フルマラソン2時間17分37秒という驚異的なタイムを持ち、2019年には富士山マラソン(2019年、男子25〜29歳)、湘南国際マラソンで優勝している市民ランナーにして、登録者数1万5900人(4月6日現在)YouTubeチャンネル『ランニング食堂』を運営している“ランチューバー”としても活躍する山田祐生さん。実は、陸上の強豪高校出身で箱根駅伝を目指しながらも、怪我をきっかけに「走ることが嫌いになった」と、陸上から離れていた時期がある。

 それから25歳で再び走り始め「ランニング系ユーチューバー」になったのはなぜか? 本人にお話を伺った(全2回の2回目/#1より続く)。

ランニング系YouTubeチャンネル『ランニング食堂』を配信する山田祐生さん

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 ランニング系ユーチューバー・ランニング食堂こと山田祐生さんが開設しているTwitterアカウント(https://twitter.com/112233barreal)には、こんな自己紹介文が掲載されている。「強豪高校きつすぎて怪我してもないのに怪我したアピールで2/3は嘘リハビリ→大学サークル飲み会要員→25でもう一度走りだす」。異色の経歴が目を引く。

夢は「箱根駅伝を走る」 推薦で強豪高校に進学

「漫画『ホイッスル!』の不破大地に憧れてサッカーのGKを目指していたので、中学ではサッカー部に入ろうとしたんです。でも、サッカー部がなかったので、柔道部に入ろうと思ったんです。GKになるために受け身が必要なので。でも、親に止められました。

 GKやるなら陸上部に入った方が近道だと親に言われて、陸上で短距離をはじめたんですが、なかなか結果が出なくて弟の誘いを受けて長距離に転向したんです。そこから結果が出始めて、中3の時には佐賀県で4、5番に入るぐらいになれて。中学卒業前にはGKから『箱根駅伝を走る』に夢が切り替わりました」

 佐賀県の大会で上位に入った山田さんには、陸上の強豪校から声がかかった。県内には都大路の常連校である鳥栖工業、長距離に強い唐津工業など強豪校がいくつかあるが、スカウトされたのはそのうちの1つである白石高校。「箱根駅伝を走る」という目標にぐっと近づいたかに見えたが、山田さんはその高校3年間を「僕にとって闇でした」と振り返る。

走ることから逃げた高校時代

「中学を卒業した春休みに高校の春合宿に参加したんです。でも、初日に頑張り過ぎて腸脛靭帯を痛めてしまって。いきなりでしたし、かなりショックでした。腸脛靭帯が治ったのが7月頃だったんですが、高1って伸び盛りでみんなすごい勢いで成長するんです。僕も遅れた分を取り戻そうと頑張ったんですが、差は開く一方で……。段々、練習も『無駄にキツいだけ』と感じるようになって、走るのが嫌になってしまった」

――練習は、どうしていたんですか。

「練習をやりたくないので、監督にいかにバレない嘘をつくかってことばかり考えていました。当時はペース走でキロ4分だったんですけど、ジョグが4分20秒ぐらいなのでキロ4分のペース走がキツいってことはないんです。でも、声を上げてキツそうにして走っていましたね(笑)。もちろんそれじゃダメで監督に怒られるんですが、『気持ちがついていかないんです』『足が痛いんです』『貧血かもしれません』とか理由をつけて。できるだけ走ることから逃げて、補強と歩くことだけやっていた3年間でした」

――そこまで辛い思いをするならいっそ退部した方がラクになれたのでは。

「過去、推薦で入って途中でやめた人がいなかったですし、何より親に迷惑をかけるのが嫌だったので『退部する』という選択肢は思い浮かばなかったです。通っていた高校も家から遠かったので送迎してもらっていたし、弟の分と合わせて2人分のお弁当を朝と昼で4個も作ってもらっていたりして、本当にいろいろ助けてもらっていたので」

箱根優勝校に進学するも「飲みサー」に

 退部する選択肢はなかったという山田さんだが、キツい練習からどうやって逃れるかということだけを考えて過ごした部活の反動で、東京の大学に進学して、飲み会に参加し、バイトして好きな服を買うという華やかな大学生活に憧れた。高校卒業後は志望通り、東京の大学に進学。ただ陸上を完全に辞めたわけではなかった。

「陸上サークルには入っていたんですけど、練習は参加しない“飲み要員”でした(笑)。練習終りにいつも合流して飲み会だけ。一応陸上の強豪校出身ということで、部員に『走って欲しい』と声をかけられることもあったので、直前の1カ月だけ練習して少し駅伝大会にも出場してました」

――大学で「もう一度走ってみよう」とかは一度も思わなかった?

「もう高校で『競技としては諦めよう』と踏ん切りがついていたので、未練はなかったですね。箱根駅伝を走るという夢ももう消えていました」

 公表されていない出身大学名を聞いてみると、箱根駅伝で総合優勝の経験も持つ強豪校で、近年も本大会出場を果たしている。ただ、山田さんは「母校が出てるとかも関係なく、箱根駅伝は見てなかった」と話す。

「大迫傑さんとか設楽兄弟とか、本当に有名な選手しか知らなくて。今は箱根駅伝を目指している学生さんと一緒に練習する機会もあったりするので、強くなるための勉強として見るようにはしているんですけど……」

 こうして陸上から離れていた山田さんが再び、本格的に走り出したのは、25歳の夏だった。

初参加の富士山マラソンで優勝

――なぜ、陸上に戻ってこられたのですか?

「弟が会社の付き合いで東京マラソンに出たんですが、初マラソンを2時間58分で走っていきなりサブ3(フルマラソンを3時間以内に走り切ること)を達成したんです。それで会社の人に『すごいじゃん』と言われるようになったと弟から聞いて、それなら自分もやりたい、弟にできるなら僕にもできるんじゃないかと」

 夏にスタートし、翌年3月の東北マラソンで2時間46分を出し、12月の湘南国際マラソンでは弟(2時間30分)と一緒に走り、2時間27分で2時間30分切りを達成。2時間20分切りも目指せるのではないかと考え、弟と本格的にマラソンの練習をスタートさせた。2時間20分を切ればほぼ無条件で東京マラソンに出場できるのはもちろん、営業という仕事で話のネタになるなど、何かしらのプラスになると思ったからだ。

 そしてついに、2019年富士山マラソンを2時間23分で走って優勝、続けて1週間後の湘南国際マラソンでも優勝する。

 翌2020年のびわ湖毎日マラソンでは2時間18分を出して自己ベストを更新し、20分切りを果たした。市民ランナーで2時間20分を切ること自体、驚異だが、兄弟で切磋琢磨してタイムを上げていくプロセスも素晴らしい。

初めて投稿した動画の再生回数は「5回」

――再び走り始めて、それからユーチューブを始めたきっかけは?

「勤めていた会社のPRを動画でできないかなと思って、試作として個人的に始めたのが最初でした。当時は、動画マーケティングという言葉が流行っていて、自分に面白い企画が作れれば、会社の公認でやらせてもらえるようになるかなと(笑)。食品メーカーだったので、取り扱っている商品を使って“ランナー目線でランニングと健康のための料理を作る”というコンセプトでした」

――今とだいぶ違いますね。

「そうなんです。再生回数は5回ぐらいで、ほぼ自分みたいな感じ(苦笑)。伸び悩んでいるときに、同じくYouTube配信を始めた弟から『ランニング風景の方が反響良いよ』と教えてもらったんです。そこから徐々に練習やレースの動画を増やしていきました」

 こうして迫力あるレース動画や本格的な練習風景を配信し続けて、気づけばチャンネル登録者数は1万5900人を超えた。

「僕は箱根駅伝を目指して挫折した人間なので」

 近年、ランニング系ユーチューブ界は盛り上がりを見せている。青学大OBで初の箱根駅伝総合優勝・2連覇に貢献した神野大地や東洋大OBのTKD PROJECT、帝京大OBで箱根出場経験者のたむじょーなど、大学陸上部出身者や箱根駅伝経験者、実業団に所属している現役アスリートが次々に動画配信を始めている。まさに“激戦区”だ。

――ランチューバー業界も“激戦区”になりつつあります。強豪大学出身者や箱根経験者、現役アスリートも動画配信を始めている現状をどう見ていますか?

「TKD PROJECTさんやたむじょーさんとか大学陸上部OBの人にはやっぱり委縮しちゃいますね(笑)。僕は強豪高校出身と言えど、一度陸上を辞めて、大学の陸上サークル出身、しかも飲み要員ですし……。向こうはガチ勢で、僕らは何をやってもどこかヌルいんだろうなって勝手に思ってしまうんです」

――それだけ「箱根駅伝」という存在が大きいということでしょうか。

「そうですね。箱根駅伝を目指してちゃんと走れた人がいる一方で、僕は箱根駅伝を目指して挫折した人間なので。あと、高校の時からの『強い(速い)人がすごい』という感覚がいまだにあるんだと思います」

――とは言え、2時間20分を切るタイムはすごい記録ですよね。大学陸上部出身者や実業団に負けたくないと思うことはありませんか?

「うーん……『負けたくない』というよりは『勝ってみたいな』と思いながら練習している気がします。やっぱり強い人たち相手に『勝ちたい!』なんてことは、まだ言えなくて(笑)。でもなんか勝てたらきっと楽しいだろうなあって考えて走ってます」

“速い”市民ランナーが増えているのはなぜ?

――でも大学陸上部出身とかに関係なく、市民ランナー全体としてレベルがどんどん上がっていますよね。

「先日のびわ湖毎日マラソンでは、市民ランナーの中村(高洋)さんがサブ10(※1・2時間9分40秒)を達成していましたね。たしかに色んな人が気軽にプロや実業団の練習風景を見れるようになったこともあって、市民ランナーの練習の質が向上していると思うんです。タイムの壁を壊しやすくなっていると思います」
※1・サブ10=2時間10分以内でフルマラソンを走り切ること

 いま、山田さんは『まるお製作所ランニングクラブ』で毎週水曜日に都内の公園に集合し、サブ20(※2)レベルの質の高い練習をこなしている。サブ3や初心者の練習もあり、30名ぐらい参加しているという。日曜日は埼玉県内で『ランニング食堂』の練習会を開き、他にも神奈川県など関東や秋田、福岡など各地でSNSを使って有志に集まってもらい、練習会を催している。
※2・サブ20=2時間20分以内でフルマラソンを走り切ること

目標タイムは「ゆくゆくはサブ10をと思いつつ…」

――ランチューバー・ランニング食堂さんが目指すタイムは?

「ゆくゆくはサブ10をと思いつつ、まずは現実的に15分を切りたいですね。SNSで2時間12分で走るランナーさんの練習メニューが公開されているんですが、僕と弟はそれを高いレベルでこなせているので、そこまではいけるんじゃないかなって思っています」

 ランニングユーチューブ界のパイはそれほど大きくはなく、登録者数は10万人が限界だと言われているという。ただ、それはこれまでの常識である。『ランニング食堂』がフルマラソンで淡々と自己ベストを更新してきたように、いずれ登録者数が10万人、20万人を超えましたと笑う日が来ても何ら不思議ではない。そうしてランチューバーの存在価値が高まっていけば応援してくれる人が増え、おのずと「やりたいこと」が実現していくだろう。

 そのゴールを目指して、『ランニング食堂』は走り続ける。

(【前編を読む】箱根駅伝出身、現役選手…急増する“ラン系YouTuber”「収入は?」「どう撮影する?」人気ランチューバーに聞く へ)

文=佐藤俊

photograph by Tomosuke Imai