スマホでインスタグラムを眺める、いつもと変わらない登校中の出来事だった。履正社高校女子硬式野球部の副将・谷本晴望(れの)は、あるニュースを目にして、今までまでにない衝撃を感じた。

 第25回全国高校女子硬式野球選手権大会の決勝戦が8月22日、甲子園球場で行われる――。

「時が止まったかのような感じでした」

 履正社の男子硬式野球部は、谷本がまだ1年生だった夏に全国制覇を達成している。アルプス席から何度も観ていたあのグラウンドに、「男子しか行けない場所」と思っていたあの甲子園でプレーができるかもしれない。そんな半信半疑の思いは、練習前に橘田恵(きった・めぐみ)監督から正式決定の事実が全部員の前で告げられたことで、「嘘じゃないんだ」と確信に変わった。

副将を務める履正社・谷本晴望(3年内野手) ©Yu Takagi

 一方、何も知らなかった主将の花本穂乃佳は「全部員が集められたので、監督に何か怒られるんかなと思いました」と笑う。

「何も言うことができずに、え?と戸惑ってしまいました」

 履正社の女子硬式野球部はこの春に行われた『第22回全国高等学校女子硬式野球選抜大会』で準優勝した。同大会で優勝した開志学園(新潟)とともに、たった“2校”しか立てない舞台に上がる筆頭候補だ。

「夢でしかなかった。女の子は立てないと決めつけていました。女の子でも野球をしていいんだと広まってくれる場ができたことが本当に嬉しかったです」

 今でも「野球をしています」と初見の人に言うと驚かれることは多いという。女子野球を当たり前に――は、今や日本の女子野球界全体のスローガンになっている。

 驚いたのは選手だけではない。女子日本代表の前監督でもある橘田監督は、「すごい時代が来たなと思いました。生きている中でそんな話が進むとは思っていませんでした」と率直な思いを語る。

 1983年生まれで兵庫県三木市出身の橘田は、当時神戸に数チームあった少女野球チームで競技を始めた。しかし、中学以降は男子に混ざってのプレーを続け、仙台大でも唯一の女子選手として活躍。新人戦では安打も放った。その後はオーストラリアの女子リーグでプレーし、全豪大会でMVPを獲得するなど輝かしいキャリアを歩み、現役引退後は指導者として自身の経験を次世代へ伝えている。

 監督業を「まさか仕事になるとは思っていませんでした。好きでやってきただけですから」と謙遜するが、履正社医療スポーツ専門学校(履正社RECTOVENUS)、履正社高校を全国優勝に導き、2018年のW杯では代表監督として日本を6連覇に導くなど手腕を発揮してきた。

 今回の甲子園開催にあたっては「踏み出して、今まで積み重ねてきた先輩方のご尽力のおかげだと思っています」と感謝の思いが最も強いと言う。

履正社を率いる橘田恵監督 ©Yu Takagi

女子硬式野球部の誕生は1997年

 そもそも、日本の高校で女子硬式野球部が初めて誕生したのは1997年。神村学園高校の初代理事長・神村勲があるスポーツ紙の『1998年に女子の甲子園開催へ』という記事を見たことを契機に創部。だが、そこから今回の甲子園開催が実現されるまでは20年以上の時間を要した。

 創部時から神村学園を指導する橋本徳二監督も、驚きを感じている。

「当時から素直で真っ直ぐに取り組む選手ばかりでした。もう甲子園ではやれないと思う時期もありましたから、こんなに早く開催できるとは思いませんでした」

「グラウンドにいる選手が輝いて見える」と甲子園の印象を話すのは、神戸弘陵のエース・島野愛友利(あゆり)だ。兄2人が大阪桐蔭と履正社でそれぞれ甲子園に出場していたこともあり、幼い頃から高校野球の聖地へ憧れを抱いてプレーを続けてきた。

神戸弘陵のエース島野愛友利(3年投手) ©Yu Takagi

 中学時代は大淀ボーイズのエースとして活躍。3年時には錚々たる男子の強打者たちを抑えてジャイアンツカップ(全日本中学野球選手権)で胴上げ投手になった実力の持ち主で、国内でもっとも有名な女子高校球児と言えるだろう。

 そんな実績を誇る島野を、石原康司監督は「グラウンドでも学校でも寮でもチームで一番努力していると言っても過言ではない」と称賛する。グラウンドに早く来て整備をし、登板せずに内野を守る時も全力でボールに飛び込んでいく。「女子野球を背負う存在になってもらいたい」との言葉も決して大袈裟なものではない。

 また石原監督は、主将・小林芽生にも特別な思いを寄せる。小柄ながら元気いっぱいにチームを引っ張る正二塁手だったが、4強入りした春の選抜大会後に右膝の前十字靭帯を断裂。今はプレーで貢献することはできないが、石原監督の主将への信頼は揺るがない。

「厳しいことを私が言うても、“怒ってくれるのは期待されているから。怒られなくなったら、しまいやで”みたいなことを選手に言うたり、絶対にマイナスなことは言わない。監督にとっては最高の主将ですよ」

石原監督からの信頼も厚い、神戸弘陵・小林芽生主将(3年)©︎Yu Takagi

「もっと練習せい!」と言わなくても

 もともと石原監督は男子の硬式野球部の指導を30年半(監督生活は20年)にわたって行ってきた。山井大介(中日)や飯田優也(オリックス)ら8人のプロ野球選手を輩出し、甲子園出場も複数回経験したが、2014年の共学化を機に女子野球に携わり始め、今では大きなやりがいを感じている。

「女子野球の指導を始める方には “楽しいよ!選手はみんな一生懸命やるし、やりがいがある。女子野球を盛り上げるために一緒に頑張りましょう”と伝えますね。とにかく野球が好きな子たち。男子を指導していた時は“もっと練習せい!”と言うことは多かったけど、女子は何も言わなくてもいくらでも練習するような選手ばかりですね」

決勝進出へ向けて汗を流す神戸弘凌 ©︎Yu Takagi

 全国高等学校女子硬式野球選手権大会(兵庫県丹波市)の戦いは、すでに24日から始まっている。8月1日に予定される準決勝で、史上最多の参加となる40校の中から甲子園の舞台に立つ2校が決まる。

 全日本女子野球連盟の山田博子会長は、存分に楽しんでほしいとエールを送る。

「昨年は新型コロナ禍で全国大会ができなかった。それが今年は甲子園の舞台も用意されるので、思いがより詰まった大会になると思います。でも気負いせずに、いつものように楽しんで野球をやって欲しいです。あの笑顔や元気って人に何かを与えてくれるものだと思うので」

 履正社の4番・捕手である山本一花も「自分のためにだけする練習は苦しいけど、両親や先輩など誰かのためにと思えると頑張れました。勝ち負けよりも、一生懸命やる姿が誰かに届くと思うので最後まで笑って戦い続けたいです」と高揚感を持ってにこやかに話す。

攻守でチームを引っ張る履正社・山本一花(3年)©︎Yu Takagi

 甲子園の舞台にこの夏新たに吹く風は、日本の野球界を新たなステージに押し上げてくれる可能性やメッセージ性が十二分に秘められている。

文=高木遊

photograph by Yu Takagi