2020年から2021年(対象:12月〜3月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト3を発表します。2021箱根駅伝部門の第3位は、こちら!(初公開日 2021年1月3日)。

 正月の箱根駅伝でキラキラに輝いて見える学生ランナーたち。彼らの多くは、走ることに大学生活を捧げているといっても過言ではないだろう。しかし、人生のドラマは大手町のゴールで終わるわけではない。箱根駅伝を“卒業”した後も、人生は続くことになる。

前回優勝、青学大10区の湯原慶吾 (C)Nanae Suzuki

 果たして、箱根ランナーたちはどのような就職活動をして大学卒業後の人生を歩んでいるのか。知られざる箱根ランナーたちの“就活事情”を探ってみたい。

実業団チームに進む場合の就活事情

 前回の箱根駅伝にエントリー(1チーム16人)された4年生は97人いた。そのうち、実業団チームに進んだのは約60人。チームや年度よって異なるが、箱根駅伝常連校の場合は選手の3分の1ほどが大学卒業後も競技を続けたいと考えている。

 強い選手は1〜2年時で実業団から声がかかり、合宿に参加するなどして、チームとのマッチングを見極めていく。一方、実業団から勧誘されない選手は、大学の監督を経由して様々なチームに打診することになる。

 箱根駅伝常連校のA監督によると、「早く声をかけていただける場合は、4年生になる前に(チームを)決めさせていただいています。どこからも声のかからない選手は売り込みをして、返事を待つという状況です。ただ、レベル的に厳しい選手は、実業団に進むのを考え直すように諭すこともあります」とのことだ。

 なおニューイヤー駅伝(全日本実業団駅伝)に出場できるのは37チーム。本格強化している実業団は男子だけで50社ほどある。ただし、前出のA監督は「企業が求めるレベルは上がっていますし、近年は採用人数が少なくなっている印象です」と話す。

 学生トップクラスの選手は勧誘が多いものの、大学によって入社先に偏りがある。たとえば、青学大は原晋監督がアドバイザーを務めているGMOインターネットグループ(選手13人中7人が青学大OB)と原監督が在籍していた中国電力に、東海大はSGホールディングスグループと横浜DeNAに主力級が進むことが多い。また伝統的に順大は富士通とトヨタ自動車、中大はHondaに太いパイプがある。

青山学院大・原晋監督 (C)Asami Enomoto

実業団選手の引退と悩ましい問題

 かつての日清食品グループなどは契約社員が多かったが、最近の学生は安定志向なのか、正社員として入社するのが大半だ。

「選手が実業団を希望するからといって、やみくもに入れても良くないと思っています。大卒扱いをしてくれて、現役引退後もその企業に残れることを前提に選手たちの就職先を探しています。お金やイメージでチームを選ぼうとする選手もいますが、30歳前後まで競技を続けると、引退後に新たな仕事を探すのは簡単ではありませんから」(A監督)

 実業団選手の大半は競技引退後、会社に残り、一般業務をこなすことになる。

 陸上部を抱える会社は大企業が多いので、定年まで勤めることができれば生活面での不安はないだろう。しかし、配属先によっては仕事についていけず苦しむ元選手も少なくない。元選手のBさんから聞いた話では、「実業団選手として10年走るよりも、2〜3年で引退して一般業務をこなした方が、入社10年後には会社員として出世しているんです」という悩ましい問題もあるようだ。

 また会社の都合で陸上部が休部や廃部、活動を縮小する可能性もあるだけに、クレバーな選手たちは先を見越して就職先を選んでいる。

一般就活における「箱根駅伝走りました」の価値

 大学3年生になる前後のタイミングで、「就職先をどうしたいのか?」と確認しているチームが多い。実業団志望の選手は競技力を上げることが就活に直結するが、一般企業に進む選手は徐々に就活の準備を始めることになる。

 一般企業の就活でも、「箱根駅伝を走った」という実績はかなり武器になるという。ただし、3年生までに出場しないとその恩恵を受けることはできない。箱根駅伝常連校で主務を務め、現在は実業団チームでマネジメント業務をこなすCさんも、一般企業の就活では受けが良かったという。企業からの評価は陸上部員のなかでも序列があるようで、「箱根駅伝出場者、マネージャー、箱根を走っていない選手の順じゃないですかね」という印象を持っている。

青学大の主将・神林勇太の一般企業就活

 なかには学生トップクラスの実力を持ちながら一般企業の就職を目指す選手がいる。前回の箱根駅伝9区で区間賞を獲得した青学大の主将・神林勇太は大学で競技の引退を決意。一般企業の就活を経験しながら、11月の全日本大学駅伝でも7区で区間賞を奪う活躍を見せた。

「就職が決まらなかったらどうしよう、という不安もあったので、前半シーズンは競技に集中するのが難しくて大変でした」と神林は言うが、そのなかで長年箱根駅伝のスポンサーをしているサッポロビールの入社が内定している。

「競技の実績に助けられた部分もあったと思うんですけど、他の学生と同じように最初から選考していただきました。いろんな業種を受けましたが、絞って10社くらいです。普段から自分の思い入れのある企業を選んだので、他の飲料メーカーさんは受けていません。父親もずっとビールはサッポロでしたから(笑)」

 今年の全日本大学駅伝でも7区区間賞と好走した神林勇太 (C)Yuki Suenaga

柏原竜二に食らいついた早大・猪俣英希のその後

 神林のように選手としての実績があると就活でも大きなアドバンテージになるが、箱根を走る前に、学生が憧れる5大総合商社の内定を勝ち取った元選手もいる。2011年の箱根駅伝5区を走った早大・猪俣英希だ。

 猪俣は一般入試で早大スポーツ科学部に合格。学生駅伝の出場を果たすことなく、3年時の箱根駅伝を終えた。そこから筆記試験対策などを開始すると、就活と並行しながらトレーニングも継続。面接では「箱根を走ったの?」とよく聞かれたというが、「競争部で養った自信が対応にも出たと思います」と第一志望だった三菱商事の内定をゲットした。

猪俣英希は商社の内定を勝ち取ったのち、箱根駅伝で柏原竜二と5区を争った (C)Mami Yamada/Shigeki Yamamoto

 夏以降は競技に集中して、全日本大学駅伝の6区を区間2位と好走。箱根駅伝は5区を任された。東洋大・柏原竜二に2分54秒もの大差をひっくり返されたが必死に食らいつき、27秒差で芦ノ湖のゴールに飛び込んだ。その後、早大は6区で逆転。学生駅伝3冠を達成したうち、猪俣は全日本と箱根の優勝メンバーに名前を連ねたことになる。

弁護士、公務員、YouTuber…箱根ランナーたちの道

 エリートという意味では、中大・梁瀬峰史も稀有な存在だ。仙台育英高時代は全国高校駅伝で3連覇を経験。箱根駅伝は1年時から3年連続で出場(1区、5区、4区)した。高校・大学ともスポーツ推薦だったが、2010年3月に中大法学部を卒業すると、中大ロー・スクールで3年間学んだ。2度目の挑戦となる2014年の司法試験をパスして、現在は弁護士として活躍している。

 学生ランナーのなかでは公務員の人気も高い。体育学部のある大学では教員免許を取得する選手も多いが、採用枠が少なく、教員になるのは非常に難しい。そのため、近年は警察官や消防士を目指す選手が増えているようだ。なお警視庁や大阪府警などは実業団駅伝に参加しており、“陸上枠”に近いかたちの採用もある。

 最近は選ぶ職業の幅も広くなった。今年3月に帝京大を卒業した田村丈哉はユニークな選択をしている。箱根駅伝は2年時に8区出場。1万mで28分台の記録を持つ実力者だったが、大学を卒業すると「ランニング×コメディ×YouTuberたむじょー」として活動。開始8か月でチャンネル登録者数4万人を突破するなど、人気ユーチューバーになりつつある。

帝京大学のムードメーカーだった田村丈哉は経験を活かして多くの動画を作成する

 筆者も実は箱根駅伝出場組(東農大1年時に10区出場)だ。大学卒業後は3年半、住み込みの新聞配達をしながら、スポーツライターとしての道を模索。43歳となった現在は家族を養うぐらいの収入を確保できるようになった。

 どんな職業を選んだとしても、箱根駅伝を目指した者たちは、その過程で得た知力、体力、経験などを生かして大学卒業後も明るい未来を切り拓いてほしいと思う。

文=酒井政人

photograph by Nanae Suzuki