年前の中国は間違いなく世界のフットボール界の中心だった。

 2012年、ニコラ・アネルカ(1月加入)とディディエ・ドログバ(7月加入)が上海申花に、元バルセロナのセイドゥ・ケイタが大連阿爾濱(現大連人職業)に加入したのを皮切りに、世界中のビッグネーム達が中国に集まった。

中国に行ったドログバだったが……©Getty Images

 なぜ中国に向かうのか? もちろんお金だ。

 まるでお金がすべてのようになってしまった昨今のフットボール界。中国のクラブは欧州のビッグクラブに対して果敢にマネーゲームを仕掛け、他のクラブに払えないような移籍金、年俸で名だたるビッグネームを釣りあげてきた。

 移籍専門サイト『Transfermarkt』のデータを元に、中国のクラブに加入した選手達を移籍金順にTOP10ランキングにしてみる。(クラブ名は当時)

1位オスカル、2位フッキ……では3位以降は誰?

1位:オスカル (チェルシー → 上海上港)
2017年 移籍金:6000万ユーロ
2位:フッキ (ゼニト → 上海上港)
2016年 移籍金:5580万ユーロ
3位:アレックス・テイシェイラ (シャフタール → 江蘇蘇寧)
2016年 移籍金:5000万ユーロ
4位:パウリーニョ (バルセロナ → 広州恒大)
2019年 移籍金:4200万ユーロ
4位:ジャクソン・マルティネス (アトレティコ → 広州恒大)
2016年 移籍金:4200万ユーロ
6位:セドリック・バカンブ (ビジャレアル → 北京国安)
2018年 移籍金:4000万ユーロ
7位:ヤニック・カラスコ (アトレティコ → 大連一方)
2018年 移籍金:3000万ユーロ
8位:アントニー・モデスト (ケルン → 天津天海)
2017年 移籍金:2900万ユーロ
9位:ラミレス (チェルシー → 江蘇蘇寧)
2016年 移籍金:2800万ユーロ
10位:マルコ・アルナウトビッチ (ウェストハム → 上海上港)
2019年 移籍金:2500万ユーロ

 2017年1月、チャイナマネーは欧州列強を震撼させた。アントニオ・コンテの下で出場機会が減っていたとはいえ、チェルシーとブラジル代表で実績十分のオスカルを引き抜いてみせたのだ。

ブラジルW杯のセレソンにも名を連ねていた©Takuya Sugiyama/JMPA

 移籍金6000万ユーロは当時のレートで約74億円。当時25歳でこれからキャリアのピークを迎える選手だったとはいえ、この金額を用意できるクラブはそうそういない。

 当然、中国でオスカルは一頭地を抜いた。上海上港でここまで145試合に出場し45ゴール77アシスト。2018年にはクラブ初のリーグ優勝に貢献している。

オスカル「まだチェルシーには僕の居場所がある」

出番を減らしていたとはいえ、ワールドクラスのオスカルの中国行きは当時、衝撃的なニュースだった©Getty Images

 2021年1月、英『The Guardian』のインタビューに「今は中国を離れるつもりはない」としつつも「とてもいいプレーをしているし数字もいい。まだチェルシーには僕の居場所があると思っている」とチェルシー復帰に自信を見せた。

 もちろんリーグレベルには格段の差がある。それでも「あり得ない」と鼻で笑うことができないのは前例があるからだ。

カラスコ、ビツェルはヨーロッパ復帰を経験

 24歳で中国に行く選択をしたカラスコは2020年1月に古巣アトレティコにローンで復帰すると、シーズン終了後に完全移籍を果たした。度々「欧州に戻りたい」と後悔の念を滲ませていた一方で、大連一方の2年目に25試合17ゴールと格の違いを見せつけた。

ロシアW杯代表だったカラスコ(左)とビツェル(中国時代は写真をクリックしていくと見られます)©Getty Images

 同じベルギー代表のアクセル・ビツェルも2018W杯ロシア大会終了後、天津権健(天津天海)からドルトムントに移籍。『Goal.com』のインタビューで彼が語るには、娘の病気の際に必要な治療を受けられるまで時間がかかったことが欧州に戻る決め手となったようだ。

 ビツェルは加入後すぐにレギュラーに定着し、カラスコは今季3バックと4バックシステムを併用するチームにとって欠かせない存在になっている。

バルサでいい仕事ぶりだったパウリーニョはまた中国に

 最初の欧州4大リーグ挑戦(トッテナム)が失敗に終わったパウリーニョも、バルセロナで重要な役割を担った。まだ稼ぎ足りなかったのか、なぜかその後中国に戻ったが。

 中国を経て欧州のトップクラブに移籍あるいは復帰し活躍する前例があるからこそ、オスカルが描く未来もまた可能性がゼロだとは言い切れないのだ。

ラミレス、フッキ、マスチェラーノは母国復帰組

 中国でプレーするトッププレイヤーには、母国復帰という選択肢もあり得る。

 2019年にパルメイラスに移籍したラミレス(現在は無所属)や、今年の冬にアトレチコ・ミネイロに加入し、15年半ぶりに母国ブラジルに戻ったフッキなど生まれ育った地でもう一度プレーする選手は多くいる。

ヨーロッパだけでなくセレソン、Jリーグでも輝いたフッキ(中国時代は写真をクリックしていくと見られます)©Takuya Sugiyama/JMPA

 リバプールやバルセロナなどで活躍したハビエル・マスチェラーノは35歳を迎えた2020年1月、所属する河北華夏から母国アルゼンチンのエストゥディアンテスに移籍した。彼を北京で口説き落としたのはクラブの会長、フアン・セバスティアン・ベロンだ。盟友の尽力もあって母国復帰を叶えたマスチェラーノは、その年の暮れに現役を引退している。

バルサ時代のマスチェラーノ©Asami Enomoto

懐かしの「グアリン砲」もいろいろあった

 それまで縁もゆかりもなかった中国の地でキャリアの最後を迎えるより、ひと稼ぎ終えた後は慣れ親しんだ母国のピッチでスパイクを脱ぎたいと思うのは当然のことだろう。

 かつてインテルでプレーしたフレディ・グアリンもその1人だ。

インテル時代のグアリン(コロンビア代表&中国時代は写真をクリックしていくと見られます)©Takuya Sugiyama

 ミラノでは青と黒のストライプを身にまとい、長友佑都とともにプレーした元コロンビア代表のMF。日本では「グアリン砲」とも名づけられた強力なミドルシュートを武器に、ヨーロッパの第一線で活躍してきた。

 そんな彼がインテルで4年を過ごした後に求めた新天地が上海申花だ。デンバ・バやカルロス・テベスとも共闘した中国では約3年間で100試合に出場し、2017年の国内カップ戦制覇に貢献した。翌年に出場したACLでは鹿島と対戦している。

 2019年のシーズン途中にブラジル1部のバスコ・ダ・ガマに移籍。仲の良かった長友に「一緒にプレーしよう」とSNSで呼びかけたり、左ひじにクラブのアイコンのタトゥーを入れるほどの気合いの入れぶりだったが、そのシーズン終了後に降格してしまった。

 自身も12試合に出場したがチームを救うことはできなかったグアリンは、翌年9月に健康上の問題を理由にバスコとの契約を解除した。

 半年の無所属期間を経て昨年12月、コロンビア1部のミジョナリオスに加入。母国コロンビアでプレーするのはエンビガドでプレーしていた2004年以来17年ぶりのことだ。

 今季はここまで6試合に出場しており、インテルやコロンビア代表で培った経験を母国でも活かしている。2月のジュニオール戦での筋肉系の負傷で現在は戦線を離脱しているが、3月9日には自身のInstagramでトレーニング中の筋肉をアピールするなど、34歳となっても筋骨隆々とした肉体と持ち前の明るさは衰え知らずだ。

 左ひじに古巣のタトゥーが入ったままだが、その輝かしいキャリアを母国で締めくくろうとしている。

ユートピアが崩壊しつつある中国サッカー

 中国のフットボール情勢は2021年を機に大きく変わる。クラブ名やエンブレムから企業スポンサーの要素を排除することが義務付けられた。中国の企業がサッカークラブ事業に大金をつぎ込む流れに規制をかけつつある。

 そして王者の解体。見せかけのユートピアは崩壊し、給与未払いお構いなしでスターをかき集めるハリボテのようなクラブは一掃される時代だ。

 かつて上海申花と喧嘩別れする形で母国アルゼンチンに帰ったテベスは中国時代を「7カ月間のバカンスだった」と振り返った。こう言われては身も蓋もないが、次第に中国は”稼げる場所”ではなくなってきている。

 いつかチェルシーに帰りたいと願うオスカルは、オーナー企業の事情に振り回されるエデルやテイシェイラは、現在中国でプレーするかつてのビッグネームたちは何を思うだろうか。

文=三重野翔大

photograph by Getty Images