「やっぱりイチローさんの出てる試合かなとは思いますね。そこメインで、みんな見ていたと思いますし。数多く映る場面が多かったので。ちょうど野球がやっぱり一番楽しい時期だったと思いますし、見ていたかなと思います」

 球宴出場正式決定後、MLBオールスターについて聞かれた際の大谷翔平の言葉だ。間違いなく、今年はその主役を務めるのはホームランダービーも含め大谷だろう。

 だが、あらためて思った。新人の時から10年連続で選出されていたイチローさんの記録がどれほど重いものなのか。継続こそ最高の勲章であろう。

ファンの度肝を抜く本塁打連発の打撃練習

 忘れられないシーンがある。01年、イチローさんが初出場を果たした際のことだ。正直、球宴の試合よりも強烈な印象が残っている。前日の公開打撃練習のことだった。

 ご存知のように、米国の球宴では前日にホームランダービーが行われる。そのチケットを購入したファンは、その前に行われる両リーグ選手の打撃練習も観戦することができる。客席はいつも満員。ファンの熱気は本番さながらだ。

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 01年は地元シアトルでの開催。両リーグ断トツの337万票を集めて初選出されたイチローさんはファンへの恩返しをした。それが打撃練習だった。

 全米でセンセーショナルなデビューを果たし、球宴前に残した打率は.345。毎試合のようにヒットを2本、3本と放つイチローさんのイメージはスピードスターであり安打製造機だった。

 ファンはイチローさんが日々、打撃練習で本塁打を連発している姿を知らなかった。球場入りを許される開門前に練習が終わってしまうからだ。

衝撃のランニングホームラン

 そんな中、ワンマンショーは始まった。甲高い音とともに放たれる打球は高い放物線を描き、そのほとんどが右翼スタンドへ吸い込まれる。2階席にまで飛んでいく特大弾も連発した。公式戦でのパフォーマンスとはまるで違う姿にファンは度肝を抜かれ、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せていた。どよめくスタンドをよそにイチローさんは実に楽しそう。イチローさんらしい、ファンへの恩返しだった。

 本番での強烈な印象は、07年にサンフランシスコで行われた78回目の球宴だ。

「1番・中堅」で出場し、3打数3安打1本塁打。MLB球宴史上初のランニングホームランでMVPとなった。

 AT&Tパーク(当時の球場名)は右翼フェンスの形状が歪でクッションボールの処理が難しいことで知られている。5回にイチローさんが放った右中間最深部のフェンスを直撃した打球は思いもよらぬ右翼ポール方向へ跳ねた。右翼手ケン・グリフィーJr.も対応できずイチローさんは悠々とホームを駆け抜けた。

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 試合後、イチローさんに聞いた。

「あんな打球の跳ね方は想像もつかない。野球の神様が微笑んだんでしょうか?」

 イチローさんは笑い飛ばしながら答えた。

「神様のことを僕に聞かれてもねぇ。神様のことは神様に聞いてくださいよ(笑)」

 ランニングホームランは意外にも自身初。それが夢の球宴。しかもMVP。野球の神様は微笑んだ。

突然やってきた“超絶VIP”にイチローもびっくり

 09年のオールスターでは、もうひとつ忘れられないシーンがある。試合前のクラブハウスでのことだ。

 AT&Tパークのクラブハウスでは、いつもイチローさんのロッカーは入り口の左側のコーナーだった。マリナーズ時代もマーリンズ時代も球宴でも同じ場所が用意されるところがメジャーリーグらしい。その席へイチローさんを訪ね、手を差し伸べてきた人物がいた。第44代大統領就任後のバラク・オバマ氏だった。

 米国のテレビ中継局が試合前の映像として流したものだったが、突然に訪れた超VIPにイチローさんもびっくり。黒Tシャツと赤短パンという超ラフなスタイルで直立不動で挨拶。緊張する姿が笑えたが、イチローさんは機転をきかせた。おもむろにボールを取り出しサインをおねだり。快く応じてくれた大統領を横にイチローさんが恐縮する姿は筆者自身の球宴ベスト・シーンでもある。

オバマ氏の突然の訪問に、恐縮ぎみのイチロー ©Getty Images

実現寸前まで行った“幻のホームランダービー出場”

 これまでにも報道されたことではあるが、イチローさんは何度もホームランダービーの出場を打診されてきた。直近では現役のまま球団会長付き特別補佐に就任し、5月からプレーをしていなかった18年。首脳陣から推薦された。中でも08年は実現寸前まで行った。

 この年限りでの取り壊しが決まっていた旧ヤンキースタジアムでの球宴。イチローさんはこの球場が敵地でありながら大好きだった。出場へ意気込んでいたが、前半戦終了間際の試合で本塁に滑り込んだ際に左手薬指を負傷。幻と消えた過去がある。たら、ればを言っても始まらないが、出場していれば、と思うのは誰もが同じだろう。

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 今年の球宴は91回目となる。場所はボールが飛ぶことで知られるコロラド州デンバーのクアーズ・フィールド。日本人初のホームランダービー出場にはじまり、大谷への期待は高い。

「結果もそうですし、まずは雰囲気自体をしっかりと楽しんでプレーしたいと思っています」

 イチローさんでさえ、なし得なかった本塁打競争出場と優勝。そして、史上初の二刀流としての球宴出場。それだけでなく、ダルビッシュ有と菊池雄星もメンバーに選ばれている(両者とも怪我のため出場を辞退)。東京五輪前、最大のイベント。日本中で大いに楽しもう。

文=笹田幸嗣

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