MLB機構が、6月21日から投手の不正使用が疑われる粘着物質の取り締まりを強化した。一部の投手がボールの回転数を上げるなどの目的で粘着性の高い物質を使用している疑惑が広まったためで、先発、救援にかかわらず、イニング間などに審判団がチェックするようになった。

 27日にシカゴで行われた「ホワイトソックス―マリナーズ戦」では、マリナーズの左腕ヘクター・サンティアゴが交代時にチェックを受けた際、グラブに粘着物が付着していたとして、取り締まり強化後、初めての退場処分を下される。疑惑とされたグラブは即座にビニール袋に入れて機構本部のあるニューヨークへ郵送され、専門家による検査に回された。

 当日のシカゴ地方は、気温が30度近く、湿度は約85%。汗が流れ落ちるような気候だった。処分を受けたサンティアゴは、試合後、きっぱりと潔白を主張した。

「ロジン以外は使っていない。汗とロジンが混ざってねばねばしただけだ」

 スコット・サービス監督も「我々は正しいことをしているし、ルールに従っている」と正当性を訴えた。

 だが、2日後の29日、機構側はサンティアゴに対し、10日間の出場停止処分を科すと発表した。同投手はただちにアピール(異議申し立て)を行ったが、どのような検査結果が出てきても処分第1号となった事実に変わりはない。 

滑るボールがゆえの「暗黙の了解」

 そもそも、日本よりも格段に滑る公式球を使用してきたメジャーでは、長年、各投手の滑り止め対策は「暗黙の了解」となっていた。松ヤニのように粘着性の高い物質は回転数や変化量に大きな影響を与えるため、NGとされてきたが、日常生活で使用するスキンケア用のクリームなどは許容範囲内というのが共通認識だった。そもそも、野球規則で認められているロジンバッグも米国製のものは質が悪く、本来果たすべき滑り止め対策としての効果はほとんどないと言われているほどだ。

 それだけに、多くの投手が、日焼け止めクリームやシェービングクリーム、保湿クリームなど、自分に合ったものを事前に調合し、滑り防止のための対策を講じてきた。そうでもしない限り、球がスッポ抜けて制球が定まらず、四球だけでなく、死球が激増して、荒れた試合が頻出する事態になっていたに違いない。

 その一方で、今回、機構側がこれまでの「暗黙の了解」のグレーゾーンに足を踏み入れた裏側に、これ以上、看過できない部分があった事実も否定できない。特に、問題視されているのが、「スパイダー・タック」と呼ばれる強力な滑り止めで、本来は主にウェートリフティングなど筋力系の競技で使用されていたものが、近年、急速に広まった事情が背景にある。

 指や手のひらに付けると、球が落下しないほどの強力な粘着力があり、これを使用して投球すると、回転数や変化量が大幅に増加すると言われる。「投高打低」対策というだけでなく、不正がはびこることへの抵抗感からも、歯止めをかける目的があったと言っていい。

これが「スパイダー・タック」の実物。まるでボンドのごとき質感だ ©Getty Images

 今回の対策強化を受け、日焼け止めクリームの使用をやめたレイズのタイラー・グラスノーは、直後の登板で好投したものの、右肘を故障。現時点でトミー・ジョン手術は回避する方向だが、長期離脱を余儀なくされた。

「球をより深く握らなくてはいけないし、2倍くらい強く握る必要があった。これまでやってきたことを変えなくてはならず、間違いなく、このせいでケガをしたと思う」

 オフシーズンから準備できていれば、選手ごとに対策は可能だっただろう。グラスノーに限らず、シーズン途中に突然、規制強化に着手したことへの抵抗感は少なくない。

投手たちが抱く不信感

「暗黙の了解」があるうえで、規制強化に踏み切ったことについて、パドレスのダルビッシュ有は「どうしても度を超す人間が出てくる」と、不正物質が広がっている現状を指摘する。その一方で、過去に「飛ぶボール」を使用したこともある機構側の曖昧な姿勢に関して、「球を替える方が先。急に立場を変えたと感じます」と不信感を隠そうとはしない。

 来季以降も、毎試合、全投手のチェックを義務づけるのか。

 それとも、ボール自体を替えるべきなのか。実現可能かはともかく、日本製のボールを公式球にするという案が、関係者の間では真剣に検討されているとも言われる。

 いずれにしても、不正物質に関する論議は、依然として明確な方向性が見えていない。

文=四竈衛

photograph by AFLO