今週末、函館競馬場でクイーンS(GIII、芝1800メートル)が行われる。例年なら札幌競馬場で行われるこの牝馬限定の重賞だが、今年はオリンピックのマラソンが札幌で開催される影響を受け、函館競馬場に舞台を移して開催される。

 そんなレースではあるが、過去に1度だけ、やはり函館で開催された事がある。札幌競馬場の改修工事が行われた2013年の話で、優勝したのはアイムユアーズだった。

アイムユアーズ

世間の評価以上に走れる馬

 同馬を管理したのは美浦・手塚貴久調教師。この馬のオーナー・ユアストーリーとは2008年当時に2歳だったデイトユアドリームが縁で懇意になったという。

 アイムユアーズはセレクトセールの出身。手塚調教師はその第一印象を次のように語った。

「ファルブラヴ産駒で格好良い馬でした。もっとも、芝のスピード競馬にはどのくらい対応出来るのか? という感じもしました」

 ところが育成牧場に送られるとその評価はうなぎ上りだったという。そこで早目に入厩。新馬戦が始まってすぐの6月、函館競馬場でデビューした。

「初戦は芝の1200メートルでした。3着に敗れたけど1番人気に支持されたように、調教でもよく動いていました」

 結果、2戦目で順当に勝ち上がるとすぐに重賞に挑戦。函館2歳S(GIII)は5番人気の評価に過ぎなかったが2着と善戦してみせた。手塚調教師は後にこの馬の競走生活を振り返った時、この好走が大きかったと語った。

「重賞を2着して賞金を加算出来た事で、その後が楽になりました。これでGI(阪神ジュベナイルフィリーズ)に出走させられる目処が立ちましたから……」

 暮れの2歳女王決定戦から逆算してファンタジーS(GIII)に出走させると、これを見事に勝ち上がった。単勝は19.4倍で17頭中の8番人気に過ぎなかったが、世間の評価以上に走れる馬である事を示した1戦となったのだ。

ジェンティルドンナ、ヴィルシーナとの激戦

 こうして迎えた阪神ジュベナイルフィリーズは18頭立てで8番人気とまたもダークホースの扱い。結果、勝利する事は出来なかったが、ジョワドヴィーヴルの2着とまたも善戦してみせた。

「距離が延びるのは良いと考えていたので、正直ある程度やれるだろうという自信は持っていました」

 レース後、指揮官はそう語った。

 翌12年、3歳牝馬クラシック路線を走るアイムユアーズは、手始めにフィリーズレビュー(GII)を快勝。ところが、クラシック本番では残念ながら同世代に抜けた存在の牝馬がいたため、1冠も戴く事が出来なかった。牝馬3冠全てを制すジェンティルドンナの前に、桜花賞(GI)3着、オークス(GI)4着、そして秋華賞(GI)では6着に敗れてしまったのだ。

「桜花賞ではジェンティルドンナ、ヴィルシーナといった同世代の2強とそれほど差のない競馬(前者と1馬身、後者とは僅か半馬身差)をしていたので、どこかでうまく行けば逆転が出来てもおかしくないかと考えていました。でも、オークスでは体を減らしてしまうなどして、結果的には残念ながら1度も勝てずに終わってしまいました」

2012年の桜花賞ではジェンティルドンナ、ヴィルシーナと僅差の3着だった

〈オークス→クイーンS→秋華賞〉ローテの先駆け

 さて、冒頭で記したように13年に函館競馬場で行われたクイーンSを優勝するアイムユアーズだが、実はその前年の12年にも同レースを勝っている。つまり彼女は札幌と函館で行われたクイーンSをいずれも優勝してみせたのだ。とくに12年の勝利は前走がオークスで次走が秋華賞。3歳牝馬がGIの合間に北海道の重賞を走り、見事に制していたというわけだ。

 先述した通りオークスで減った体は、クイーンSの時には回復して更にお釣りが出るほどになった。具体的に記せばオークスがデビュー以来最低の444キロという数字だったのに対し、次走のクイーンSを勝利した時はプラス24キロの468キロ。1年後、函館で連覇を果たした際は更に増えて476キロ。このあたりについては次のように語った。

「理想通りに成長してくれました。牝馬でこうやってしっかりと体を増やして成長してくれるのは珍しいと思います」

手塚師

 また、クイーンS連覇についてはこう語る。

「現在でこそ一流馬がクイーンSを使うのも当たり前のようになってきたけど、アイムユアーズの頃はあまりそういうトップホースはいなかったと思います。そういう意味では彼女は時代の先端を行っていたかもしれませんね」

 そう語るように、実際、17、18年にはGI馬のアエロリットやディアドラが出走するなど、それまでとは少し傾向が変わって来た感があった。

手塚師「“走る牝馬”の基準になった馬」

 さて、そんなアイムユアーズについて、改めて手塚調教師に伺った事がある。「彼女は師にとってどんな馬だったのか?」と。その時の手塚調教師は次のように答えている。

「自分にとっては“走る牝馬”の基準というか、指針というか、そういう存在の馬でした。実際にその後、良い牝馬と出会うと、『アイムユアーズと比べてどうか?』とか、『アイムユアーズのようにもっていくにはどうすれば良いか?』とか、そういう感じで考えるようになりました。だから厩舎にとってはもちろん、自分にとってもなくてはならない存在の馬と言ってよいでしょう」

 アイムユアーズの1つ下には桜花賞を制したアユサンがいたが、この桜花賞馬を育てるにあたっても、当然、影響があったと言う。

桜花賞を勝ったアユサン

ユーバーレーベンにもアイムユアーズの“教え”?

 そんな手塚調教師はこの春、ユーバーレーベンでオークスを優勝した。阪神ジュベナイルフィリーズに出走(3着)した際、前走比14キロ減だった体はその後、フラワーC(GII、3着)、フローラS(GII、3着)と3走連続で減り続けた。しかし、オークスでは前走比プラス8キロと盛り返した。体を増やしてクイーンSを連覇したアイムユアーズの教えが、ユーバーレーベンにも活かされたのかもしれない。

 さて、今年のクイーンSではどんなドラマが待っているのか。注目したい。

オークスを制したユーバーレーベンも手塚師の管理馬だ

文=平松さとし

photograph by Sankei Shinbun