2年ぶりの“甲子園”だ。2021年、コロナ禍の選抜高等学校野球大会。観客数は制限されているし事前に指定席を購入しなければ入れず、高校野球につきもののブラスバンドの応援もナシ、とあれこれ制約はあるものの、とりあえずは2年ぶりの甲子園である。久々に、甲子園球場を訪れるという人もいることだろう。

 ここでやっかいな問題がある。どうやって甲子園球場を目指すのか、だ。

 いやいや、甲子園球場は阪神電車の甲子園駅の目の前にあるでしょうよ……とお思いの皆さま、そのとおりである。ほとんどの人が阪神電車に乗って甲子園駅で降り、目の前の高速道路を潜って甲子園球場に行く。それはもう当たり前のことだ。

徒歩30分なのに「なぜ甲子園口駅という名前なのか」

 だが、中には過ちを犯してしまう人もいるようだ。甲子園駅とまるでそっくりな名前の駅があって、そちらに降り立ってしまうのだ。その駅とは、JR神戸線(東海道本線)の甲子園口駅。甲子園駅と同じく球場の名前を駅名につけ、「甲子園球場はこちらですよ」と惑わす雰囲気がある。

 だが、じつは甲子園口駅と甲子園球場は遠い。甲子園口駅で電車を降りてスマホの地図アプリでも開いてみれば、きっと絶望がやってくる。甲子園口駅から甲子園球場までは、なんと歩いて軽く30分はかかるのだ。なぜ“甲子園口”という駅名なのか……そう思ってもあとの祭り。とぼとぼ歩くかそれとも不慣れなバスに乗るか、諦めてタクシーに乗るか……。楽しみにやってきた甲子園球場への道程がこんなことになろうとは、まさに絶望の甲子園口駅なのである。

 普通に考えればこんなミスをすることはなさそうだ。が、人は過ちを犯す生き物。毎年ぽつぽつと間違えてしまう人が甲子園口駅で途方に暮れているようで、その証拠にJR大阪駅に「甲子園球場へは阪神電車をご利用ください」という内容の張り紙もあったりするくらいなのだ。ならば、そんな迷い子にならぬためにも甲子園口から甲子園球場への道のりがどれほどのものか、実際に歩いて見ようではないか。

では、間違いやすい駅「JR甲子園口」には何がある?

 そんなわけで、大阪駅からJR神戸線に乗って甲子園口駅にやってきた。阪神間のJR神戸線にはご存知新快速が駆け抜けているのだが、甲子園口駅に停まる列車は各駅停車だけだ。なのでちょっと時間はかかるが、それでも大阪駅から15分弱とあっという間。阪神電車で大阪梅田から甲子園駅までも12分くらいだから、似たようなものである。

 新快速が通過する甲子園口駅は島式ホーム2面4線。実際に使われているのは3線だけで、盛土の上のホームから改札口までは階段を降りて通路を通ることになる。通路までの階段を降りると、「甲子園球場へは南口へ」と書かれた案内板がご丁寧に掲げられていた。誤って甲子園口駅にやってきた人たちは、きっとこのあたりまではまだ自らの間違いに気が付かない。

 ところが、案内板に従って南口に出たところであっけにとられることになる。甲子園口駅前の風景は、甲子園球場、つまり阪神タイガースの本拠地の周りとは明らかに違う雰囲気なのだ。

 阪神タイガースの本拠地といったら、「勝っても負けても虎命」と書かれたハッピを着込んで歩く人たちで溢れているはずだ。もちろん高校野球のシーズンにはそうした人はいなくても、その町の雰囲気は「勝っても負けても虎命」。しかし、甲子園口駅は駅舎も駅の周りも瀟洒で物静かなようだ。いかにもな高級住宅地の中を少し歩けば武庫川の河川敷があって、野球のスタジアムとはどうも違う空気感が漂っている。野球の聖地を感じさせるものは、駅前のバットとボールのオブジェくらいなのだ。

駅前をふらりと歩くとのどかな雰囲気が

甲子園球場までの道のり(約30分)には何がある?

 そんな甲子園口駅から甲子園球場までは、駅前の商店街の中を歩いていくことになる。

 駅前広場の一角から南に向かって伸びてゆく「ほんわか商店街」の中を進んでいけばいいのだ。歩道部分には屋根があって、人通りは多いと言うほどではないけれど途切れるほどでもないほどよいあんばい。シャッターが降りている店が多いような気がするのは、平日の昼間だからなのかそれともコロナのせいなのか。甲子園球場がある駅っぽくはないなあと思いながら、とにかく歩いていく。

 すると、しばらく歩いたところでアーケードの小さな商店街が現れる。それがどことなく庶民的で阪神タイガースらしくなってきたと感じて嬉しくなってくる。となれば、甲子園球場(と阪神の甲子園駅)が近いのではないか。そう思ってまだまだ歩く。

 このあたりで白状しておくと、20年以上前に甲子園口駅から甲子園球場まで歩いたことがある。間違えて甲子園口駅に降りたのか、それともあえて甲子園口駅に降りたのかは覚えていないが、真夏の暑い日に延々と歩いた。そして阪神タイガースと中日ドラゴンズの試合を見て、暗黒真っ只中のタイガースがボロ負けをしてとぼとぼと帰ったことをよく覚えている。帰り道はきっと阪神電車に乗ったのだろうが、ボロ負けだったから記憶がない。

 そのときも、商店街の中を歩いたことをなんとなく覚えている。だから商店街を抜けたら甲子園球場かと思って今回も歩いた。が、商店街の先にあったのは球場でも阪神電車でもなくて、国道2号、とっても立派な大通りであった。商店街と国道2号の交差点は上甲子園交番前という。このあたり一帯も、“甲子園”と名乗る街なのだ。

甲子園は「高級住宅街」である

 立ち止まっていてもしかたがないので、先に進む。国道2号から先は、甲子園筋と呼ばれる立派な通りを歩くのが一番早い。この甲子園筋、まったく直線で車道は2車線、歩道も広々としたまるで北海道の通りのような美しさの並木道だ。そしてその両脇は文字通りの高級住宅地。巨大な邸宅がいくつも建ち並び、合間合間には上品で洒落た店がある。

 実は、甲子園という町の本質はこういった高級住宅地である。

 甲子園の地名の由来はもちろん甲子園球場だ。阪神甲子園球場が完成した1924年が甲子の年だったことから名付けられたものだ。そしてこの甲子園球場建設に先立って、阪神電鉄は武庫川支流の枝川をまるっと埋め立てた。次いで一帯に住宅地や行楽地を建設、そのひとつが阪神甲子園球場だったというわけだ。こうした経緯から、そのまま阪神電鉄による新興住宅地は“甲子園”と呼ばれるようになって、地名として定着した。大正から昭和初期にかけて、相次いで阪神間に誕生した高級住宅地・西宮七園のひとつで、いわば阪神間モダニズムの代表格といえる町並みだ。阪神電車といえば庶民派のイメージも強いが、こうして高級住宅地も築き上げてきたのである。

 で、この高級住宅地としての甲子園の中心を通っている目抜き通りが甲子園筋だ。もとは埋め立てた枝川が流れていた場所にあたる。まるで北海道のようにまっすぐできれいな道なのは、このように“人為的”に作られた町の背骨だから。そして、町と球場の整備が終わった1926〜1928年にかけては阪神電鉄の路面電車「甲子園線」がこの道の上に開業した。いわば甲子園という町の地域輸送の担い手である。甲子園線は1975年に廃止されたが、その名残で今でも甲子園筋を“電車道”と呼ぶ人もいるという。

ローソンがタイガースデザインに

 甲子園口駅から甲子園球場までは、この高級住宅地のど真ん中を貫く“電車道”を延々と歩かねばならない。そんな道を20分ばかり歩くと、先に高架の線路が見えてくる。これがお待ちかねの阪神電車。ちょうど甲子園筋と交わるところに甲子園駅がある。

 その少し手前からはようやくタイガースらしさも顔を出し、たとえばコンビニのローソンがタイガース仕様のデザインになっていたりして、場違い感に苛まれている旅人を安堵させる。そうして阪神電車の高架をくぐれば……いよいよ阪神甲子園球場である。

大阪駅から1時間弱かかってしまった

 甲子園駅の駅前は、甲子園球場を訪れたことのある人なら見たことのあるそれだ。広々とした広場の前にタイガースのグッズショップがあって、阪神高速をくぐったその先に阪神甲子園球場。もう駅前の雰囲気からしてザ・甲子園。ここまでくれば、「勝っても負けても虎命」のハッピを着ても誰も文句は言うまい(いや、高校野球シーズンはやめたほうが賢明かもしれないが……)。

 こうして甲子園口駅から甲子園球場までは30分と少し。商店街を抜けて国道2号を渡り、高級住宅地の背骨をまっすぐに歩いてたどり着く。大阪駅を起点に考えると、1時間弱もかかってしまった。やはり、ハナから間違えずに阪神電車の甲子園駅を目指すほうが吉。それならば大阪梅田から12分で到着するのだからとうぜんだ。

 阪神電車甲子園駅は甲子園球場と同じ年、1924年の開業。一方、JR甲子園口駅は10年遅れること1934年に開業した。同時期に吹田〜大阪〜須磨間で電車運転を開始しており、その際に設けられた複数の駅と同時の開業だ。すでに高校野球の舞台として甲子園球場はたくさんの人を集めており、野球ファンの輸送を狙っての開業だったのだろうか。“○○口”のような駅名は実は全国各地に散らばっているが、“口”は「入り口」のような意味合いで使われることがほとんど。つまり多少離れている可能性もある駅名ということだ。甲子園口駅に限らず、“〇〇口”という名の駅を見つけたら、注意したほうがいいかもしれない。

 そんなわけで甲子園口駅から甲子園球場までの短くも長い旅を終わりにする。最初から間違えずに阪神電車に乗れば、こんな旅をする必要はない。けれど、甲子園という町の本質と歴史にも触れることができる旅は、意外と悪くない。

(写真=鼠入昌史)

もう一度今回の路線図のおさらい

文=鼠入昌史

photograph by Masashi Soiri