桜が散り始めると、晴れやかな入学式を迎える。

 夢と希望に胸を膨らませているのは、新入生だけではない。3年連続で箱根駅伝のシード権を獲得した國學院大の前田康弘監督は、心を躍らせていた。

「いまだかつてないレベルの選手が来てくれました。うれしさをこらえ切れず、昨年の時点でつい話していましたけどね」

 この春、福岡県の自由ケ丘高校から入学してきた山本歩夢の5000m自己ベストは13分48秒89。高校2年時に1500mでインターハイ決勝に進むなど、高校長距離界ではトップクラスのスピードを誇った。國學院大にとっては、初めての13分台ランナーだ。そのほかにも、14分03秒41のタイムを持つ平林清澄(美方高・福井)など、今季は過去最高と言っていいほどのタレントが加入した。

 丁寧に選手を育成し、着実にチーム実績を積み上げてきた努力の賜物である。2019年の出雲駅伝で初優勝、20年1月の箱根駅伝で総合3位。非エリート軍団の快挙は、新入生の勧誘活動にも大きな影響を与えている。

「ただ勝っただけでなく、漫画のストーリーのように強い大学を倒したインパクトは大きかったと思います。高校生たちの心にも響いたみたいです。いいイメージを持ってもらっているという感触はあります。箱根駅伝の勢力図を変えていくには、スカウトでも勝たないといけません。チームづくりの根っこですから」

2019年11月撮影 ©Nanae Suzuki

 スカウトは一発勝負のレースとは違い、長丁場である。必死に探して、根気強く追いかけ、入学まで待つこと2年半――箱根駅伝の戦いは大手町のスタートラインに立つ、ずっと前から始まっている。

必ず見る「国体の3000m決勝」

 秋の気配が漂う10月に開催される国民体育大会(国体)の少年男子B3000m決勝。緊張した面持ちでスタートラインに並ぶのは、あどけなさが残る中学3年生と高校1年生。スタンドを見渡すと、応援団にまじり、箱根駅伝で優勝経験を持つ強豪からシード常連の中堅まで、大学陸上部のスカウトたちが目を凝らしている。最初に目星をつけるには、持ってこいの大会なのだ。高速化が進む箱根駅伝に対応できるスピードランナーの需要は高まるばかり。

「国体は学年が限定されますし、3000mはスピード値が出やすい。ここで結果を出した選手たちはスピードに自信を持っている選手たちです。過去の大会結果を見ると、上位の選手たちは名門大学に進んでいることが多く、エースにもなっています。うちも入賞者は必ずチェックしています。だいたい高校1年生の秋頃から目をつけ、継続して追っていく感じです」(前田監督)

 今年1月の箱根駅伝で13年ぶりに総合優勝をさらった駒澤大のエース、田澤廉(当時・青森山田高1年)も2016年度大会で2位となり、駒大に入学している。

 このとき、3位で表彰台に上がった高校1年生もまた名の知れた箱根ランナーになっている。九州学院高(熊本)から早稲田大に進学した井川龍人、約3カ月前に箱根の1区で区間5位と好走したのは記憶に新しいだろう。

箱根駅伝での総合優勝に貢献した駒澤大・田澤廉 ©Yuki Suenaga

 各大学の担当は夏のインターハイ、冬の全国高校駅伝にも足を運ぶが、頭角を現す前からいち早くチェックしているのだ。動きの早い大学になると、中学3年生の頃から目をつけ、進路に目を光らせる。箱根で優勝経験を持つような名門大学は、有力高校のエースをはじめ、全国の舞台で結果を残している世代トップランナーたちを軒並みスカウトしていく。國學院大をはじめとする第2勢力、第3勢力となる大学が、その争いに割って入るのは簡単なことではない。

「タイムだけでは見えない部分がある」

 近年は全国の上位選手以外の隠れた逸材をめぐる獲得競争もし烈を極める。情報化が進み、キーボードを一つ叩けば、種目別で作成された全国ランキングが出てくる時代である。地方の小規模レースでも、動画サイトで映像をチェックできる。

 ただ、前田監督は簡単に情報を収集できるようになっても、スカウトには一家言を持ち、担当の石川昌伸コーチと考え方を共有している。

「タイムだけでは見えない部分があります。僕らはスピード、動きなども重視していますが、“中身”はもっと大事。人間性です。それは直接本人と会って話さないと、分かりません。最終的に勧誘するときは國學院に入って、何がしたいのかを聞きます。ビジョンを持っていないと難しいです。タイムがあっても、途中で退部したりすると、互いにとって、よくないので。高校の先生から言われて、漠然と走っているだけでは大学で成長しないと思います」(前田監督)

 だからこそ、日頃から選手を見ている高校の監督と頻繁にコミュニケーションを取り、練習にも足を運ぶ。そこで、思わぬ逸材に出会ったこともある。

前田監督が目を奪われた逸材

 2015年の冬。埼玉栄高の練習に出向くと、実績もタイムもない1人の走りに目を奪われた。

 当時、同校で注目されていたのは中村大聖(駒澤大→ヤクルト)と館澤亨次(東海大→DeNA)。前田監督と実業団の富士通で同期だった神山洋一監督に聞くと、「1年生のときはあの2人と同じくらいだった」という。全国高校駅伝でも補欠だったものの、ポテンシャルは秘めているのだ。その場で本人と話をさせてもらった。前田監督は6年前のことをはっきり覚えている。

「『大学に入って、(同期の)あの2人を超えたいと思っています』と言ったんです。あの表情、あの目を見たとき、もうこの選手しかいないと思いました」

 2019年出雲駅伝で初優勝のゴールテープを切った土方英和(現・ホンダ)である。

2019年出雲駅伝初優勝に貢献した土方英和 ©KYODO

 最終6区のラスト700mで同じ埼玉栄高から駒澤大に進んだ中村大聖を抜いたシーンに感慨を覚えないわけがない。國學院大では3年時から主将を務め、箱根の総合3位にも大きく貢献した。今年2月のびわ湖毎日マラソンで2位となり、日本歴代5位の2時間6分26秒のタイムを出すなど、実業団でも成長を続けている。前田監督の目に狂いはなかった。

「土方の場合は貧血が原因でしたが、故障などで高校3年生のときに記録がほとんど伸びていない選手もいます。タイムは14分50秒くらいでぱっとしなくても、大学で快復すると、一気に飛躍する選手もいるんです。土方のように潜在能力はあるけど、たまたま埋もれているケースもあります。それは高校の先生から『タイムは持っていないけど、いい選手がいます』と教えてもらい、知ることが多いです。最終的には私の目で確認しますが、そのつながりから得る情報は大事にしています」

駒大・大八木監督の言葉

 長い年月をかけて構築してきた関係がもたらす情報ほど有益なものはない。高校側から秘めた潜在能力を持った選手を送ってもらい、大学側としてはその才能を引き出して、ぐんと成長させる。選手育成の実績を重ねれば重ねるほど、信頼関係は深まっていく。

 そして、前田監督がいまも昔も変わらず大切にしているのは、目には見えない縁だ。

「高校時代に結果を出していない選手をポンと一本釣りするなんて、そんな神がかり的なことは誰にもできませんよ。(出身の)駒澤大の大八木弘明監督から言われ続けた『縁を大事にしろ』という言葉はずっと心に留めています。不思議と結果を出すのは、縁があり、入ってきた選手ばかりなんです」

縁が繋がって入部した選手が活躍

 今年3月の日本学生ハーフマラソン選手権で3位となり、ワールドユニバーシティゲームズ(旧ユニバーシアード競技大会)の日本代表となった島崎慎愛(新4年)もまさにその一人。今年1月の箱根でも山下りの6区で区間4位と快走した。いまでは学生トップクラスの走力を誇るランナーも、藤岡中央高時代は主要な全国大会の出場経験もなければ、目立つようなタイムも持っていなかった。スカウト網から漏れてもおかしくない選手ではあるが、同校の先生に薦められて、直接足を運んだ。島崎を指導していた陸上部の監督は、1年前の箱根で9区を走った茂原大悟の父親である。ただの売り込みではなく、貴重な情報だった。

1月の箱根で6区を快走した島崎慎愛 ©Nanae Suzuki

 3年連続で箱根1区を走り、國學院のエースとして重責を担う藤木宏太(新4年)も縁あってスカウトしてきた。北海道栄高時代は全国的に無名だったものの、「すごくいい選手がいる」と情報をくれたのは、國學院大出身の駅伝部顧問である。

「チームが強くなっていっても、これまでのつながり、縁は大事にしたいです。たださらに上を行くためには、強豪大学と競合する選手も取っていかないといけません。そのためには、魅力あるチームづくりを続けていくことが大事。この流れを一過性のものにするのではなく、監督である自分自身も磨き、チームも磨き、いまを超えていきます」

 見据える先は1つ。

「箱根で一緒に初優勝を狙おう。歴史に名前を刻もう」

 本気で目指しているからこそ、口説き文句にも熱がこもる。“元祖”の価値は、誰よりも知っている指揮官である。駒澤大で初戴冠を果たしたメンバーとして、21年経ったいまも語り継がれている。

「最初の偉業はずっと残ります」

 箱根の物語は、スカウトから始まっているのだ。

文=杉園昌之

photograph by Nanae Suzuki