開幕から約1カ月経ったヨーロッパ各国リーグ。各クラブの動向を網羅したNumber PLUS「欧州蹴球名鑑2021-22」が9月14日に発売されました。その名鑑に掲載されている注目クラブの記事をNumberWebで公開していきます!

 歴史と伝統を誇る名門から、超巨額資本によって生まれ変わった新興勢力へ──。

 欧州フットボールの覇権の行方は、着実にその方向へ進んでいる。昨季のチャンピオンズリーグ決勝は、ロシア人ビリオネアが所有するチェルシーとUAEの国家ファンドが支えるマンチェスター・シティの対戦となった。

 外国資本でエリートの仲間入りを果たしたクラブ同士による史上初の欧州頂上決戦は、前者に軍配が上がった。また一昨季には、カタールの王族が実権を握るパリ・サンジェルマンが、初めてCL決勝に辿り着いている。その時は古くからの巨星のひとつ、バイエルン・ミュンヘンが意地を見せたが、もうこの潮流は止められそうにない。

 今夏の移籍市場でも、その流れは顕著だった。パンデミックの影響や杜撰な経営によって、かつての覇者たちはエースや大黒柱を放出せざるを得ず、その受け皿となれたのは、疫病にもびくともしない富を持つクラブだけだった。

リーガの会長は「PSGはフットボールの敵」と怒り心頭

 最大の勝者は、パリ・サンジェルマンだ。バルセロナからリオネル・メッシ、レアル・マドリーからセルヒオ・ラモス、インテル・ミラノからアフラフ・ハキミ、ACミランからジャンルイジ・ドンナルンマを迎えた経緯は、すべて上記の構図で捉えられる。スペインとイタリアを代表する4つの強豪は、いずれも苦しい台所事情を抱え、人員を整理するほかなく、大いなる野望と無尽蔵の資金を持つPSGがそのすべてを受け入れた。

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 クラブを保有するカタール人たちは、来年11月に母国で開催されるW杯の前に、是が非でもCLタイトルを獲得したいのだろう。前述の4人に加え、リバプールからジョルジニオ・ワイナルドゥム、スポルティングからヌーノ・メンデスも釣り上げた。

 リーグを代表するスター選手たちを引き抜かれて、ラ・リーガのハビエル・テバス会長は「(PSGは)フットボールの敵だ!」と怒り心頭に発しているようだが、パリの街は歓喜に沸いている模様。メッシと華の都の幸福な関係(とその途方もない報酬)については、欧州蹴球名鑑に掲載されているストーリーをご一読いただきたい。

ルカクのチェルシー復帰も似た背景が

 欧州王者チェルシーが前線の絶対軸として迎え入れたロメル・ルカクの移籍にも、似た背景がある。

 インテルは昨季のセリエAを制したにも関わらず、経営母体の中国企業、蘇寧グループが財政難に陥っているため(昨季の中国スーパーリーグを制した姉妹クラブ江蘇FCは今季開幕前に活動停止)、優勝の立役者アントニオ・コンテと袂を分ったうえ、先述のハキミに加え、エースのルカクも換金せざるをえなかった。

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 イタリア王者の首をつなげた推定1億1500万ユーロ(約149億円)の移籍金も、総資産146億ドル(約1兆6000億円)と言われるチェルシーのロマン・アブラモビッチ会長(米『フォーブス』より)にとっては、痛くも痒くもないのだろう。

 チェルシーはさらに、アトレティコ・マドリーから期限付きでサウール・ニゲスを加えて中盤を補強。ローン帰りの下部組織出身者トレボー・チャロバーは、守備のマルチロールとして期待できる。その一方で、タミー・エイブラハムら生え抜きを売却しているが、トーマス・トゥヘル監督はコンテやジョゼ・モウリーニョら過去の外国人指揮官たちとは異なり、アカデミー育ちの面々も重視。その証拠に、メイソン・マウントとリース・ジェイムズは完全に定位置を占め、チャロバーにも出番を与えている。

マンチェスター勢も精力的な補強を展開

 CL決勝でチェルシーに敗れたシティは、英国史上最高額となる推定1億ポンド(約152億円)でアストンビラの人気者ジャック・グリーリッシュを獲得。PSGと同様に後ろ盾は中東の国家ファンドながら、アブダビの首長たちはより長期的に物事を進めるため、ハリー・ケインの移籍交渉で強硬な交渉人として知られるトッテナムのダニエル・リービー会長が1億5000万ポンド(約228億円)の値札を頑なに提示し続けると、最終的に断念した。

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 クリスティアーノ・ロナウドにも食指を動かしたようだが、こちらはペップ・グアルディオラ監督があまり乗り気ではなかったらしく、最後は同じ街のCR7の古巣に譲った形だ。クラブ史上最多得点者セルヒオ・アグエロをバルセロナに放出し、純粋なストライカーは不在となるが、偽9番が務まるタレントは何人もいるので、大きな問題にはならないか。

 マンチェスター・ユナイテッドはアメリカのユダヤ系富豪一家のオーナーとその腹心があらゆる商業価値を高め、多額のスポンサー契約を次々と締結。そして中東やロシアの天然資源の保有者たちが運営するライバルたちに負けないほどの資金を投じ、ジェイドン・サンチョ、ラファエル・バラン、そしてロナウドを迎えた。

マンUの選手への総支給額はなんと約350億円

 米『スポータック』によると、選手への総支給額は約2億3000万ポンド(約350億円)に上り、プレミアリーグにおいて2位のチェルシーにさえ約7000万ポンド(約106億円)もの差をつけるダントツの1位。これだけ豪華なスクアッドを用意してもらったオーレ・グンナー・スールシャール監督には、メジャータイトルの獲得が至上命題となる。

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 キャピタリズムのモダンフットボール、ここに極まる──。

 実態が掴めない数字の羅列にも、もはや驚きはなくなった。新自由主義、地球規模のブランディングとマーケティング、そしてスポーツウォッシングを背景にした移籍市場という名のエンターテイメント。好むと好まざるとにかかわらず、これが私たちの愛するスポーツのトップレベルの現在だ。

 個人的には、攻撃的に舵を切ったアトレティコ・マドリーのディエゴ・シメオネ監督が、CL決勝で3度目の正直を果たしてくれたら面白いと思う。日本時間9月14日(火)深夜、今年も欧州の頂への争いが始まる。

文=井川洋一

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