日本は生理の発展途上国と言われ、特にスポーツ界では「当たり前のことだから仕方ない」と苦痛や不便、無月経を我慢・放置する環境が続いてきた。いま、知識不足が招く危険を経験したアスリート達が、警鐘を鳴らし始めている(週刊文春WOMAN vol.10〔2021年 夏号〕より抜粋)。

 女性への質問にいわゆる禁句は少なくないが、おそらく最たるタブーが生理だ。健康なら誰しもあって当然なのだが、滅多に「私の場合は」と口にすることはない。ところが近年、タブー視されてきた生理がスポーツ界で幾度となく話題に上がる。陸上競技1万mで東京五輸出場が内定した新谷仁美選手がレース直後に「今日は生理なので」と発言するなど、選手自ら発信する機会が増えたことも理由の1つだ。

生理と重なった五輪

 多くのアスリートが生理を語り始めた中、先駆け的存在と言えるのが元競泳日本代表、現在は「スポーツを止めるな」理事で「1252プロジェクト」リーダーを務める伊藤華英さんだろう。現役引退から5年後の2017年に自ら執筆した記事で、アスリートの生理と競技の関係について触れた。「選手としては大変なのも“当たり前”と捉えていたのであれほど話題になると思わなかった」と笑うが、伊藤さんにも生理にまつわる苦い経験がある。

 日本選手権の100m背泳ぎで59秒83の日本新記録を打ち立て、初出場した08年の北京五輸。本番の日程が月経周期と重なるため、選考会を終えた直後の4月からピルを飲み、生理をずらそうと試みたが、体重増加など副作用も生じ、五輪本番の結果は100mで8位、200mで12位に終わった。

「当時はピルに対する知識もなく、服用したのも初めて。もっと前からトライしていれば、自分に合うピルを見つけ、生理の周期だけでなくPMS(月経前症候群)や痛みを和らげたり、副作用があるならピルを飲まずに臨む決断もできたはず。知っていればもっとできたんじゃないか、という後悔がありました」

「すぐ病院に行かなければダメ」

 今だから話れる失敗談だが、現役時代は目標に向け厳しい鍛錬は当たり前。痛みや周期の乱れがあっても「生理だから仕方ない」と放置されることも多く、特に深刻なのが無月経だ。

 前述の新谷選手に代表される陸上競技の長距離選手や、新体操など審美系競技選手と同様に、過度な減量で無月経に苦しんだのが小原日登美さん。12年のロンドン五輪レスリング48kg級金メダリストである小原さんは10代の頃から生理不順や無月経に悩まされていた。

「中学1年で初潮が来たのですが、生理の周期はいつも不規則。高校に入る頃には“もっと体を絞れば強くなれる”と過度な減量もしてしまい、数か月生理が止まるのは当たり前でした」

 心配した母親から「すぐ病院に行かなければダメ」と促され婦人科を受診すると、排卵が起きていないため「将来妊娠を希望してもできないかもしれない」と告げられ、通常の生理を起こすべく、ホルモン剤などを服用した。20歳を過ぎて体脂肪率が20%を超え始めると自然に生理が来るようになったが、長くは続かない。

レスリング現役時代の小原日登美さん

無月経でとった金メダル

 そもそも小原さんの現役時代、世界選手権で7階級が実施されるのに対し、五輸は4階級。51kg級で6度世界を制した絶対王者の小原さんも、五輸には48kg級で出場しなければならなかった。食事量を調節して減量しながらも、パワーを維持するべく筋肉量は増やした結果、体脂肪率は1ケタに。鋼のような体で強さを発揮する一方、ロンドン五輸の1年前から生理は完全に止まっていた。

「オリンピック前に病院へ行ったら『ホルモンの数値が閉経した状態です』と言われました。妊娠を望んでも難しいかもしれないと不安に思ったけれど、今ホルモンを補充したら体重が増えるし、競技に影響が生じる。オリンピックで金メダルを獲ることがすべてだったので、他の選択肢はない。レスリングを辞めて、体重が増えれば生理も戻るだろうから、今はこの(無月経の)ままでいい、としか考えていませんでした」

 ロンドン五輪で念願だった金メダルを獲得し、引退後に治療を開始。塗り薬や服薬でホルモンを補充したり、排卵誘発剤で排卵を促すも、生理はなかなか戻らなかった。「金メダルのためにやってきたことが間違いだったんじゃないか」と悔やみ、妊娠を諦めかけたこともあったが、14年に長男、16年に長女が誕生。二児の母となった今、改めて「知ること」の重要性を説く。

ロンドン五輪決勝直後に泣き崩れた小原さん ©JMPA

「今は(トップアスリ―トがトレーニングを行う)国立スポーツ科学センターに婦人科の先生もいます。当時の自分にもっと知識があれば、生理を止めずに減量する方法もあったはず。将来はもちろん健康面から考えても、私のように生理が止まることを放っておくのではなく、医師に相談するなど、ベストな方法を見つけてほしいです」

 現役選手時の無月経や生理不順を軽視すれば、時に人生設計すら脅かす。前述の小原さんのように将来の妊娠、出産を望むなら生理は不可欠要素であるのは言うまでもないが、重々理解したうえであえて「止めた」選手もいる。女子サッカーなでしこリーグー部のスフィーダ世田谷のMF、下山田志帆選手だ。

 19年に同性のパートナーがいることを公表し、LGBTQの当事者であることをカミングアウトした。

※記事全文では、下山田選手のインタビューと「生理のつらさは正直わからない」と語るスフィーダ世田谷の男性指導者・川邊健一さんのコメントが掲載されています。全文は発売中の「週刊文春WOMAN vol.10(2021年 夏号)」にて掲載。

文=田中夕子

photograph by JMPA