オリンピックは選手にとって、進退を考える区切りとなる。東京五輪をもって競技から退くことを表明した選手たちがいる一方、現役続行を決めた選手たちもいる。

 先月、現役続行を表明した競泳の入江陵介もそのひとりだ。来年5月、福岡で開催される世界選手権へ向けて続けていくという。

 8月中旬、自身のSNSで綴っている。

「東京五輪が終わった後は引退することも考えました。ゆっくりする時間を過ごしていく中で、好きなだけ寝ても、好きな物を好きなだけ食べても、好きな人とどれだけ過ごしても何かまだ心の中に足りない物がありました。それは自分にとって水泳だったのかも知れません」

 また、こうも記している。

「東京五輪の結果、また現在31歳ということもあり、周りからは引退する事が当たり前に見られていたと思います」

 大会では、100mと200m背泳ぎ、4×100mメドレーリレーの3種目に出場した。最後のレースであったメドレーリレー決勝のあと、今後について尋ねられ、「複雑で、やめるのか続けるのか、どっちにでも揺れる心境」と答えている。

 大会で競泳日本選手団の主将を務めた入江は31歳と、競泳では十分にベテランの域に達している。オリンピックは4度目の出場だった。2012年のロンドンでは銀2、銅1と計3つのメダルを獲得したが、2016年リオデジャネイロではメダルに手が届かないなど、自身は寄せられる期待に応えられていないという思いも抱いていた。年齢を重ねるにつれ、周囲から向けられる目線は意識していただろう。

五輪4大会目の感慨

 迎えた東京五輪では、苦しみと喜びがあった。

 最初の出場種目となった100m背泳ぎは、不本意な泳ぎに終わった。予選5位で迎えた準決勝は、予選よりもタイムを落として9位タイ。わずかなところで決勝に進めなかった。

「申し訳ない気持ちです。情けない」

 競泳がスタートした初日の男子400m個人メドレーで瀬戸大也が予選9位で決勝に届かず、その後の男子200m自由形では松元克央が予選17位で準決勝進出の16位以内に入れないなどあと一歩のところで有力視されていた選手がレースを終えていた。

「日本チームは9番とかが多い中、自分もそういう結果になってしまったことに、キャプテンとしてすごく情けないなと思っています」

 だが、入江はそのままでは終わらなかった。続く200m背泳ぎではこの時点で日本男子3人目となる決勝進出を決め、決勝では7位。

「2008年からオリンピックに出場することができて、4大会とも決勝の舞台を味わえたことが幸せでした。苦しい時期もたくさん過ごしてきて、最後に東京オリンピックで泳ぐことができて幸せです」

 そしてこうも口にした。

「チームメイトも応援してくれたので、ほんとうに楽しかったです」

 それは入江の姿勢があってこその、心からの応援だったのかもしれない。

ロンドン大会では100mで銅、200mで銀を獲得した入江。東京の100mでは0,01秒及ばず決勝進出を逃した ©Ryosuke Menju/JMPA

 日本男子唯一のメダルとなる銀メダルを獲得した200mバタフライの本多灯は、準決勝をぎりぎりの8位で通過したあと、不安に襲われたという。そのとき、何人もの選手から声をかけられた。そのひとり、入江からは「8位だからいいんだよ」と言われたと言う。

「決勝はやれるだけやってやろうと思いました」

 入江が言葉をかけたのは、自身が100mで準決勝敗退に終わった翌日だった。

 日本新記録で6位入賞を果たしたメドレーリレー決勝の前には、「この雰囲気を楽しもう」とメンバーを鼓舞した。

 第2泳者の平泳ぎ、武良竜也は「入江さんのレース前の声かけがすごく力になりました」と振り返っている。

現役続行の価値

 泳ぎで責任を果たせなかったと入江は感じたかもしれない。それでも4大会連続の出場となった日本競泳陣の最年長スイマーが役割を果たそうとする姿は、周囲にポジティブな影響を与えていた。現役続行を明かしたコメントには、こうも記されている。

「しかしながら沢山の後輩等やスタッフの方々からまだ続けていて欲しい、まだ代表にいて戦って欲しいという嬉しい言葉も沢山頂き、必要と思ってくれている事が凄く嬉しかったです」

 今後については、「自分の為の練習だけではなく、次の世代にどういったものを残していけるのか、何を伝えていけるかを考えながら、必要とされるのであれば若い選手達と合同でトレーニングしたり日本の競泳界が発展する為の存在になりたいです」

 周囲の言葉によって尽きぬ水泳への思いを再確認し、入江は競技を続ける。そのきっかけとなったのは、他ならぬ入江自身の水泳への献身だった。

文=松原孝臣

photograph by Naoya Sanuki/JMPA