JRAでは柴田善臣、小牧太に次ぐ現役3位の年長。平地と障害の二刀流を貫く53歳の熊沢重文騎手が、中山グランドジャンプ当日の中山10レース、下総ステークス(4歳以上3勝クラス、ダート1800m)で、タイガーインディ(牡4歳、栗東・大橋勇樹厩舎)を勝利に導いた。

 これがなんと、'16年6月18日(阪神3歳未勝利戦、ヒダロマン)以来、4年10カ月ぶりの平地戦での勝ち星。本人も久々を意識していたのだろう。そこには触れないでとばかりに「シーッ」と口の前に人差し指を立てるポーズを作り、会心の照れ笑いを浮かべてみせた。騎乗馬は11番人気の超伏兵。思い切った逃げの手に出て、3コーナーから2番手以下を引き離す意表の策で後続を幻惑する匠の技が効いていた。

 熊沢のGI初勝利は'88年のオークスだった。10番人気のコスモドリーム('85年生まれ、父ブゼンダイオー、栗東・松田博資厩舎)を、関東のファンにはまだ知られていなかった豪腕で追いまくって殊勲の星につなげた。この馬を当時持ち乗りで世話をしていたのがタイガーインディの大橋現調教師で、二人の深い絆から生まれた起用が勝利を呼んだ。

早熟でしかも息が長い、実はすごい騎手

 ちなみにオークス制覇時の熊沢は20歳3カ月で、当時のクラシック最年少レコード。のちに武豊が19歳7カ月で菊花賞(スーパークリーク)を勝ったことで塗りかえられたが、オークスの年少記録はいまも破られていない。それに加えて、彼のGI初騎乗がそのときのオークス。いきなり勝ってしまった騎手はその後も出現していない。早熟でしかも息が長い、実はすごい騎手なのだ。

 下総Sの直後に行われた、中山グランドジャンプ(JGI)は、ケンホファヴァルトに騎乗して奮闘。新王者の座に就いたメイショウダッサイには少し離されたものの、オジュウチョウサンには先着しての2着と結果を残した。いまや本職となっている障害レースは、現役最多の251勝(4月18日時点)をマークしており、史上最多、星野忍さんの254勝もすでに射程圏に入っている。

 クセ馬を依頼されること自体が熊沢の技術の評価の証し。肋骨などの骨折も数え切れないが、「体が続く限り乗り続けます」と、その闘志は衰えない。史上最多更新でも引退のきっかけにはならないのでご安心を。

文=片山良三

photograph by SANKEI SHIMBUN