2021年上半期(3月〜8月)、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。甲子園2021部門の第2位は、こちら!(初公開日 2021年8月28日/肩書などはすべて当時)。

 星野仙一さんは天国で、先見の明を自画自賛しているだろうか。智弁和歌山が決勝進出を決め、闘将の言葉を思い出す。

「見てみい、俺みたいに男前じゃないが、ええ顔しとるやろ。あいつは、ええ指導者になる。年より老けて見えるのは、それだけ財産になる貴重な経験をしとるからや」

「あいつ」とは、智弁和歌山を指揮する42歳の中谷仁監督だ。夏の甲子園で智弁和歌山の主将として優勝した中谷監督は、ドラフト1位で阪神に入団。2005年オフに楽天へ移籍し、2011年は星野仙一監督の下でプレーした。

甲子園で優勝した当時の中谷監督 ©Hideki Sugiyama

「あいつは“打たれたら捕手の責任”という覚悟が」

 中谷監督はプロで成功したとは言えなかった。

 通算111試合で、打率.162、4本塁打。2011年も出場は11試合にとどまった。ひと昔前の捕手は、守備力があれば出場機会があった。しかし、「打てる捕手」が主流となり、星野監督も捕手に打力を求めた。指揮官が「昭和の時代だったら、もっとマスクをかぶっていた」と捕手・中谷を評価した理由は、人間力と洞察力だった。

「あいつは上辺だけの言葉じゃなくて、『打たれたら捕手の責任』という覚悟がある。それから、年下の投手への声のかけ方とタイミング。投手陣の頭や心の中を日ごろから考えているから、優しく伝えて投手を気分よくする時と、厳しく伝えて喝を入れる時の判断が絶妙。それができるから、投手と信頼関係が築ける」

 自分のことへの優先順位は高くない。覚悟を持って投手やチームに尽くした姿に、星野監督は指導者の資質を感じていた。険しい顔も笑顔も、どちらも「ええ顔」と話した。顔には、人間性や人生が刻まれる。

「監督というより、口うるさい主将」

 プロ野球、高校野球、少年野球。星野監督が、どんなカテゴリーの指導者をイメージしていたかは分からない。中谷監督の資質は、高校野球の場で花開いた。就任3年目で夏の甲子園で決勝進出。指揮官は「子どもたちと一緒に何がいいのか模索しながら追求しているところで、自分の指導方針はまだないと思います」と謙遜するが、近江との準決勝も「らしさ」は全開だった。

 中谷監督は自身の役割や立場を「監督というより、口うるさい主将」と話す。ベンチではネクストバッターズサークルから一番近いところに立ち、三振に倒れた選手やバントを失敗した選手を呼び寄せて声をかける。

 現役時代に捕手だったこともあり、扇の要を務める渡部海とはジェスチャーを交えてイニングの合間に頻繁に話をする。アウトを奪えば大きくうなずいて顔の前で手を叩き、ベンチのメンバーも巻き込んでチームを盛り上げる。ネクストバッターズサークルから一番遠いところに立ってサインを出す近江・多賀章仁監督や、ベンチのど真ん中で腕を組んで仁王立ちする高嶋仁前監督とは違った、選手との距離感を感じさせる。

監督としてのタクトが冴えた5回の守備

指揮官としてのタクトも見逃せない ©Hideki Sugiyama

 近江戦は、「主将」としてだけではなく、監督としてのタクトもさえた。試合のポイントとなったのは、5回裏の守備。1点リードの1死一塁で、近江の2番打者を迎えた。

 盗塁、エンドラン、犠打。様々な作戦が考えられる場面。3番には、前の打席でタイムリーを打っている投打の要・山田陽翔が控えており、ピンチを広げたくない。ベンチを見る捕手の渡部に対し、中谷監督がサインを出す。

 初球。渡部は中腰で構えて、外角高めにボールを外させる。バントの構えをする打者の様子を見た。そして、2球目。バントで目の前に弾んだ打球を渡部が捕球し、素早く二塁へ送球する。一塁もアウトにし、山田に打席を回さなかった。

 智弁和歌山は、4回に2死二塁、5回に1死満塁の得点機を逃しただけに、ここで失点すれば、試合の流れを持っていかれる可能性があった。併殺で切り抜けた直後の6回。2死一、二塁から、大仲勝海が二塁打を放つ。相手に大きなダメージを与える2点を追加。次の1点を勝敗のポイントにしていた指揮官に選手が応えた。

「全員で次の1点に向かっていた。選手が準備して考えてプレーしている結果」

 中谷監督は試合後「選手」、「子どもたち」という言葉を繰り返し、自らの采配について詳細を語らなかった。

野村監督に「野球頭脳が高い」と言わしめた

 中谷監督の人間力を評価した闘将・星野監督に対し、知将・野村克也監督は「野球頭脳」の高さを指摘した。「捕手と遊撃手は守備力」と昔ながらの考え方を貫いた野村監督が楽天を指揮した2009年、捕手・中谷は自己最多の55試合でマスクをかぶり、クライマックスシリーズでも先発した。

野村監督、野村克則コーチとコミュニケーションを取る楽天時代の中谷(2009年) ©Kyodo News

 当時の野村監督は、嶋基宏(現・ヤクルト)を横に立たせてベンチでぼやくのが定番だったが「嶋は学校の成績がよかったと聞いて納得できる。捕手としてまだまだだが、1つ1つ学んでいってほしいと期待している。中谷は野球頭脳が高い」と評した。そして、その理由を「言われたことを応用できるし、他の捕手に言ったことを盗んで自分のものにしようとしている」と続けた。

「高嶋先生の野球を全て引き継ぐつもりで」

 選手として夏の甲子園で優勝した中谷監督は、指揮官として頂点まであと1つに迫った。甲子園歴代最多68勝を挙げた高嶋前監督から引き継いだバトン。重責と戦いながら、智弁和歌山としては準優勝した2002年以来、19年ぶりの決勝進出を決めた。

ノック中には楽しそうな表情を見せていた ©Hideki Sugiyama

「高嶋先生の野球を全て引き継ぐつもりでやっていますが、まだ自分にはできないこともあります。結果が出なければ叩かれますし、高嶋先生の後任はしんどいことばかりですが、それも覚悟の上で智弁和歌山に帰ってきたつもりですから。僕のことはどうでもいい。批判しかされないのは覚悟しているので、スマホは見ないようにしています」

 柔らかい笑顔で答えた裏ににじむ責任と覚悟。中谷監督は「ええ顔」をしていた。

文=間淳

photograph by Hideki Sugiyama(Center),Sports Graphic Number