「M-1があった10年」と「M-1を失った10年」。昨年、結成20周年を迎えた笑い飯の特別インタビュー。和牛は「漫才か否か」、そしてあの2010年M-1のウラ話まで。(全3回の2回目/#1、#3へ)

「紳助さんが出てきて冷水をぶっかける」

――それにしましても草創期のM-1の映像資料を観返すと、控え室もスタジオも今では考えられないくらい殺伐としているというか、殺気立っていましたね。

昨年結成20周年を迎えた笑い飯の西田幸治(47歳、左)と哲夫(46歳)

西田 出番前、緊張でえずいたりしていましたから。

――今も昔もトップバッターのやりにくさに変わりはないのでしょうが、最初の頃のトップバッターは今の比ではないくらいやりにくかったそうですね。

西田 あの頃も前説とかが会場の空気を暖めてくれてはいたんです。でも(島田)紳助さんが出てきて、重苦しい雰囲気で開会宣言して冷水をぶっかける。あれでカチンコチンになるというか、お客さんも、キュッとなってしまうんです。

哲夫 会場も重々しさを出そうとしていて、暗めのセットやった。でも、僕らは2005年と07年、トップバッターやったんですけども、05年から会場が明るくなったんですよ。

――スタジオがテレビ朝日に変わって、セットがド派手になりましたよね(※02〜04年はパナソニックセンター有明スタジオだった)。

哲夫 そう、金閣寺みたいに。登場も、せり上がりに乗って出てくるようになった。あれで、だいぶやりやすくなりましたね。あ、これは今までのトップの雰囲気ではないなと思いましたから。それまでは、やっぱりトップはしんどそうでしたね。

「M-1優勝で涙する芸人を見て、もらい泣きする」

――そんな重々しい雰囲気の中、お2人だけは、とにかくふざけよう、ふざけようとしていたのが印象的でした。

哲夫 自分が出ているところは全部、お笑いにしたいんですよね。真面目にネタ合わせをしているところなんて絶対、見られたくなかった。舞台裏でネタ合わせしているときに撮られてるなと思ったら、ぜんぜんちゃうネタやり始めてボケたり。M-1って、「舞台裏はこんなに真剣なんです」みたいな見せ方をしているんで、それがええ「フリ」になってるんですよ。お葬式の最中に屁をこくと、思わず吹き出してしまうのとよう似てるんです。

西田 あと、真剣モードになると、余計に緊張してしまうんですよ。どこかなめた感じでやってないと、雰囲気に飲まれてしまうというか。

――芸人の態度として、どちらがより一生懸命かと言われれば、ヘラヘラしている方がより一生懸命やっているんだろうなという気もしました。

西田 そうかもしれませんが、さすがに今は、TPOに合わせて、それなりに振る舞うようになりました。無理してボケても痛々しいだけですから。未だに嬉しい場面でも悲しい場面でも関係なくボケてんのって、天竺鼠の川原(克己)くらいじゃないですか。芸人仲間に「いつまで尖ってんねん」って言われてますけど、いっつも「尖ったまま売れたいんです」って言ってますね。

©Shigeki Yamamoto

哲夫 僕も最近はM-1で優勝して涙を流している芸人とかを観ると、つい、もらい泣きしてしまいますもんね。いち視聴者になると、M-1のあの感じ、やっぱりええな、と。

――出場している芸人は芸人で、ファンがそういう姿を期待しているので、それに応えなければいけないと思っているのかなという気もします。

西田 去年もマヂカルラブリーの野田(クリスタル)君がボケなしで、感極まっとったでしょう。あれも、ほんまはふざけたかったんちゃうかな。だから、偉いなと思ってしまいましたね。

和牛は「漫才か否か」

――今、マヂカルラブリーの名前が出たので、おうかがいしたいのですが、マヂカルラブリーが優勝した後に巻き起こった「あれは漫才か否か」という漫才論争は、どのように眺めていましたか。

©Shigeki Yamamoto

西田 今さらでしょ。ジャルジャルだって、そう言われてもおかしくないくらいの漫才をしていたときがあったじゃないですか。むしろ、世間にそう言わせたマヂカルはすごいと思いましたけど。

哲夫 その辺、世間とのズレがあるんですよね。だったら、和牛が出てきたとき、「これは漫才なのか」って言えよって思うわけですよ。そうしたら、なかなかわかっとるやんけ、と思うんですけどね。

――和牛の「非漫才」的なところとは?

哲夫 「和牛劇場」って呼ばれることがありますけど、見事な芝居を見せられているような気分になるやないですか。普通、漫才って、設定の中に入り込んだり、抜けたりするものなんですよ。つまり「役」に入ったり、「素」に戻ったりする。そこがコントとの境界線であり、漫才の漫才たる所以でもある。でも、和牛は芝居の中にずっと入り込んでいる。あれでコンスタントに笑いを取っていくことって、できそうで、できないんですよ。

スリムクラブに言った「お前らの勝ちや」

――2003年のM-1で、笑い飯が大爆笑を取った「奈良県立歴史民俗博物館」は今も語り草になっています。ある番組で、フットボールアワーの後藤(輝基)さんが、あの後にネタを披露することになった恐怖心を語っていて、今思い出しても怖くなると話していました。そういうものなのかと思ったのですが、お2人も同じような心境になったことはありましたか。

西田 2010年のスリムクラブの後とか、そうだったと思いますよ。ウケてるのを見ると、うわー、ウケとるやんけ、ってなりますから。

――スリムクラブが3番手で、笑い飯さんは6番手。点数的には笑い飯はスリムクラブを24点上回って1位になったんですけどね。最終決戦の審査員投票も、笑い飯4票、スリムクラブ3票で僅差でしたが、上回りました。

西田 でも正直、かなわんと思っていたところもありますよ。

――最終決戦を終えたとき、哲夫さんがスリムクラブに「お前らの勝ちや」と言ったというのは本当ですか。

©Shigeki Yamamoto

哲夫 ほんまです。実際、あっちの方がウケてましたから。

西田 あの優勝は運ですね。まあ、僕らは逆にその運に恵まれずに僅差で敗れたこともありましたから。M-1はそういうものだと思ったので、勝って、おかしいとは思わないんですけれども。

――近年のM-1は、ファイナリスト全員がチームのような雰囲気があります。全員で、この番組を成功させよう、というような。あのあたりにも、M-1の変化を感じます。

哲夫 でも2010年に僕らが優勝したときは、みんな祝福してくれましたよ。

西田 スリムクラブがええやつやったからな。「おめでとうございます!」って。僕らが優勝を逃していたら、逆に「くそー」ってなっていたと思いますけどね。

(【続きを読む】「ダウンタウンさんや千鳥みたいには至ってない」M-1王者から11年・笑い飯に聞く、“天下を獲る”野望の達成度 へ)

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文=中村計

photograph by Sankei Shimbun