開催の実現が不透明な中、東京オリンピック・パラリンピックの周辺準備が進んでいる。

 大会組織委員会が開催期間中に必要となる医師のボランティア200名を募集したところ、世論は「コロナ対応で医療がひっ迫する中、五輪に付き合える医師などいない」と見ていたが、ふたを開けると募集人数をはるかに超える応募があるなど、コロナと五輪と医療をめぐる関係がいまひとつ見えてこない。

 そこで、首都圏で診療に当たるスポーツ医、もしくはスポーツ関連の医療に当たっている5人の医師に、五輪をどう捉えているのかを聞いてみた。協力してくれた5人はいずれも五輪のボランティア参加には手を挙げていない。

「開催すべき」が3名、「中止すべき」が2名

 まず、コロナ禍が収束する見込みの立たない中での五輪開催に賛成か反対か、理由を添えて答えてもらった。結果は「開催すべき」が3名、「中止すべき」が2名で賛成派が上回った。

 まず「中止すべき」と答えた2名から。

「今は全世界がパンデミックと闘っている最中。菅義偉首相が言うように、オリンピックは人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として実現すべきイベントであり、無理矢理『打ち勝ったこと』にして開催したのでは本末転倒。これまで選手やサポートスタッフなど多くの関係者が払ってきた多大の労力は、歴史的なパンデミックの前ではサンクコスト(戻ってこない費用)として捉えるしかない」(A医師=40代、整形外科、クリニック経営)

「出場が内定しているアスリートの気持ちを思えば開催してあげてほしいが、現在の感染状況とワクチン接種の進み方、そして医療機関のひっ迫状況を見れば、開催は不可能と言わざるを得ない。東京都はただでさえ医療がひっ迫しているのに、外国人10万5000人の入国者の対応ができるとは思えない」(B医師=50代、整形外科、民間病院診療部長)

 このあたりは多くの世論と重なり合う意見と言えそうだ。

東京五輪開催を「人類が新型コロナウィルスに打ち勝った証」を表明してきた菅義偉首相 ©Getty Images

 一方「開催すべき」と答えた医師の意見はこうだ。

「工夫次第で開催はできる」

「強く『開催すべき』とは思わないが、プロ野球などは無観客ながらも公式戦を継続しているので、感染対策や工夫次第では五輪も開催できると思う」(C医師=40代、整形外科、大学病院診療部長)

「他のスポーツイベントが開催されているのだから五輪も開催すべき。ただし、入国時などの水際対策は徹底する必要がある。今年の全豪オープンを参考に」(D医師=50代、整形外科、クリニック経営)

 この二人は「条件付きで開催可」といったところだが、最後の一人の意見は明快だ。

「4年に一度の祭典だし、そもそも開催可能なのだから開催すべき」(E医師=50代、脳神経外科、民間病院診療部長)

 ちなみに、A医師とD医師の経営するクリニックを除く3人の勤務する病院は、コロナ患者を受け入れている。コロナ患者が身近にいても、危機感には温度差があるようだ。それは、次の「医療崩壊も近いと言われる中、五輪への協力を要請されることをどう見るか」という質問への回答からも見て取れる。

「中止すべき」と回答した2人の医師の回答から紹介する。

「なぜ開催の2カ月前なのかがわからない」

「いまは全力でワクチン接種を進める時期。医療従事者の多くが、このパンデミックを終わらせるには、ワクチンによる集団免疫の獲得しかないと考えている。五輪開催が絶対に避けられないものなら選手やスタッフを守るための医療要請は当然だし、医療者も全力で協力する。しかし、五輪は“人の決断”で中止ができる。選手を応援したい気持ちはもちろんあるが、究極的にはスポーツ興行であるイベントを、パンデミックを急拡大させる恐れがあるこのタイミングで行うことに正義はない」(A医師)

 もう一人の「開催否定派」であるB医師は、別の角度からの疑問を呈する。

「医療者への要請の時期が、なぜ開催の2カ月前なのかがわからない。もっと早い段階で参加の依頼(公募)をしたうえで、参加の意向を示した医師に対して開催が近づいた時点で、『この状況下でも参加する意思があるか』を再確認するのが本来あるべき姿。それで参加を表明する医師が不足したなら再公募すればいい」

 つまり、医療提供体制の準備が遅すぎる、ということだ。

©Getty Images

 これに対してC医師とD医師はほぼ同じ意見だ。代表してD医師の声を紹介する。

「コロナに対応する医師とオリンピックを手伝う医師は基本的に別なので、要請すること自体は構わない」

 ただ、C医師はこうも言う。

「病院はコロナ対応で業務が格段に増えており、人手不足、医師不足であることは事実。この状況で五輪側が“5日以上の勤務”を条件として提示するあたりは現実的ではなく、違和感を覚える」

 最後にE医師の意見。

「基本的に医療崩壊とは思っていない」

五輪に参加して「ネガティブな行為に見られるおそれ」

 これに関連して、こんな質問にも答えてもらった。

「医師が五輪のサポートに参加することについて、どんな不安を持ちますか」

 これまでの回答から見て、E医師が「まったく不安は感じない」と答えたことは納得できるし、ある意味“スジ”が通っている。

 一方で「世間が医療を見る目」を危惧する意見もある。

「『医療現場には余裕があるんだ』という印象を与えることで、ワクチンを接種していない多くの国民のマインドが緩み、感染状況が悪化するのが恐い」(A医師)

「現在の状況で五輪のサポートとして参加することが、他者から見てネガティブな行為に見られるおそれはある。国民感情としては、五輪を手伝うよりもワクチン接種に従事することを優先すべきと思うだろう」(B医師)

 確かに、ワクチン接種に歯科医師や薬剤師の手も借りようという段階になって、同じ医師免許を持ちながらスポーツドクターだけが別枠として計上されるのは、やはり首をかしげたくなる点は否めない。

五輪開催が迫るなか、高齢者を皮切りにワクチンの接種が始まった ©Getty Images

「無報酬」であることの問題は?

 ところで、今回の五輪への医師のサポートはあくまでボランティアであって「無報酬」だ。これについてスポーツドクターたちはどう思うのか訊いたところ、これまでの回答とは異なる傾向を示した。A、B両医師に加えて、この二人と反対の姿勢を示してきたE医師が「無報酬でいい」と答え、C医師とD医師の二人が「報酬は支払うべき」との声を寄せたのだ。

 ただ、やはりA、B両医師とE医師の意見は、同じ「無報酬で構わない」という回答にも微妙に違いがある。

「無報酬という条件で応募する医師がいるならそれで構わない」(A医師)

「無報酬でも参加したい医師は多数存在するから」(B医師)

「ボランティアだから無報酬で構わない。報酬が発生したらボランティアとは言わない」(E医師)

 残る二人の意見も訴求力がある。

 D医師の「責任のある仕事である以上、対価は支払うべき」という回答を補足するようにC医師が語る。

「大会の規模が大きくなるほど参加する医師は名誉に思う。それをいいことに大会側も医師側も、医師の招聘にコストを割こうとしてこなかった。そのためスポーツ医として活動したくても大半がボランティアなので収入が安定せず、本業にすることができないのが実情。結果として片手間にせざるを得ず、スポーツ医が育たない環境になってしまっている」

 事実、C医師は過去に「報酬は出せないけれど、△△世界大会の決勝のフィールドにいられるんです。参加したいでしょう?」という勧誘を受けたことが何度もあるという。

 さらにC医師はこうも言う。

「たとえばマラソンなら循環器系、格闘技なら外傷など、競技ごとに起き得るアクシデントは異なり、そこに医師の専門性が求められて然るべき。なのにそうした条件を提示することなく『医師』という括りだけで募集するのもおかしな話。せめて『外科系△人、内科系△人』と募集要項に明示し、必要なコストを支払うことで医師にしっかりと責任と役割を与えるべき」

©Getty Images

 たしかに現状は、ボクシングのリングドクターが糖尿病の専門医でも、ラグビーのグラウンドドクターが精神科医でもOKだ。条件は「医師であること」と「無報酬に納得していること」だからなのだが、それは本当にアスリートファーストなのだろうか。

 ならばその報酬はどれくらいが妥当なのだろう。

「病院勤務の報酬と同等であるべき。医師の平均収入を勤務日数で割れば算出できる」(C医師)

「1日の拘束で5〜10万円程度」(D医師)

浮き彫りになった「スポーツ医が育たない現状」

 いずれにしても、今回東京五輪が開催されるとしても、とりあえず医師は集まったようなのでひと安心だ。しかし、今後のスポーツイベントを考えるうえで、「医師との関係」は少し真剣に考える必要がありそうだ。

 現状は、「自分も学生時代にその競技をやっていたから」とか、「元々その競技のファンだったから」といった理由で、“お手伝い”として、手弁当で参加しているケースが圧倒的に多いスポーツドクター。そんな医師の厚意に甘えてばかりいたのでは、競技者も医師も育たないような気がするのだが……。

文=長田昭二

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