南アフリカW杯で日本代表のベスト16入りに貢献し、フランスなど各国でプレーした松井大輔が、フットサル挑戦を決断した。40歳のタイミングでの“他競技挑戦”や先輩であるカズとの秘話について聞いた(全2回/後編も関連記事からご覧になれます)

 一般的に、フットサルという競技から連想するものはなんだろうか。

 縦の長さ約40mというコートは、サッカーのピッチの半分以下である。そこで、ゴレイロ(GK)1人を含む1チーム5人、両チーム合計10人の選手たちが駆け回る。自ずとサッカーよりも個々の選手がボールに触れる機会が増え、また狭小スペースで正確な技術が必要となる。

 いまや大衆に普及したこのスポーツを、なぜにあらためて説明したのかというと、この程、サッカー元日本代表MF松井大輔(40)が今秋よりフットサルプレーヤーに転身するという話が飛び込んできたからである。

W杯でもフランスでも技術と献身性を両立させていた

 松井と言えば、サッカー界随一のクラッキ(名手)として知られる。足元の多彩な技術を駆使したドリブルのトリッキーさは想像の範疇を超える。そして相手を惑わすフェイク満載のプレースタイルは、真剣勝負の中でもどこか異質な空気を漂わせてきた。もちろん本人にとっては、勝つために繰り出すテクニック。観ているものを魅了し、胸をときめかせる。まさにファンタジスタという名にふさわしい選手だ。

 世間的に言えば、ハイライトは2010年南アフリカW杯になるだろうか。

 右のサイドアタッカーの位置でレギュラーを掴むと、初戦のカメルーン戦、相手を手玉にとる切り返しから左足クロスを送り、本田圭佑の決勝ゴールをアシストした。以降、ラウンド16のパラグアイ戦でPK戦負けとなるまで、この大会はむしろ献身性が目立っていた。局面では敵を欺くフェイントや攻撃的なプレーは忘れない。

 しかし、右サイドを起点に相手ボールを守備で追い続ける様は、汗を掻く戦士そのものである。2004年にフランスのクラブに移籍してから、欧州の舞台で肉弾戦を長く経験し、サッカーは決して美しくプレーするだけではないという本質も味わっていた。だからこそ、世界の檜舞台で泥臭い仕事もいとわず走り続けた。

松井が「ル・マンの太陽」と称された2007年頃 ©Getty Images

ベトナムではコロナ禍で外出3カ月NGに

 五輪にもW杯にも出場した。サッカーの美も現実も、理解している。そんな男が今回、競技の垣根を超え新たなステージに進もうとしているのだ。

 なぜに、フットサルなのか。松井にその経緯について、率直に話を聞いた。

 直近の挑戦の地は、ベトナムだった。2000年に京都パープルサンガ(現・京都サンガ)でプロデビューしてから、フランス、ロシア、ブルガリア、ポーランドと渡り歩き、昨年12月に横浜FCから自身6カ国目となる新天地に飛び出した。

 コロナ禍での移籍。「最初の3カ月は順調だった」というが、チームの成績が下降し始めるとクラブの運営は不安定となっていき、さらに今夏は厳しいロックダウンが発令されると自宅にて完全隔離に。その期間は、約3カ月にもわたった。

「食事はベトナム軍から支給されました。外出はNG、体も思うように動かせず、非常階段を上り下りするぐらいしかできなかったです。メンタルは強いほうだと思っていたけど、さすがに折れそうになりました」

「何かまた違うものが見えてくる経験に」

 途方に暮れていたときに届いたのが、フットサル転向の話である。サッカーチームも持つ(J3に所属)、Y.S.C.C.横浜からの誘いだった。

入団会見での松井 ©Kentaro Takahashi

「コロナでの隔離で人生を考える機会にもなっていたなか、あらためて自分はいままで誰もやったことがないサッカー人生を歩みたいということを再確認しました。ここで、なにか違う道を切り拓くことも面白いのではないかと。だからそう気づかせてくれた今回のオファーにはすごく感謝しています」

 Jリーグ復帰の可能性も自分の中では残し、実際にオファーももらった。ただ、一度フットサルに傾きかけた気持ちは、そのまま止まることなく決心にまで至った。

Jリーグ復帰も選択肢に入れていたというが…(2014年撮影) ©Getty Images

「自分にとって、何かまた違うものが見えてくる経験になるかもしれない。人生のプラスになるんじゃないかと純粋に思い決断しました」

ロナウジーニョやネイマールもフットサルを経験

 似て非なる競技に飛び込んでいくことは事実。ただし、これでサッカー選手としての自分が完全に終了するわけではない。その2つをしっかりと理解し、松井はフットサル選手になることを決めた。

 今回の話を初めに聞いたときに湧いたイメージ、それは「松井がフットサル、なんだか楽しそう!」だった。

 理由は簡単。前述したとおり松井が日本を代表するクラッキだからである。ロナウジーニョやネイマールといったブラジル勢のテクニシャン、さらにはスペインの名手の多くがフットサル出身ということはよく知られている。

フットサルに興じるロナウジーニョ(2017年) ©Getty Images

《うまい選手》とフットサルはベストマッチングする。この文脈に、松井もバッチリ当てはまる。

「オフには街のフットサル場に飛び入り参加することも」

 当の本人も、自らへの期待感は高い。

「そこは自分も楽しみです。サッカー以上に技術的なスポーツだからこそ、より自分らしくプレーできると思う。もちろんそこまでサッカーとかけ離れた競技だと思ってはいないです。いまでもオフになるとよく、街のフットサル場に飛び入り参加することもあるんですよ。

 帽子を被って『すみません、一緒にやっていいですか』と入っていって、それでドリブルを始めてグッとフェイントをかけた瞬間に周りから『あれ? もしかして』みたいに観られてバレます(笑)。何より1対1の駆け引きが多いですし、相手の逆を常に取っていくことが試合の中で何度も求められていきます。そこが僕にとっては純粋に面白いです」

©Kentaro Takahashi

 フットサルのスーパーゴール集を観ていると、曲芸的なプレーが満載である。松井のトリッキーなプレーがフットサルでも飛び出すか、いまから楽しみである。

 一方、松井はフットサルの競技性にもしっかりと目を向けているのだという。

文=西川結城

photograph by Kentaro Takahashi