3月初旬、長谷部誠がアイントラハト・フランクフルトとの契約を1年延長した。5月6日発売のNumber1026号では、「長谷部誠は知っている。」と題し、年を重ねなお進化を続ける37歳の全貌に迫った。

 本人のインタビューや対談、ドイツのクラブや日本代表の仲間たちからの証言でその姿に迫る。発売に際し、ドイツに移籍した当初の恩師である元ヴォルフスブルク監督のフェリックス・マガト氏がインタビューに応じた。シャルケ時代は内田篤人とも戦った名物監督が、「Hasi(ハージ、長谷部の愛称)」が37歳の今も輝き続けられる理由を語った(インタビュー=Oliver Mueller)。

ブッフバルトにもマコトのことを聞いた

――マガトさんは2008年、Jリーグでプレーしていた長谷部誠をヴォルフスブルクに連れてきました。当時どうして彼を獲ろうと思われたのでしょう。

高校卒業後、2002年〜07年まで浦和レッズでプレーした長谷部誠(写真は05年のJリーグで) ©BUNGEISHUNJU

「それは少し長い話になる。私は2007年の6月にヴォルフスブルクの監督に就任して、新しいチーム作りに取り組んだ。だからかなり多くの動きがあってね。その夏にはリカルド・コスタ、ジョシュエ、グラフィッチといった経験豊富な選手を獲得した。それに加えて、マルセル・シェーファー、ヤン・シムネク、サシャ・リーター、クリスチャン・ゲントナー、アスカン・デジャガなどの若い選手も獲得した。それでもチームにはまだ、強化が必要なことは明らかだった。ミッドフィールドの選手も、もう一人欲しかった。そんな中、冬にマコトを獲ることができるという情報をもらったんだ」

――その情報は誰から?

「トーマス・クロートだ。ブンデスリーガでプレーした元選手で代理人。日本のサッカーシーンをよく知っている。それからギド・ブッフバルトにもマコトのことを聞いた」

――マガトさんとかつて一緒にドイツ代表でプレーしたブッフバルト氏は、その前に浦和レッズで監督をしていたから、長谷部のことを知っていたのですよね? 

「そうだ。ギド・ブッフバルトは彼のポテンシャルと仕事に対する姿勢にすごく感銘を受けていたんだ。それが私が判断する上で良い助けになったのは間違いない。外国人選手、特に日本人選手の場合は、質の良い情報を得ることが非常に重要だった。当時は今のようには国際移籍市場のスカウティングが活発にされていなかったからね。

 私も日本人選手が技術的にとても良い教育を受けていて、非常に秩序正しく勤勉だというのは知っていた。でも私はさらに詳細な評価を必要としていたんだ。例えば、選手の性格についても。他の文化圏から選手を獲得するときは、その選手がどれだけうまく適応できるか、よくわからないからね。でもクロートもブッフバルトも、マコトならできると言っていた。それで獲得するに至ったんだ」

13年前の第一印象は?「感心したよ」

――2008年1月に長谷部はチームに合流しました。最初はどんな印象を持ちましたか?

「感心したよ。なぜならはすぐに、自分の生活に関するすべてのことを自分一人でやろうとしたからだ。トーマス・クロートはマコトのために世話係と通訳を用意したのだけれど、マコトは即ドイツ語を学び始めた。すべてのことを理解しようと、とても努力したんだ。これはとてもいいサインだ。コミュニケーションできるように努力するのは、適応への鍵だからね」 

――選手としての特徴としては?

「彼は当時既に、非常に器用でいい選手だったね。走れるし、テクニックもいい。必ずしもファイターというわけではなかったけど、守備と攻撃の間をうまくつなぐ術を理解していた。それはミッドフィールダーの課題だし、とても要求の高いものだ。マコトはそれがよくできた。最初からレギュラーではなかったけれど、比較的早くそうなったし、2年目にはほぼ毎試合プレーしていた」

「半年後には通訳がいらなくなるレベルだった」

――そして2009年にはブンデスリーガ優勝を果たしました。その時の長谷部のポジションは、4バックの前の真ん中、というわけではなかったのですよね。なぜでしょう?

「当時私たちは、フランクフルトのアディ・ヒュッター(現監督)とは違うシステムを採用していた。ミッドフィールドに菱型を置く、つまり6番の選手を一人真ん中に置くシステムをとっていた。その当時、6番はブラジル代表のジョズエで、すごく良い働きをしていた。だからマコトは、その横のハーフポジションでプレーすることが多かった。

 でも私も、マコトのクオリティーが最もよく発揮されるのは、ディフェンスラインの前の中央の位置だと言わなければならない。今のフランクフルトでのようにね。彼の見せ場だ。この位置から深いところまで下がることもできるし、ビルドアップに貢献でき、彼の戦略的能力を見せることができる。自らあまりシュートを打たない彼のような選手は、過小評価されることが多い。でも、チームとして成功するためには、後方からボールを出してフォワードを使える選手が必要なんだ。そして、チームのバランスを保つこともできなければならない」

――長谷部をどのような人間だと記憶していますか?

「彼は半年後には、通訳がいらなくなるくらいドイツ語が喋れるようになっていた。チーム内で全く問題なくコミュニケーションが取れていた。それでも最初は少しだけ控えめだったし、ちょっとシャイでもあった。もう少し自分の殻を破るようにと、私も少し働きかけたよ。控えめであることは、難しい試合やギリギリの勝負で必要とされることではないからね。でもその点に関しても、マコトはとても早く学んだと思う」

なぜ長谷部は37歳でもブンデスで活躍できている?

――マガト監督はとても要求が高いことで知られていますが、長谷部は、当時の練習のことを思い出すと今でも吐きそうになると言っているとか。

「そうか?(笑) 私が自分の選手たちにある程度のことを要求するというのは確かだ。そして私は、たとえ選手に満足していたとしても、それは必ずしも口にしない(笑)。選手たちにハングリーでいてもらうためだ。彼が大変だったのは私の練習のやり方ではなくて、量だったのではないかな。でもマコトはいつも全力でやっていたよ。コンディション的には何一つ問題がなかった。それが今でも役に立っているんじゃないかな」

――長谷部は最近、フランクフルトと契約を1年延長しました。今は37歳です。フランクフルトのフレディ・ボビッチ氏(スポーツディレクター)は長谷部のことを、チームに必要不可欠な「絵に描いたようなプロ」と表現しています。彼がこの高いレベルでこれだけ長くプレーできていることには、マガトさんも驚いていますか? 

「それは例外的なことだよ。10年をとっくに超える間、世界で最も良いリーグの一つでプレーして、納得のパフォーマンスを見せているのだから。ヨーロッパにはたくさん良い日本人選手がいるけれど、彼は唯一、チームを導く日本人選手だ。彼の人格と彼のあり方でね。その上、今マコトのやっているポジションは非常にインテンシブだ。37歳でもまだトップレベルのパフォーマンスを見せることができているのは、彼がブンデスリーガで過ごした最初の1年半とも関係しているはずだ」 

――それはどういう意味でしょうか?

「もし彼が、ドイツでのキャリアの最初に、私ではなく別の監督のところへ来ていたら、今もこのレベルでプレーすることが可能だったかはわからないじゃないか(笑)。ハージは当時、ヴォルフスブルクでそのフィットネスの土台を作ることができたんだ。ひょっとすると、私の練習は常に彼が気に入るものではなかったかもしれないけどね」

文=円賀貴子

photograph by AFLO