ドイツはすでに2020-21シーズンのブンデスリーガおよびUEFAチャンピオンズリーグ、UEFAヨーロッパリーグなどの各種大会が終了し、各種話題は一旦小休止しています。

 それでも今シーズンはかつてない特徴的アクションが見られたため、ブンデスリーガに所属する各クラブはその対処と、来シーズンへの準備に追われています。

上位8チームのうち7クラブが監督交代することに

 特徴的なことの最たるものは、指揮官の“スライド移籍”に他なりません。“スライド移籍”なる言葉は筆者の造語ですが、今季ブンデスリーガ1部に所属したクラブのうち、実に9クラブの指揮官交代がすでに発表されており、そのうちの4人が他クラブの指揮を執るというのですから尋常ではありません。

王者バイエルンをはじめ、上位8チーム中7チームで監督が交代となった©Getty Images

 現在正式に次期監督を発表しているのは以下の9クラブです。(カッコ内は今季の順位/現監督→来季監督。※は今季まで別のブンデスリーガ1部チームを率いていた監督)。

・バイエルン(1位/ハンス・フリック→ユリアン・ナーゲルスマン※)

・RBライプツィヒ(2位/ユリアン・ナーゲルスマン→ジェシー・マーシュ)

・ドルトムント(3位/エディン・テルジッチ→マルコ・ローゼ※)

・ヴォルフスブルク(4位/オリバー・グラスナー→マルク・ファンボメル)

・フランクフルト(5位/アディ・ヒュッター→オリバー・グラスナー※)

・レバークーゼン(6位/ハネス・ボルフ→ジェラルド・セオアネ)

・ボルシアMG(8位/マルコ・ローゼ→アディ・ヒュッター※)

・ケルン(16位/フリートヘルム・フンケル→シュテッフェン・バウムガルト)

・ブレーメン(17位/トーマス・シャーフ→マルクス・アンファング)

 興味深いのは2020-21シーズンの上位8チームのうち、7クラブが監督交代すること。指揮官が代わらないのはウニオン・ベルリン(7位)のウルス・フィッシャー監督のみ。注目すべきはその中の4クラブが昨季まで他のブンデスリーガチームを率いていた指揮官を招聘する点です。

フランクフルトではヒュッターに対する辛辣な評価が

“スライド移籍”の引き金を引いたのはドルトムントでした。2月15日に、ボルシアMGを率いていたローゼ監督の来季指揮官内定を発表しました。

 続いてローゼ監督の離任が発表されたボルシアMGが動き、4月13日にフランクフルトのヒュッター監督を来季指揮官に指名しました。しかし、こちらはフランクフルトが来季のCL出場権獲得を目指す上位争いを繰り広げていた時期だったため、深刻なハレーションを引き起こしました。

 その報が伝えられた直後の4月17日、第29節ボルシアMG対フランクフルトは0−4でフランクフルトが敗れました。当事者同士のマッチアップとあって様々な議論が起こり、その後も余波は続き、結局ヒュッター監督の離任が明らかになって以降フランクフルトは2勝1分3敗の成績で5位に転落。来季EL出場権を獲得するに留まりました。

ローゼをドルトムントに引き抜かれたボルシアMGはフランクフルトのヒュッターを新監督に指名©Getty Images

 筆者はフランクフルトに住んでいるため、ヒュッター監督に対する地元の辛辣な評価を目の当たりにしてきました。地元紙は軒並み終盤の低調を指揮官の振る舞いにあると断じ続けましたし、この街に住む地元サポーターで弁護士でもあるドイツ人の友だちは憤りを露わに、こんな愚痴を言っていました。

「シーズン中に、メンヘングラッドバッハやヒュッターが来季の去就を発表するなんてズルくない? これって、訴えることってできないのかなぁ? 教えてくれない?」

「訴訟関連はあなたの本業では?」と思いましたが、そこはビジネスと趣味をすみ分けて考える聡明な友だちなので、こちらも無感情の笑顔を返しておきました。それでもやはりサポーターは今回の指揮官の“勇み足”に納得がいかない様子です。

「コロナ禍が明けてスタジアムで観戦できるようになったら、メンヘングラッドバッハの監督として来たヒュッターに、ありったけの力でブーイン……」

 友人がイリーガルなことを口にし始めたので、このあたりでヒュッター監督に関する話題は止めておこうと思います。

バイエルンは約33億円を投じてナーゲルスマンを引き抜く

 4月27日には、バイエルンのフリック監督の契約解除が明らかになりました。フリック監督は4月13日のCL準々決勝パリ・サンジェルマン戦で敗退した直後にクラブを離れる意向を口にしており、クラブは指揮官の希望に沿う形で当初2023年6月30日までだった契約を2021年6月30日に解除することで合意しました。フリック監督はヨアヒム・レーブ監督の後を引き継いでドイツ代表を率いることが決定しています。

 バイエルンはそれと同時にライプツィヒを率いていたナーゲルスマン監督の来季就任を発表しました。現地メディアによると、バイエルンは契約解除金として2500万ユーロ(約33億円)を投じてナーゲルスマン監督を引き抜き、2026年6月30日までの5年契約を締結したそうです。

 ナーゲルスマン監督は、ミュンヘンの中心から約60キロ西にあるランツベルク・アム・レヒという街の出身で、幼少期からバイエルンのファンだったそうですが、自身は同じく近郊都市アウクスブルクのジュニアユースを経て1860ミュンヘンのU-17チームに在籍し、20歳の時に膝の負傷で現役生活を終えています。

 その後、ナーゲルスマン監督は幾つかのコーチ経験を経て、28歳のときにブンデスリーガ史上最年少監督としてホッフェンハイムの指揮官に就任。そして、昨シーズンからライプツィヒを率いていました。つまり、ナーゲルスマン監督は長く切望していたバイエルンとの結びつきをようやく果たしたわけです。

 4月29日にライプツィヒがマーシュ監督、5月19日にレバークーゼンがセオアネ監督の就任を発表しましたが、アイントラハトはなしのつぶて……。ラルフ・ラングニック(前ライプツィヒ監督)、ロガー・シュミット(現PSV監督)、ラウール・ゴンサレス(現レアル・マドリーB監督)などが次期監督候補として取り沙汰されていましたが、5月26日にようやくヴォルフスブルクを率いていたグラスナー監督の就任を明らかにしました。そして、“当事者”で最も遅く来季指揮官が決まったのは、そのヴォルフスブルク。6月2日にファンボメル監督の就任を発表しています。

ヴォルフスブルクの新監督に就任したのは元オランダ代表のファンボメルだ©Getty Images

 現役時代にオランダ代表としても活躍したファンボメル監督は、2019-20シーズン途中までPSVを率いて以来2シーズンぶりの現場復帰となります。

3シーズン連続でドイツ人監督が率いるクラブが欧州王者に

 このように、ドイツで指揮官の国内クラブ間移動が活発なのは何故なのか?

 その要因の1つとして、ヨーロッパ全体でドイツ人指揮官への評価が高まっている点が挙げられます。

 今季CLを制したのはトーマス・トゥヘル監督が率いるチェルシー(イングランド)で、昨季王者はフリック体制のバイエルン、一昨季はユルゲン・クロップ監督のリバプール(イングランド)と、実に3シーズン連続でドイツ人指揮官が率いるクラブがヨーロッパのクラブ王者に就いています。

 ただ、おそらくドイツで指揮を執る監督の素養で最も重要視されるのは言語の問題だと思われます。ドイツにおいてチーム単位で活動する際は、やはり母国語であるドイツ語が最も円滑にコミュニケートする手段になります。

 日本人ブンデスリーガーたちも、大半はドイツ語で指導を受けていて、中には英語でのコミュニケーションを禁止するクラブもあるほどです。

来季のブンデスで指揮する監督は全員がドイツ語を駆使

 2021-22シーズンのブンデスリーガ1部クラブ監督の国籍を整理すると、ドイツ9人、オーストリアとスイスとアメリカが各2人、そしてオランダとハンガリーとデンマークが各1人の計18人となっています。

 ドイツ、オーストリア、スイスの3カ国がドイツ語圏です。アメリカ人のペルグリノ・マタラッツォ監督(シュツットガルト)は母国の大学卒業後ドイツへ渡り長く現役生活を続けました。マーシュ監督(ライプツィヒ)も、ライプツィヒでコーチを務めており、レッドブル・ザルツブルク(オーストリア)で監督経験もあるためドイツ語が堪能。ハンガリー人のパル・ダルダイ監督(ヘルタ・ベルリン)もドイツでの生活が長く、デンマーク人のボー・スベンソン監督(マインツ)も、現役時代はマインツで長くプレーし、引退後はマインツのアカデミー、オーストリアのリーファリングで指揮を執っていました。

 唯一オランダ人のファンボメル監督(ヴォルフスブルク)はドイツ語のエキスパートではないとも思いましたが、彼がまだ現役だった8年ほど前にドイツサッカー連盟が実施したインタビューで、本人がこう語っていた資料を発見しました。

「僕が育ったドイツ国境近くのマースブラハトという街ではドイツのTVが放送されていて、それをよく観ていた。学校でもドイツ語を習っていたから、2006年にバイエルンに移籍加入したときには、すでにドイツ語を話せたんだ」

 ファンボメル監督は2006年の8月からバイエルンで約4年半プレーしており、こちらもドイツ語は堪能なようです。つまり、来季ブンデスリーガで指揮する監督は全員がドイツ語を駆使できることになります。

7人もの指揮官が、いわゆる“ラングニック派”

 もう1点。来季のブンデスリーガクラブを率いる指揮官の何人かは、ある人物との相関関係があります。

 その人物とは、“教授(プロフェッサー)”と称され、幾多のブンデスリーガチームを率い、近年レッドブル・ザルツブルクとライプツィヒの統括スポーツディレクターとして影響力を発揮したラングニックです。ラングニックはフィジカルとスピードを前面に押し出した『パワーフットボール』を提唱し、クロップと並んで『ゲーゲンプレッシング』の生みの親として知られる稀代の戦術家です。

近年のブンデスリーガに大きな影響力を与えるラングニックに師事した監督は7人を数える©Getty Images

 以下が、ラングニックに師事して指導者としてのキャリアを積み上げた監督です。

・ナーゲルスマン(2019-21ライプツィヒ監督)

・マーシュ(2019-21レッドブル・ザルツブルク監督)

・ローゼ(2017-19レッドブル・ザルツブルク監督)

・グラスナー(2012-14レッドブル・ザルツブルク・コーチ)

・ヒュッター(2014-15レッドブル・ザルツブルク監督)

・フランク・クラマー(2019-20レッドブル・ザルツブルク・ユース監督)

・セバスティアン・ヘーネス(2014-17ライプツィヒ・ユース監督)

 実に7人もの指揮官が、いわゆる“ラングニック派”として、その実力を内外に示しているのです。

 裏に潜む確かな“潮流”。これは来る2021-22シーズンにおけるブンデスリーガの重要なファクターになりそうです。

文=島崎英純

photograph by Getty Images