NumberWebでは将棋の“競技的”な側面を中心に、王座獲得経験のある中村太地七段に将棋の奥深さについて定期的に語ってもらっている。今回は棋聖戦、王位戦のダブルタイトル戦に臨む藤井聡太二冠と、渡辺明名人、豊島将之竜王の対局を振り返りつつ「相性」について触れてもらった(全2回/前編はこちら)

 ここ最近の将棋界で大きく注目されているのが……渡辺明名人(棋王・王将)、豊島将之竜王・叡王、藤井聡太王位・棋聖(以下二冠)の対局成績です。

 藤井二冠の棋聖戦、王位戦第1局振り返りでも触れましたが、藤井二冠は渡辺名人に、豊島竜王は藤井二冠に、渡辺名人は豊島竜王にそれぞれ大きく勝ち越しており、いわゆる「三すくみ」の状態です。

 王位戦第1局については前編でも話しましたが、藤井二冠が"無駄なあがき"をしませんでした。そこにはある意味、対戦を積み重ねた分だけの「豊島竜王への信頼感」というものが発生していたのかなと推測します。また番勝負ということもあり、少し中盤で失敗してしまったので、気持ちを切り換えて第2局へ――という風にも思える終局でした。

人間性の部分も相性の良し悪しになる?

 さて、その中で「相性」です。

 一般論として、展開や戦型の得意・不得意は各棋士ごとにあります。攻めが好きな人の場合、相手から攻められた時に受けが少しうまくいかない、逆に受け将棋が持ち味の棋士同士だと少しリズムが合わないことはあります。他にも順位戦などの公式戦はもちろん、奨励会の三段リーグ時代からすでに対戦成績が偏っていた、というケースもありますね。

 棋士の持ち味はもちろんですが――人間性の部分が、結果的に相性の良し悪しに繋がっているのかも、と思うこともあります。

糸谷八段のような早指しタイプの方も

 細かい話ですが、指し手の手つき1つでも人間性が現れます。自信満々でバチン! とやってくるのが苦手な人もいれば、そーっと指してくる人の方が「ちょっと不気味で怖いな……」と思う人もいるはずですし。

 持ち時間の使い方もその一例でしょうか。早指しでドンドン来る人……代表的な人で言えば糸谷(哲郎)八段ですが、私は時に「もう全ての手を見透かされてるんじゃないか」と感じるくらいですね(笑)。ただし早指しタイプの棋士は、丁寧に読んで受けるタイプに弱かったりもする。そこが勝負の面白さとも言えますが。

渡辺−藤井の関係をマラソンにたとえてみると

 そういった要素がある中で、渡辺名人、豊島竜王、藤井二冠の関係について考えていきましょう。

 まずは渡辺名人−藤井二冠の関係と、2人の特徴から。

 渡辺名人の将棋というのは判断力が優れていて、局面を速く正確に捉える能力が非常に高い。そして終盤でのスピード勝負が得意です。また奇をてらった手というのはあまり指さず、勝ち味が薄い粘り方はしないという棋風を感じます。

 その一方で藤井二冠は、前編で説明した通り――ここ最近は研究でも実力を発揮されていますが、真っ向勝負できる終盤力が最大の特徴です。まさに棋聖戦第2、第3局は、渡辺名人をも凌駕するような展開でした。

 藤井二冠から見ると……表現が難しいのですが、渡辺名人との対局は「好きな展開」の将棋になりやすい点はあるのかなと感じます。それは渡辺名人の判断力が優れていて、きれいな手や展開で進めるからこそ、なのではないかと推察します。言い換えれば渡辺名人のベースが素晴らしく高いからこそとも言えます。

 将棋は序盤、中盤、終盤という3つの状況があります。ただ中盤→終盤と進んだかと思いきや、囲いに金銀を埋めたり、飛車角を自陣に打つなど、また中盤に戻る展開が往々にしてあります。でも渡辺−藤井戦では、局面が逆戻りするような展開は少ない。

 端的に言うと、お互いがどんどん前に進んでいく将棋――マラソンにたとえれば、素晴らしい実力のランナーが2人、暑くもなく寒くもない最高のコンディションで、最高の状態で走り合っている。お互いが素晴らしいペースで走る中、終盤のスパート力を持っている藤井さんが、さらにスピードで伸びるような印象でしょうか。そのため、棋譜を見ると勝敗を超えて非常に興味深く、ハイレベルだと感じ入ることが多いのです。

豊島−藤井の対局では何が起きている?

 では、豊島竜王−藤井二冠の対局はどうなのか。

 豊島竜王は「序盤、中盤、終盤と隙がない」将棋が代名詞となっています。序盤でリードして、中盤と終盤でもミスせず指して勝ちきるという、お手本のような将棋がとても多い。

「序盤、中盤、終盤と隙がない」とひと味違う一面とは

 ただその一方で、形勢を損ねてしまった場合……ガムシャラに粘る一面もあります。なんとか逆転の糸口を探して、相手が読んでいないような手を指す。指しづらい手が正解という、複雑な局面を提示するのがとても上手なのです。その場合、棋士としては何通りかの手の中で、正しい形勢判断をすることが大事になる。いわゆる「深く読む」とは別の能力を求められるケースが多いと感じています。

 そういった展開では派手な手が出づらくなりがちで、二転三転の攻防が生まれることがあります。藤井二冠との対局で考えると――終盤で二転三転のドラマが生まれた際、豊島竜王が最終的にギリギリの戦いを制する、と捉えています。

ちなみに渡辺−豊島戦はどんな感じ?

 ちなみに"観る将"の初心者の方だと、藤井二冠だけでなく、渡辺−豊島戦はどういうかみ合い方をするの? と気になるかもしれませんね(※2021年7月11日時点で渡辺名人21勝、豊島竜王14勝)。これは藤井二冠との関係とはまた少し違う関係性があります。

 豊島竜王がプロになられてから14年ほど経たれていて、2人は対局相手として長い間柄となっています。その中で当初は渡辺名人が若きタイトルホルダー、そして豊島竜王が新進気鋭の若手で、豊島竜王が渡辺名人の胸を借りているというような構図でした。そこで渡辺名人は中・終盤の圧倒的な力と、秀でた大局観で、豊島竜王を圧倒していた時期がありました。

 豊島竜王の研究が非常に深く、そこの勝負で挑む一方で、渡辺名人が少し研究を外したり、研究勝負にうまくハマらない形を見出して勝つ将棋が目立っていました。

 もちろん豊島竜王は棋士になりたての頃からみると、中終盤の力がとてつもなく伸びました。今やタイトルを数多く獲得されていますが、現状も局面判断の力を生かして渡辺名人が勝ちを積み上げている印象です。

 これまでの経緯が根底にあるから、お互いトップ棋士になった今でも、わずかながらも何かしら影響を及ぼしている。渡辺−豊島戦にはその可能性はあります。この関係性が、将来的に豊島−藤井戦にも当てはまるのか――今後の注目点と言えるでしょう。

 なお豊島竜王は、かなり相性がはっきりするタイプの棋士なのかな? とも感じます。

 藤井二冠と渡辺名人を例に上げましたが、佐藤天彦九段との相性も非常に興味深いです。当初は渡辺名人戦と同じく、豊島竜王が研究の形に持ち込むけど、天彦九段に力でねじ伏せられる展開が続きました。しかしここ数年は逆に、豊島竜王の方が連勝している状況が続いているのです。

 ちなみに昭和の大棋士でも、大山康晴十五世名人が二上達也九段、加藤一二三九段にも強かったという逸話が有名ですね。昭和の棋士だと盤上の技術のみならず、気合いや人間性の部分などが大きく相性に反映されていたそうですから。

羽生先生とのタイトル戦と師匠・米長邦雄の助言

 そして私の師匠である米長邦雄永世棋聖にも、「相性」を意識させられる助言を受けたことがあります。

 私が初めてタイトル戦に挑戦した時の対戦相手は羽生(善治)先生でした。そこで師匠から「羽生を尊敬するな」といったニュアンスのアドバイスをいただきました。師匠の中で、相性的な部分を意識されての声掛けだったのかな、と今では思います。

羽生−中村太地で行われた際のタイトル戦©Kyodo News

 どんな相手でも尊敬しすぎてしまうと、「教わりにいく気持ち」になってしまって手が伸びなくなる。人間同士の戦いでは、そういった心理面は非常に大きく影響します。実際、初挑戦の第83期棋聖戦、2度目の第61期王座戦と羽生先生に跳ね返された。だからこそ3度目の第65期王座戦ではもう一度心を強く持とうと思い、羽生先生からタイトルを奪取できたのだと感じています。

 ちなみにですが……某トップ棋士の言葉に「嫌いな人は作らない」というものがあります。人の好き嫌いがあるだけで、自らの心に波を立ててしまう。ひいてはそれが「相性」の悪さに繋がりかねない。心の安定という意味では、理に適った考え方とも感じています。

 最後は少々話がそれてしまいましたかね(笑)。藤井二冠と豊島竜王の王位戦第2局が13、14日と開催されます。2人の相性が今後どのように変化していくのか――1つのターニングポイントとして観戦すれば、長いスパンで将棋を楽しめるはずです。(構成/茂野聡士)

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文=中村太地

photograph by Kyodo News