雑誌「Sports Graphic Number」と「NumberWeb」に掲載された記事のなかから、トップアスリートや指導者たちの「名言」を紹介します。今回は今季限りでの引退が発表された松坂大輔と「松坂世代」にまつわる5つの言葉です。

<名言1>
僕は同世代の選手たちがどんなに活躍しても、霞んで見えないくらい先に行くつもり。
(松坂大輔/Number577号 2003年5月29日発売)

◇解説◇
 和田毅、杉内俊哉、村田修一、藤川球児……松坂と同学年の彼らは“松坂世代”と称されていた。「僕の名前なんかつけられて、迷惑と思っているヤツもいるんじゃないかなあ……」と奥ゆかしい松坂だが、ライバルには絶対に負けないという強い気持ちも垣間見せていた。

西武時代の松坂©Hideki Sugiyama

 1980年度生まれの「松坂世代」。実はこれまで2000安打、200勝の名球会入会条件を満たした選手はいない。前述した4人をはじめ、長年にわたって各球団の主力を務めた選手は多かったが、ケガや新世代とのポジション争いによって、1人、また1人とユニフォームを脱いでいったのだ。それでも「霞んで見えないくらい先に行くつもり」と語った松坂は日米通算170勝。2位の和田(147勝/7月6日時点)に大きく差をつけている。

松坂の苦しさは他の人とは全く違う

2009年WBCの藤川と松坂©Naoya Sanuki

<名言2>
自分も苦しい。でも、松坂の苦しさは他の人とは全く違う。今はそれも共有できている。同志ですね。
(藤川球児/Number926号 2017年4月26日発売)

◇解説◇
 1998年のドラフト会議で、藤川は松坂大輔とともに高校生投手としてドラフト1位で阪神に入団。「松坂は天才で、デビューの頃から凄かった」と自分との差の大きさを痛感していた。

 それでも藤川は、やがて代名詞ともなる「火の玉ストレート」を磨き上げ、阪神リリーフ陣の柱として長年活躍。日米通算245セーブ、164ホールドという偉大な成績を積み上げた。

「時代の流れに抗う、戦う。体が苦しくても諦めない」

 松坂世代のトップランナーの1人としてのプライドが、藤川を支えていた。

松坂がいたからこそ、僕もここまで……

<名言3>
松坂がいたから僕もここまで来れたのかな、とは思いますね。
(杉内俊哉/Number577号 2003年5月29日発売)

◇解説◇
 高校時代から幾度となく戦ってきた同世代のライバル・松坂大輔を、杉内はこう表現した。甲子園で投げ合った2人は、2000年代にそれぞれソフトバンク(ダイエー)と西武のエースとしてもしのぎを削り、WBCの舞台では共闘した。岩隈久志、ダルビッシュ有、田中将大、大谷翔平らに続く“パ・リーグの大エース”の系譜を担っていたのだ。

2009年WBCのひとコマ©Naoya Sanuki

 そんな松坂と杉内は、30代に入るとケガに苦しんだ。2015年、日本球界に復帰した松坂はけっきょく一度も登板できずにシーズンを終え、巨人の杉内もまたほとんど仕事ができず、オフの契約更改では4億円もの減給を受け入れた。それでも「松坂世代」のふたりは、ふたたび輝きを取り戻そうと必死に野球と向き合っていた。

<名言4>
いわゆる松坂世代、投手は大輔、野手は村田と言われるようになりたいですね。
(村田修一/Number659号 2006年8月10日発売)

ベイスターズ時代の若き村田修一©Sports Graphic Number

◇解説◇
 村田は東福岡高校時代は投手として甲子園に出場したが、日本大学に進学後は野手に転向した。その理由は松坂大輔にあったと村田は言う。

「大輔の投げる球を見て、自分は投手から野手へ転向しようと決めたわけですし……」

 DeNA、巨人のスラッガーとして活躍した村田は、通算360本塁打、1865安打と松坂世代の野手としてプロの舞台で最も実績を残した。良きライバルの存在が成長の原動力となった好例だろう。

夏の甲子園であきらめないことを教えてもらった

<名言5>
単純で難しいことですけど、夏の甲子園で最後まであきらめないことを教えてもらいました。
(松坂大輔/Number858号 2014年7月31日発売)

◇解説◇
 横浜高校のエースとして、1998年に春夏連覇を成し遂げた松坂は「あの時間は特別でしたし、あの場所が特別だったという想いは、時間が経つほど強くなりますね」と振り返った。

 鹿児島実のノーヒッター杉内を自らの本塁打で攻略して完封勝ち、PL学園と延長17回死闘、リリーフで甲子園の空気を一変させて劇的サヨナラを導いた明徳義塾戦、そして決勝・京都成章戦でのノーヒットノーラン……どれか1試合でも語り継がれるだろう“名勝負”を松坂は毎試合のように起こした。

1998年夏の甲子園©Hideki Sugiyama

 そんなヒーローに導かれるように、他の選手たちも触発されて――「松坂世代」が形成されていったのだ。

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文=NumberWeb編集部

photograph by Hideki Sugiyama