選手にとって、オリンピックは競技人生のひと区切りとなる。それは選手ばかりではない。選手らの進退とともに、競技ごとの勢力図も塗り替えられていく。卓球男子もその例にもれない。

 東京五輪の卓球男子は水谷隼抜きに語れない。混合ダブルスと団体戦に出場し、それぞれでメダルを獲得。プレーもさることながら、丹羽孝希、張本智和の厚い信頼を受け、チームの大黒柱として存在感を示した。

 水谷は2005年に初めて日本代表に選出されて以来、最初のオリンピックとなった2008年北京を皮切りに東京まで4大会連続出場。まぎれもなく日本男子の柱であった。

 団体戦後の会見で水谷は、「まだ最終的な判断はできていない」とした上で、こう語っている。

「今の自分の気持ちとしては完全に卓球から離れると思います。やはり目の影響がすごく大きくて、目が完治するなら40歳でも50歳でもやりたいと思っていますが、現状、治療法もないということで、悔しいですけど自分の冒険はここまでかなと思います」

 かねてから苦しんできた目の状態に触れつつ、退く意向を明らかにした。

 水谷に加え、監督を務めてきた倉嶋洋介氏も、東京五輪をもって退任することが明らかになっている。2010年にコーチに就任し、監督に就いたのは2012年のロンドン五輪後。長期にわたり多角的に強化に取り組んできた指導者が退くことも、新時代の到来を予感させる。

第一人者が知る“怖さ”

 水谷は言う。

「張本選手がすばらしい活躍をしてくれて、頼もしい後輩達がいるのでパリオリンピックではぜひ頑張ってほしいなという気持ちでいっぱいです」

 水谷に名前をあげられた張本はこう語る。

「水谷選手のプレーを間近で見させていただき、自分も水谷選手も多分同じ怖さはあると思うんですけど、その怖さに向き合って打ち勝つことができるのが水谷選手で、自分にはまだ逃げてしまうところがあるなと感じました。怖さはみんなが感じる中で、次のオリンピックでは怖さと向き合って個人戦から勝てるようにしたいです」

 団体戦の直後は水谷を「引退させません」と言った張本だったが、1日置いて受け止め方も変わった。

「1日かけて自分なりに説得してみましたが、水谷さんの意思は固いです。それくらいの覚悟を持ったからこそ(混合ダブルスの)金メダルや団体の最後も決めてくれたと思うので、水谷さんのことは水谷さん自身で決めていただいて、尊重したいと思います」

 水谷の跡を継いでいこうという決意がそこにうかがえた。

 リオに続き2大会連続のメダルを手にした丹羽は今後について、しばらく休んで考えたいとしている。パリ五輪に向け、男子卓球は今が転換期と言っていいだろう。日本を取り巻く状況を考えても、そう捉えられる。

 日本が中国に次ぐ位置を固めた感のある女子に対し、男子は、トップが中国である点は変わらないものの、日本を含め、それに続く国々に大きな差がない状況が続いている。今大会の団体戦で準優勝のドイツや日本が3位決定戦で戦った韓国などともしのぎを削ってきた。

 日本は水谷が退く意向を示したが、ドイツや韓国の主軸もベテランで、新たな世代を待っている点で共通する。そこで競り合いつつ中国を追う、倒すためにも、選手の成長が待たれる。

頭角を現す次世代のエース候補たち

 期待を集める若い選手たちも台頭しつつある。東京五輪のリザーブメンバーに入った宇田幸矢は2020年の全日本選手権優勝で脚光を浴びた。2019年世界選手権代表に選ばれた木造勇人、6月のアジア選手権代表選考合宿で水谷を破った戸上隼輔も楽しみな存在だ。

2020年1月の全日本選手権男子シングルス決勝で張本を破った宇田(左) ©KYODO

 大学生の彼らに加え、中学2年生の松島輝空も将来を嘱望される1人だ。小学6年生で出た全日本選手権ジュニアの部で準優勝を果たし、今年1月の同選手権ジュニアの部はベスト8だったが、一般の部にも2年連続で出場し、注目を集めた。

 むろん、そのほかにも今後が楽しみな選手たちがいる。女子同様、長期的に育成に取り組んできたこともあって、若い世代が着実に頭角を現しつつある。

 その中で国内の競争に打ち勝ち、日本代表として世界で活躍していくには、最終的な目標をどこに置くかが重要になってくるのではないだろうか。水谷が早くから海外を視野に入れてドイツで武者修行をしたように、国内での争いにとどまらずどこまで意識を高く持ち続けられるか、日本を背負うくらいの気概を抱けるか、その意識の差が分かれ目となるだろう。期待を集めつつ伸び悩んだ選手もこれまでにいただけになおさらそう感じるのだ。

 転換期はチャンスでもある。そしてチャンスをいかそうとする選手たちの存在が、日本男子を引き上げていくことにもつながる。

 オリンピックが終わって間もない今月30日、今年11月に行なわれる世界選手権の日本代表選考合宿が開催される。

 それはパリへ向けての、3年後に向けての出発点でもある。

文=松原孝臣

photograph by Shinya Mano/JMPA