「こうして最終メンバーに選んでいただいて、まだまだ実感が湧かなくて……でも嬉しい気持ちで、あっという間でした」

 6月18日、なでしこジャパンの東京オリンピック登録メンバー18人が発表された2時間後、初選出となった三菱重工浦和レッズレディース(以下・浦和)MF塩越柚歩(しおこし・ゆずほ)はそう語った。

 その8日前、国際親善試合・ウクライナ女子代表戦で代表初出場・初スタメンながら塩越は2得点1アシストを挙げ、猛アピールを見せる。彗星のごとく現れた新星の選出に「持っている選手」「ラッキーガール」と様々なフレーズで紹介された。

 塩越は埼玉県川越市出身で、今年24歳になる。2010年に浦和レッズレディースジュニアユースに加入し、浦和レッズレディースユースを経て16年に昇格した生え抜きである。

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 当初から基本的な技術の高さに定評があり、独特の間(ま)のあるドリブル、そして正確にコースを突くシュートを持ち味とする。さらに前線、中盤、サイドバックとどこでもこなせるユーティリティプレイヤーでもある。

 冒頭にある塩越の「あっという間でした」という言葉。

 これはどの時点を基準とするのか。それは2019年12月の皇后杯に遡る。そして、この1年半は塩越に足りなかったモノを培う時間となっていた。

2019年、ベンチにすら入れない時期が続いたが

 19年シーズン、塩越は膝の手術のリハビリに費やし、スタメンはおろかベンチにも入れない苦しい状況が続いた。

 ようやくピッチに立ったのはシーズン半ばを過ぎたリーグ10節・日体大FIELDS横浜戦(8月31日)。出場はしたものの、その後もベンチが続き、初めて先発フル出場したのがリーグ最終節のジェフユナイテッド市原・千葉レディース戦(11月2日)だった。

 この年、浦和はリーグ2位となったが、塩越はチームの力になれないまま、シーズンが終わろうとしていた。

 このとき塩越は決意する。

「皇后杯にぶつけよう」

 この思いが大きな転機となった。

無敗のINAC神戸相手に輝いた

 皇后杯2回戦・常盤木学園高校戦で先発した塩越は1ゴールをマークすると、続く3回戦と準々決勝でスタメン起用された。

 そして準決勝。相手はこの年リーグ・カップ4戦全敗のINAC神戸レオネッサ。決勝進出への大一番で塩越が輝いた。

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 トップ下から左右両サイドと3つのポジションを回遊しながら、ここぞの場面ではゴール前でドリブルを仕掛ける。そして、正確なクロスと味方に優しいスルーパスを繰り出す。その動きは、まさに機を見るに敏だった。

 さらにセットプレーでは何度も得点の予感を抱かせるボールを放つ。2−2で迎えた77分、左コーナーキックからDF南萌華の決勝弾をアシスト。逆転勝利に導いた。

「チームの雰囲気が良かったのと自分自身、ボールフィーリングが良く、そのことが得点につながりました。みんな最後まで頑張ったおかげで生まれた結果です」

 試合後のミックスゾーンで塩越のクールな表情から笑みがこぼれた。

「自分がというより、みんなで穴埋めを」

 加えて、塩越の躍動ぶりには森栄次監督(現:総監督)の敷くサッカーとの親和性の高さがあった。

 森監督のサッカーは、フィールドプレイヤー全員が試合の流れ、状況を見て共有しながら、攻守において支え合う相互補完型のスタイルである。そこで塩越のユーティリティ性がいかんなく発揮されたのだ。

「森監督のサッカーがみんなに定着しつつあるのと、自分の持つサッカーが森監督のパスサッカーにフィットしていることはもちろんあります。みんながみんな流動的に動く、これがいまのサッカーで、森監督はそのポジションに誰かがいればいい、ポジションにこだわらないサッカー。自分がというより、みんなで穴埋めをしています」

 塩越はこう熱っぽく話していたことがある。

2020年、主力へと躍り出てチームも優勝

 そして2020年、塩越は開幕・千葉戦、2節・アルビレックス新潟レディース戦は途中出場も3節から最終節までの16試合に先発出場。主に4−2−3−1の左サイドを主戦場に18試合すべての試合に出場し3ゴール。堂々たる主力に躍り出た。

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「やりたいポジションも森監督になり、やらせてもらい、みんなが生き生きとプレーでき、自分もサッカーを楽しいなと思えるシーズンだった。楽しむという部分が結果につながっているなと思う」

 この言葉通り、塩越は充実したシーズンを過ごし、チームもリーグ優勝を遂げた。

なでしこに招集された塩越に足りなかったもの

 そしてリーグ終盤の10月中旬、塩越はなでしこジャパントレーニングキャンプに初招集された。選考理由を高倉麻子監督は「止める・蹴るがしっかりしていてミスが少ない」と技術の高さを評価した。

 テクニックはある。どのポジションもこなせるクレバーさもある。そんな塩越に足りなかったもの、それは自分に対する肯定感、信頼感、自信だといえる。それでも――。

 19年、失意のなか、皇后杯で活躍した自信。

 20年、レギュラーとしてリーグ優勝に貢献した自信。

 そして初めてなでしこジャパンに招集された自信。

 その1試合1試合、シーズン、そしてチーム、代表とそれぞれの段階を踏みながら、自信を培った時間が、塩越を強くしていた。

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 ただ、この程度の自信ならば、最終メンバーには選ばれなかったろう。塩越もその点を感じていた。

「どうしてもほかの代表メンバーに比べ、自分にはそこまでの自信はなかったです。前回の親善試合に1試合も出られず、“今回で代表を外れるかもしれない”と思っていました。ただ毎回、呼んでもらうなか、自信がついてきました」

 本大会を想定した親善試合には出られないものの、毎回、招集はされる。このとき高倉監督は塩越のどの点を見ていたのか?

 そのヒントはウクライナ女子代表戦後、高倉監督が語った塩越評にある。

「積極的にプレーすること、貪欲にシュートを狙ってほしいということも言っていた」

 高倉監督の指す積極性とは、自信に裏打ちされたプレーを意味していると考えられる。おそらく初招集時点では、塩越が代表を背負って戦う自信を持ち合わせず、いまひとつ自分の殻を破れない印象だったかもしれない。

 つまり高倉監督は塩越のプレー、特長を評価しつつ、自信の萌芽を、そして気持ちの変化をじっくり待っていたのかもしれない。それはあたかも、ほかの果実に比べ、実になるのが、倍以上の時間がかかる "柚子"のように。

「ウクライナ代表戦で自分に自信がついたのがわかりました。そうしたなかで、試合に使ってもらいたい、結果を残したいという欲がうまれてきました」と塩越。

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 うまいだけではない。多くのポジションをこなせるだけではない。

 責任と覚悟をその身に背負ってもなお、いまの塩越は自信をもってプレーできる。そう判断したからこそ選ばれたのだ。

アカデミー時代から意識していることとは

 塩越はアカデミー時代から意識し、続けていることがある。

 それは「試合中、そしてピッチを離れてもボールをできるだけ多く触ること」。

「なるべくボールに関わるように指導者のかたから言われてきた。その方が自分の良さも出てくるし、どんどん触ることで自分のコンディションもあがってくる」

 触って、捌いて、仕掛けて、打つ。そんな塩越の姿がオリンピックで見られれば、なでしこジャパンがさらに活性化されるはず――。

 名前にある柚歩(ゆずほ)。

 柚子の花言葉を調べると「健康美」「けがれなき人」そして「恋のためいき」。

 塩越柚歩が見るものすべてを魅了する、そんな夏になりそうだ。

文=佐藤亮太

photograph by JFA/AFLO