グランドスラムの決勝で22年ぶりとなる10代対決。大会前はほとんど無名だった若い二人のテニスをファンは心から楽しみ、どちらを贔屓するわけでもなくコート全体を包み込むように盛り上げていた。

 これが、3年前のあの日と同じニューヨークのテニスファンだろうか。2018年の全米オープン決勝、史上最多24回目のグランドスラム優勝という偉大な記録がかかっていたセリーナ・ウィリアムズを大坂なおみが破り、グランドスラム初優勝を遂げた日、スタジアムは殺気立っていた。試合中も、そして表彰式になってもブーイングをやめず、20歳の新チャンピオンを祝うムードなどどこにもなかった。

 あのときのように、アメリカのファンを熱狂的にし、ときに獰猛化させる絶対的女王のセリーナは、今大会をケガで欠場。そのセリーナの後を継ぐスターとなった大坂は、やはりメンタルの問題を抱えつつファンの心をざわつかせながら3回戦で敗れた。

決勝戦のコートに立ったのは、18歳と19歳だった

 目玉を失った大会。ふと見渡せば、いつの時代も女王の脇に一人や二人いたはずの天才少女や“妖精”はいない。女子テニス本来の魅力を忘れかけているところへ突如現れたアイドルが、決勝戦のコートに立つ18歳と19歳だった。

 漲るチャレンジャー魂、体は大きくないが打ち負けないフィジカルとテクニック、プレッシャーがかかればかかるほどたくましくなるメンタル。コート上のマナーもよく、笑顔や仕草がチャーミングなふたりはたちまちニューヨークの人気者になり、その快進撃にスタジアムは沸いた。

©Mano Hiromasa

ミラクルガールは「まるで魔法にかかったみたい」

 ひとりは、大坂を3回戦で破った世界ランク73位のレイラ・フェルナンデス(カナダ)。2日後、やはりグランドスラムで複数回優勝を誇る元女王アンジェリック・ケルバーを撃破すると、19歳の誕生日をはさんで準々決勝では第5シードのエリナ・スビトリーナ、準決勝では第2シードのアーニャ・サバレンカと、錚々たるビッグネームを全てタイブレーク絡みのフルセットで次々と倒してきた。多くの選手が何年もかけて経験することをたった1週間ほどで経験したミラクルガールは、「まるで魔法にかかったみたい」と目を丸くした。

 そしてもうひとりのミラクルガールが、フェルナンデスより誕生日が2カ月遅い18歳、エマ・ラドゥカヌ(イギリス)だ。破ってきた相手は、フェルナンデスほど豪華ではない。準々決勝で第11シードのベリンダ・ベンチッチと当たるまでシード勢と対戦せず、続く準決勝で対戦したマリア・サカーリも第17シードだ。しかし世界ランク150位のラドゥカヌがフェルナンデスに勝るミラクルなポイントは、予選から勝ち上がってきたこと、そして1セットも落としていないことだった。

世界ランク150位で予選から勝ち上がってきたラドゥカヌ。さらに驚かされるのは、優勝まで1セットも落とさなかったことだ ©Getty Images

9度目の10代対決になったが「世界ランクが低い」

 グランドスラム決勝での10代対決は、オープン化以降これが9度目だった。

 過去8回をざっと紹介すれば、1988年の全仏オープン(シュテフィ・グラフ対ナターシャ・ズベレワ)、同年の全米オープン(グラフ対ガブリエラ・サバティーニ)、1989年の全仏(アランチャ・サンチェス・ビカリオ対グラフ)、1991年の全仏(モニカ・セレス対サンチェス・ビカリオ)、1997年の全仏(イバ・マヨーリ対マルチナ・ヒンギス)と全米(ヒンギス対ビーナス・ウィリアムズ)、1999年全豪(ヒンギス対アメリ・モーレスモ)と全米(セリーナ対ヒンギス)だ。

 過去の8回と今回がまったく異なる点はランキングである。上記した選手たちはほとんどが当時一桁ランキングで、グラフ、ヒンギス、セレスなどは10代から1位だった。ちなみに、現在のランキングではトップ20に10代の選手はいない。

 この22年の間にも10代のチャンピオンは何人も生まれている。マリア・シャラポワの17歳でのウィンブルドン優勝はセンセーショナルだったし、近年でも、一昨年の全米オープンを制したビアンカ・アンドレスクや昨年の全仏オープンで優勝したイガ・シフィオンテクが19歳だった。しかし決勝での10代対決の頻度やランキングを見れば、明らかに10代がトップで活躍しにくい時代になっている。

なぜ10代がトップで活躍しにくくなったのか

 要因の一つには、WTAが定める若年選手の出場大会制限があるだろう。

 女子選手の低年齢化によるバーンアウト(燃え尽き症候群)や教育放棄を防ぐため、18歳までの選手には年齢ごとに出場大会数の制限をもうけている。最初にルール化されたのは90年代半ばだが、内容は時代とともに変更が加えられてきた。現在のルールでは14歳になるまでプロの大会には出場できず、14歳で出場できるのは8大会までとなっている。15歳は10大会、16歳は12大会といった具合で、ここでは省くが、その中でも大会の格やワイルドカードの扱いなど詳細に定められている。

 このルールができる前はどうだったかというと、たとえば先に挙げた10代対決のリストで3度名前が出てくるグラフは、13歳で最初のプロ大会を戦い、14歳のときには13大会も出場していた。

©Makoto Kenmizaki

 このことに加え、選手寿命が延び、実力あるベテランの層が厚くなったことも挙げられる。選手寿命の長期化は、賞金の高騰や女子選手の地位向上により、コーチやトレーナー、マネージャーなどとともにチーム体制でツアーを回ることができるようになったことが影響していると考えられる。選手の体調やスケジュール管理が徹底されるようになったのだ。

「これからのことは、正直言って何も考えていない」

 そういう時代に73位と150位の10代対決はそれだけで十分センセーショナルだったが、ラドゥカヌのストレート勝利という決勝戦の結果はこの大会をさらに歴史的なものにした。男女を通して史上初となる予選からのグランドスラム・チャンピオンの誕生。ラドゥカヌはこれまでに獲得した賞金の総額の10倍近い額に相当する250万ドル(約2億7500万円)を一度に手に入れた。人生は華やかに一変するだろう。それでも軸足をコートにおいて、勤勉であり続けた者たちが真の女王になった。この18歳はどうだろうか。

©Mano Hiromasa

「これからのことは、正直言って何も考えていない。明日何をするのかもわかっていない。今はただ、この瞬間の全てを大切にしたい」

 肩を大きく出したドレスに着替え、生まれたばかりのスターはキラキラと輝いていた。

文=山口奈緒美

photograph by Hiromasa Mano