「すっごい活気があるよ。街も大きいし、人もいっぱいいる。バイクはちょっと邪魔だけどね。人によっては『終戦後の日本みたいだ』という人もいる。もちろん僕はその時代は知らないけれど、成長を続けている今のベトナムには、これからもっと成長を遂げていくんだという雰囲気を感じるよ。みんなが本当に頑張っているなって見えるんだよね」

 昨年12月急遽、ベトナム1部リーグサイゴンFCへ移籍した松井大輔。あれから3カ月――。ベトナムでどんな日々を過ごしているのだろうか? 本人に話を聞いた(全2回の1回目/#2へ続く)。

オンラインで取材に答えた松井大輔さん

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「なぜ僕だったかは、知らないんです(笑)」

 テト(ベトナムの旧正月。2月12日)による休暇も返上し、松井を中心に高崎寛之、ウ・サンホらで自主トレを行った。高崎は浦和レッズ、鹿島アントラーズなどを経て、FC岐阜より加入したFW。ウ・サンホは韓国籍だが、Jリーグ下部組織出身。大学卒業後にはKリーグでプレーし、この度、栃木SCより加入したMFだ。

 テト後には、新型コロナウイルス感染対策のためにリーグが一時中断期間に入ったが、2月25日には霜田正浩の監督就任が発表され、3月19日ホーチミン・シティとのダービー戦で再スタートを切った。

「サイゴンFCはまだクラブとしては始まったばかりで、練習施設も数十億を投じて作ろうとしている段階。環境という意味でもこれからだけど、そもそも日本みたいに環境が整っている国の方が、世界中でも珍しいと思うよ。いくつかの資金がある大きなクラブは整っているけれど、そういうわけじゃないクラブは多いから。海外に行けば、日本の当たり前を当たり前じゃないというところから考えなくちゃいけないんだよね」

提供:サイゴンFC

 鹿児島実業高校を卒業後、京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.)でプロになった松井は、その後、フランス、ロシア、ブルガリア、ポーランドなど欧州各地でプレーしてきた。今回の移籍は、W杯出場など日本代表で活躍した経験が買われて成立したようだ。

「松井の“ま”は、真面目の“ま”だから! ……というわけじゃないけれど(笑)。日本人選手を獲得しようとしたときに、海外に対応できる経験が豊富で、かつ現役でプレーしている選手ということでリストアップしたと聞きました。そのなかでなぜ僕だったかは、知らないんです(笑)」

プロ選手だけど「“プロ”というものを知らない人が多い」

 2020年サイゴンFCの共同オーナーとなり、現在CEOのチャン・ホア・ビンは、日本の大学を卒業後、ユニ・チャームを経て、花王のマーケティング本部長などを務めたキャリアを持つ。20年余り日本との関わりがある人物で、昨年のFC東京との業務提携に続き、今年になってFC琉球とアジアストラテジックパートナーシップ契約も締結した。さらに、ベトナム人選手をJ2の琉球へ送り出す計画もあるという。クラブスポンサーには、日本航空やJTBをはじめ日系企業も名を連ねる。

 ビンはサイゴンFCの日本化を目指して、Jリーグのようなクラブ経営、選手育成、地域貢献などを実践したいと公言している。そうすることでベトナム代表を強化し、ベトナムのサッカーを発展させたいという。

「ビンさんは、サイゴンFCをアジアのなかで活躍できる大きなクラブにして、そこからベトナム代表を輩出し、さらにJリーグへ選手を送りたいと考えている。Jリーグで活躍するベトナム人選手がいることで、ベトナムのサッカーやクラブの価値を上げたいと」

 タイ同様に欧州サッカーの熱心なファンも多いベトナム。2019年に初めて予選を突破してアジアカップ出場を果たしたベトナム代表の人気は急上昇している。2000年にプロ化されVリーグも誕生したが、「人気はまだまだこれから」と松井はいう。

「プロの選手はいるけれど、いわゆる『プロ』としての振る舞い、行動はどういうものなのかを知らない人は多いと思う。何時に寝るとか、食事の時間や野菜を食べなくちゃいけないという単純なことをわかっていない。僕らにとって当たり前だと思うことが当たり前じゃないから。練習前に30分エクササイズすることや練習後のアイシングも知らない。そういう場所で、僕の行動はみんなに見られていると感じるよ。ピッチ内もピッチ外もね」

公式Instagramより

 サッカー選手としてはもちろんだが、それ以前の人間・松井大輔に寄せられた期待は大きい。

「チームにいる僕ら日本人選手からサッカー選手としての考え方だけじゃなくて、日本の勤勉さやおもてなしの心、日本のよいところを学んでほしいと。だから僕にも『先生として、プロサッカー選手としての振る舞いや考え方、日本人の考え方などを伝えて、ベトナム人選手が人間力を上げるサポートをしてほしい』と言ってくれた」

教えることにハマって「僕も歳をとったなあ(笑)」

 そんななかで、以前なら若手に教えることにわずかな違和感があったが、最近は面白さを感じるようになったという。そして、若い選手も多いサイゴンFCでは、必然的にそういう場面が増えた。

「チームメイトが僕をどう思っているのかはわからない(笑)。僕は年齢に関係なくいつも通りフレンドリーに接しています。これから僕が少しアドバイスしたあとに、その選手がボールを扱えたり、周りを見れるようになったり……真剣に話を聞いてくれたチームメイトが、変化していく姿を見るのはうれしい。これが教えることにはまっていくということなんだなって。僕も歳をとったなあ(笑)。

 でも、将来指導者になったときに、ベトナムでの経験が生きると思っている。ずっと日本に居たら、知ることも見ることもできなかったベトナムの選手について学べるわけだから。やっぱり、現場に立ってみないとわからないことは多い。そんな経験すべてが僕の財産になると感じています。だからこそ、今、僕にできることは求められていることを一生懸命やって、評価を上げること。プラスアルファ、自分の価値を上げられたらなと」

「ベトナムへ来たことは、人生においてもプラスになる」

 自分の価値を上げること――。サイゴンFCのCEOビンは1975年生まれの45歳。祖国のために尽力したいと考える若き実業家との出会いは、松井の人生にも大きなチャンスになるだろう。

「ベトナムへ来たことは、人生においてもプラスになると思う。サイゴンFCでの日々もそうだし、ビンさんのマネージメント力だったり、サイゴンFCが大きくなる過程だったり、いろんなものを見られるから。ビンさんって、日本で学んで働き、ロシアでも仕事をしていた人だからか、感覚的な部分で桁違いだなと感じることもあって……目指しているものが大きいんだよね。『最後はサイゴンやベトナムへ恩返しをしたい。自分が学んだものを還元して、ベトナム人を変えたい』って言ってた。僕にも、引退したら『ここでなんでもやってください』と。

提供:サイゴンFC

 ル・マンにいたときも、選手が毎年、何億単位の移籍金をクラブに残していくところや、そのお金でクラブハウスができたり、スタジアムが作られたりするところを見てきたけれど、ヨーロッパとアジアではまた違うだろうから。ル・マン時代とは違う関わり方ができるかもしれないのも楽しみだね」

 欧州での経験は豊富な松井だが、東南アジアでの選手生活は初体験。それが彼の心を躍らせている。

「オファーをもらえるというのは、自分に役割を与えられて、求められているということ。そこに仕事があれば、仕事をしたくなるのは当然のこと。『もっともっと』と要求されたら、もっとやりたくなる。自分が求められて、お金をもらっているわけだからね。サイゴンFCでどういう存在になれるのかはわからないけれど、僕の役割ははっきりしている。自分のサッカーで魅せるだけだから。サッカーはこんなに楽しいものだよって」

提供:サイゴンFC

松井大輔のスタンスは今も変わらない

 2004年、ヨーロッパへの移籍を叶えたとき、「昔から、海外に住んでみたかったんだよ」と話していたことを思い出す。普通なら「チャンピオンズリーグに出場したい」とか、「ワールドカップに出たいから」といったサッカー選手としての野心を語るだろうというこちらの意図をかわすようにサラリと語った松井。人生を楽しもうとする彼のスタンスは今も変わらない。

 サッカー先進地域の欧州での松井の学びは、日本に還元するだけでなく、ベトナムや東南アジアなど、サッカー後進地域へも発信されていく。そして、「カズさんから学んだこともすべて伝えたい」と松井は語るのだった。

(【続きを読む】松井大輔39歳が語る“同世代の引退”と“年齢という敵”「カズさんがいなければ、とっくに引退している」へ) 

文=寺野典子

photograph by サイゴンFC