プロアスリートならば、どんな選手にも訪れるのが引退という現実だ。曽ヶ端準、中村憲剛、佐藤寿人、前田遼一……2020年シーズンをもって現役を引退する選手たちのニュースのなかで、佐藤や前田と同じ歳の松井大輔のベトナム・サイゴンFCへの移籍が報じられた。

 松井も5月になれば40歳になる。同世代の引退をどんなふうに受け止めているのか。ベトナムにいる彼に“引退”について話を聞いた(全2回の2回目/#1から続く)。

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松井が思う「引退を決断する瞬間」とは?

「『40歳で引退する』と決めた(中村)憲剛さんは、キレイな終わり方だなって思う。でも、僕はきっとそんなふうにキレイには終われないかな(笑)。憲剛さんの状況はわからないけれど、潔く自分で決めて辞められる人もいる。逆に納得できずに続けようともがく人がいても、それは人それぞれの価値観。長く続けることだけが素晴らしいとも言えない。ただ、求められないと続けられないのがこの仕事だからね」

 2020年シーズン、松井は3試合にしか出場していない。求められていることに応えられないという想いが引退につながったと前田遼一は語っていた。松井も、もしサイゴンFCからのオファーがなければ、引退を選択する可能性があったのだろうか。

「もちろん、プロとして求められていることに応えられていなければ、仕事はなくなるだろうけれど、それをどう受け止めるのかは、選手それぞれで違うと思う。去年は怪我も多く、かつコロナの影響で試合のスケジュールも変則的だったから、コンディション調整で苦労している選手は僕だけじゃなかったし。幸い、横浜FCとの契約は2021年もあったから、今年(2020年)は、出場できなくてもしっかり身体を作って、2021年シーズンを見せられたらいいなと思っていた」

 それでも迷いがあった。

2020年のリーグ戦出場は3試合にとどまった ©Getty Images

ベトナム行きを決めたのは「チャンスを掴みたい」

「一度、下平(隆宏)監督の横でコーチをやってみないかという話もいただいた。そういう評価をもらえたことはうれしかったし、監督のサッカーも面白いと感じていたから、若手を教えるのも悪くないなという気持ちもあって、すごく迷った。でも『やれるならやったほうがいい』とカズさんがいってくれて、その後ベトナムからのオファーが届いた。日本以外の場所を見られるという魅力は誰も経験したことがないものだし、ヨーロッパ以外の場所でサッカーを教えたりもできる。これは選ばれた人にしかできないことだから、そのチャンスを掴みたいと思った」

 日本から始まり、欧州でも数カ国でプレーした経験もある。国々を回る松井にとって、サッカーは自己表現であり、コミュニケーションのツールであり、そして彼自身の武器だ。プロサッカー選手だからできることがあり、そこに居場所があるのかもしれない。

「2017年ポーランドへ行ったあともスウェーデンなどにも行ってみたいと思っていたし、もっといろんな国をまわってプレーしたいという気持ちも実はあったから。アジアもその1つ。日本もアジアだけど、タイや中国、韓国と国が変われば文化も違うし、人も変わるし、サッカーも変わる。そういうものをまだまだ体験したいなと」

三浦知良と中村俊輔「54歳だとか42歳だとか思っていない」

 しかし、現役選手には年齢という壁が存在しているのも事実。有限なのだ。

「年齢のことを言われるのはしょうがない。それは戦っていかなくちゃいけない敵のひとつでもある。だけど、自分は年齢という数字に対して、少し麻痺している方じゃないかな」

 そういって、松井が名前を挙げたのは、横浜FCでチームメイトだった三浦知良と中村俊輔だった。

「僕を含めて3人は、年齢に関しての意識は低い。周りから見れば麻痺しているって思われるんじゃないかな(笑)。54歳だとか42歳だとか思っていないし、相手の選手が18歳だからどうだというふうには思わない。ひとりのサッカー選手として、どちらがうまいか。グランドに立てば、年齢は関係ないから。たまにふと『カズさんは50歳なのかぁ』と思い出すくらいで」

サイゴンFCへの移籍が決まり、セレモニーで中村俊輔(左)、三浦知良(右)と写真に納まる松井大輔 ©YOKOHAMA FC

「カズさんとの出会いがなければ、とっくに現役引退している」

 2000年、高卒ルーキーとして加入した京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.)でチームメイトになったのが三浦だった。当時の松井からもよく三浦の話を聞いた。しかし、翌年三浦は神戸へ移籍。それでも自主トレをともに行うなど交流は続き、再び2人がチームメイトになったのは2018年。松井は36歳、三浦は50歳だった。

「プロとしての最初のシーズンにカズさんから受けた影響はたくさんあったけど、自分が30代になって再会してからもまたイチから学ばせてもらいました。カズさんのなかでは、俺は18歳のままだから(笑)。永遠の18歳。僕はずっと1年目、一番下だったと思うよ。ほかの若手よりも若手みたいな扱いだから。本当の18歳がいるのに(笑)」

 とはいえ、三浦を見る松井の眼は、18歳のままではない。10代では見えなかったもの、30代だから吸収したい部分があった。

「サッカー選手には対戦相手やライバルとなるチームメイトだけじゃなくて、たくさんの敵がいる。年齢を重ねることで、さらにその敵が増えていく。世間の眼もそうだし、なにより怪我との戦いも入ってくる。そういう敵とどうやって戦うのか。その術をカズさんから学んだ。足をはじめとした身体のケアから、食事や休息のとり方まで、何をしなくちゃいけないのか。カズさんはずっと探求し続けている。そんな姿を僕も見続けてきた。本当に勉強になったし、カズさんがいなかったら、僕は怪我をしてサッカーができなくなっていたと思うよ、本当に」

「カズさんとの出会いがなければ、とっくに現役引退している」とも話す松井だが、サッカーをやめようと思ったことがあるということだろうか?

W杯が終わった後は「『もういいかな』って」

「ワールドカップ(2010年南アフリカ大会)が終わった後は、『もうサッカーはいいな』って思ったかな。30くらいでやめるかなって思っていたし、もうやり切った感があった。駒野(友一)がPKを外すしね(笑)」

 ワールドカップで活躍し、強豪クラブへ移籍し、キャリアのステップアップを考えるのは松井だけではないだろう。20代後半、選手としての脂がのった時期ならなおさらだ。ポルトガルの強豪スポルティング・リスボンへの移籍は、可能性があったものの実現には至らず、ロシア・トムトムスクへレンタル移籍した松井が抱えた傷心は、簡単に想像がつく。

PK戦で惜しくも敗れた2010年のW杯南アフリカ大会・パラグアイ戦 ©Getty Images

「そのあとは、サッカーというよりかは、人生を楽しんでいた感じがする。ヨーロッパにいて、ヨーロッパのサッカーを体験して、いろんな地域を回って」

 こうして海外のクラブを渡り歩き続けて10年。2014年にジュビロ磐田に加入し、日本に戻った。

年齢ではなく「挑戦したいことがあれば続けられる」

「自分が求められていることがうれしかった。日本へ帰ってきて、J2からJ1へ上げるという目標も生まれました。人間は目標があれば、それに向かって走ることができる。挑戦したいことがあれば続けられる。そんなふうにやっていくうちに年齢が上がり、だんだん年齢不詳になって、自分の年齢がわからなくなった(笑)。そのうえカズさんもいて、俊さんもいるから。なんか、自分がどこにいるのかもわからなくなってきたなあ(笑)」

 若いころのように遠い未来の目標は立て、逆算するような生き方はできなくなる。数年後は引退しているのかもしれないのだから。もちろん、引退後の姿から逆算し、準備をすることもできるが、現役選手として、それを受け入れづらいという選手もいる。だから、今日という1日にフォーカスして力を尽くそうと考えるベテランは多い。

「1年1年というか1日1日。怪我とかいろんな敵がいるから、それを倒していく作業を毎日するしかなかったというのはあるかもしれない」と松井は振り返る。そして今。ベトナムという新しい環境で、新しい自分の可能性を感じている。

「ベトナムのサッカー選手の地位を上げていきたい」

 選手の身体能力を上げ、サッカーの技術や戦術を磨くことだけが、強化ではない。当然プロ化したからといって、それだけではベトナムサッカーの底上げにはつながらない。在籍する選手一人ひとりの意識改革があってこそ、現状が変わる。サイゴンFCのビンCEOが掲げる目標と松井が果たすべき役割を考えると、30年前の日本、Jリーグ黎明期を思い出す。

「欧州サッカーやJリーグ、ベトナム代表は人気だけど、国内リーグはそれほどでもないし、ベトナムのサッカー選手の地位はそんなに高くない。だけど、選手たちの意識を変えること、彼らがプロ選手としての振る舞いを知ることで、地位向上につながるだろうし、子どもたちの憧れの存在になれると思っている」

 その一助となりたいと松井は考えている。それが現在の彼のモチベーションであり、現役続行のエネルギーなのだ。

オンラインで取材に答える松井大輔さん

変わらぬ信念「人と同じ道は歩みたくない」

「風の時代が始まったのって、知っている? 僕は酉年だからさ。風に乗って、飛んでいる。最終地点がどこなのかはわからないよ。今からどうなるかなんてわからないでしょう。でも風だから、どこへも飛んでいける。風に身を任せるだけなんだよ(笑)」

 取材の終盤、突然そう切り出した。

 西洋占星術において、2020年12月に、約200年間続いてきた地の時代が終わり、風の時代が始まったと言われている。人々の価値観や時代の空気が変わるということだ。「西洋占星術と干支との関係はわからない」と言いながらも松井は風の時代を歓迎している。しかし、時代に関係なく、彼は風に身を任せて生きているように見える。

「人と同じ道は歩みたくない」

 彼の信念はこれからもブレることはないだろう。新しい姿を見せてくれるに違いない。

(【前編を読む】39歳松井大輔が明かす“ベトナム電撃移籍”の真相「先生として、プロとしての振る舞いなどを伝えて欲しいと」へ)

文=寺野典子

photograph by Getty Images