「アハハハ。懐かしいですねえ」。東京五輪を映像を見ながら、まるで他人事のように大偉業を振り返るのは女子ボクシングに初の金メダルをもたらした入江聖奈(フェザー級)だ。引退宣言も飛び出した大学生ボクサーは、激闘から1カ月経った今、何を思うのか。今後のビジョンを聞いた(聞き手:田中大貴)

――オリンピックが終わって1カ月ぐらい経ちました。心境の変化などはありますか?

 うーん、とくに変わらなくて。あんまり金メダルを獲った実感もなければ、まだ自分が金メダリストとは思えないんですよ。なんでしょうねえ、なんか「メダルを持ってるな」っていうだけで。

――この1カ月でいろんな人から祝福され、さまざまな取材も受けたと思いますが、それでも実感は湧かない?

 自分の中で金メダリストと言ったら、内村航平さんとかレジェンドの人たちが思い浮かぶ。そういう方たちとは(自分は)絶対に一緒じゃないので。だってオーラも違いますし、何かが根本的に違う……うん、やっぱり思えないですね(笑)。

――でも、女子ボクシング界で史上初めての金メダル。大偉業ですよ?

 それはいっぱい言われます(笑)。確かに初めてなのはすごく光栄ですし、自分もうれしいんですけど、でもたまたま最初が自分の番だっただけで、自分が獲ってなかったらたぶん他の人が獲っていたと思う。だからオマケみたいな感じですかね。

――オマケ?

 ちっちゃい頃からの夢だった「金メダルを獲る」ということに、ただ「初めて」が付いてきてくれただけで。そこまで特別な思いはないです、嬉しいですけど(笑)。

「金メダル持ってきました」とカエルのポーチを取り出した入江(c)Kiichi Matsumoto

準々決勝が「一番緊張した」

――大会中、リングサイドで試合を観させてもらいました。入場時は関係者の皆さんの声に応えるなど、すごく冷静な選手だなと感じていました。

 そうですね。めちゃくちゃアガることはなかったですし、いい精神状態で(試合を)迎えられたのかなと思います。でも、メダル確定が懸かっていた準々決勝は今までで一番緊張した試合でした。

ベスト4進出が決まり、メダルを確定させた準々決勝マリアクラウディア・ネキツァ(ルーマニア)戦。緊張感から解き放たれ、涙を流した (c)Getty Images

――勝利した後は涙を流していましたね。覚えていますか?

 覚えています、何か勝手に涙が出てきちゃって。リングを降りるときにセコンドから「何で泣いてんだよ。まだ通過点だよ」と言われてから頑張って笑うようにしていました。

――「今までで一番緊張した試合」をどう乗り越えたんでしょう?

 ずっといやだ、いやだと思いながら過ごしていましたし、できたら試合をしたくなかった(笑)。でも、試合が始まっちゃえば勝手に闘争心は入りますし、そんなこと考える余裕もないので、乗り越えるというよりはありのままにという感じ。基本的には受け入れる派で、自分には逆らわないです(笑)。

――そういう考えはずっと持っていたものなんですか?

 いや、大学に入ったぐらいからですかねえ。高校まではどこか神経をピーンとさせてたところはあったと思います。でも思春期を抜けたあたりからちょっと余裕が出てきたんだと思います、人生において(笑)。

 たぶん高校生までの自分は、取材をしていただいた時でも優等生みたいな発言をしていたと思うんです。たぶんこういうことを求めているのかなとか、そういうことを考えていました。でも大学生になってから、ちょっと本音で話してみたら良いように取り上げてくださることを知って(笑)。そこからあまり考えすぎないように話すようになった気はします。

試合後インタビューのイメトレ

――試合直後の『ボクシングはこれで終わりです』や戦術を問われた時の『強気のツノガエル作戦』といったコメント力も際立っていました。印象的だったのは勝ち進んでいくたびに『日本ボクシングの歴史の扉が5ミリ開いた』『5センチ開いた』と、心情を表現していたことです。ああいう言葉は試合後にパッと出てくるんですか?

 いや、イメージトレーニングをいっぱいするんです、試合の後のイメトレ(笑)。

――試合ではなく、試合後の?(笑)

 はい。とくに考えるのは負けたときで。記者の皆さんもたぶん気をつかってくれるだろうなと思うので、重たい空気にならないように、どういう感じで答えようかなとか、考えていますね。

――もしや、銀メダル用のコメントも用意していた?

(決勝前に)考えてました(笑)。「ここまできた自分をほめてあげたい」と言った後に「金メダルの夢は、並木(月海/フライ級)さんに任せて、日本女子を盛り上げていってくれたらうれしいなと思います」で締めようかなと思ってました(笑)。

 あ、でもさすがに金メダルバージョンはあんまり考えてなかったですね。優勝した時はもうノリに任せようと思っていたかな。ただ「何ガエルの気分ですか?」と聞かれると思っていたので、そこはトノサマガエル一択だろうと思っていました(笑)。

――それだけメダルへ強い思いがあったということの裏返しでもありますよね?

 やっぱりメダルを獲る、獲らないで、メディアでの取り上げられ方も全然違うとはわかっていたので。並木さんはメダルを獲ると思っていましたから、私だけ獲れなかったら何事もなかったみたいになっちゃう。そうなったらすごく虚しいと思っていたので何とかメダルを獲りたかったです(笑)。

金メダルの瞬間、トノサマカエルのように飛び跳ねた (c)Naoya Sanuki/JMPA

最後は気持ち「言霊を信じて」

――少し試合のことも聞かせてください。相手が強くなるにつれて、セコンドのアドバイスを受け入れながらうまくアジャストしていたように見えました。そういう適応力はこれまでの経験で培ったものなのでしょうか?

 いや、適応力はないと思いますねえ。1回リズムが崩れちゃったらけっこう焦るところはありますし。ただ、オリンピックに関しては相手によって変えていくというよりは、自分のボクシングを貫くというところにテーマを置いていたので。しっかり動いて、得意のジャブとストレートがヒットできたから金メダルまで辿り着けたと思っています。

――ネスティー・ペテシオ(フィリピン)との決勝戦はどんな戦略で臨んだのでしょう?

 手の内というか、ベタ足の剛腕ファイターだということはわかっていました。逆に言えば追い足もないので、しっかりジャブを突いて、足を使ってストレートを打ち込む、の繰り返しでいこうと。あとは、簡単に下がったらたぶん相手が調子づいてボンボンとパンチをもらうと思ったので、相手を下がらせるイメージを強く持っていました。

 でも、ちょっと難しい試合になりましたね。スタミナはきつくなかったのですが、2ラウンド目は完全に取られていましたし、クリンチも多かった。ほんとに自分の技術不足が出たと思います。

(c)Kiichi Matsumoto

――3ラウンド目、どう流れを変えようと思っていたのですか?

 もう勝負だと思ったので、技術っていうよりはもう気持ち。金メダルを獲りたいとずっと口にしてきたので、その言霊を信じて(笑)。

――故郷・鳥取に帰った時は、ご両親からどんな言葉をかけられましたか?

 お母さんはすごくあっさりしていましたね。「すごいね」ぐらいしか言ってくれなくて、もうちょっとあるでしょ!と思ったんですけど(笑)。あ、でも、(鳥取に帰ってからは)ほぼ毎日ごちそうでした。お父さんは金メダルをパシャパシャ撮って、インスタグラムに上げていました(笑)。これまでも釣った魚と一緒に私の賞状とかを上げたりしてくれていて。だから釣ったイカと一緒にいます、私の金メダル(笑)。

――お父さん、面白いですね(笑)。入江選手にとってご両親はどういう存在でしょうか?

 基本的には自分のやりたいことを、自由にやらせてくれた両親だと思います。滅多に怒られないんです。小学生の時も寝落ちするまでゲームしていたこともありましたし……(笑)。

 でも、自分がジムのスタッフさんのことを「おばさん」と呼んだ時と、ムカついたのでドアをバーンと閉めた時はめちゃくちゃ怒られた記憶があります。人を傷つける言葉とか行動にはお父さんもお母さんも敏感だったなという気がします。ボクシング面でも何も言わずに見守ってくれていましたが、自分に負けるようなことは許さないというか。

――何か印象的な言葉などはありますか?

 言葉というか、お母さんからの手紙ですかね。「ちょっと努力が足りないんじゃない?」とか。

――手紙?

 そうです。たぶん中学生ぐらい、反抗期だったころ。ボクシングのことじゃないんですけど、ちょっと勉強をサボり気味だった時期があって、「まとまった時間がないから勉強する気にならない」と言ったことがありました。そしたらお母さんからの手紙に「ローマは一日にして成らず」という言葉があって、時間を見つけてちょっとずつやったら?みたいな感じで書いてありました。

 今考えると、まとまった時間がないとしないというのは、やらない人の言い訳ですよね。もうボクシングを始めていたので、勉強もちゃんと頑張らないといけないんだなと思ったことは覚えています。

©︎Kiichi Matsumoto

――今も手紙のやりとりはあるんですか?

 今はもうないですよ。当時は反抗期だったので何を言っても聞かない面倒くさい子だったので(笑)、喧嘩した後とかにもよく手紙をもらっていました。「昨日はごめんね。お母さんも言い過ぎたよ」とか。口で言うより何倍も時間がかかることですし、改めて考えたら手紙を書くってそんな簡単にやれることじゃないですよね。だから自分の中にしっかり、すっと入ってきたんだと思います。

――では、金メダルの思いは手紙に?

 いや、今はちょっと照れくさいですねえ(笑)。でも、ほんとにのびのびと過ごさせてもらったことは本当に感謝しています。だから、あまりグチグチ言わなくてもいいんだろうなと思います、教育は……わかんないですけど(笑)。

――今後の目標について。競技は大学生まで、ということに関してはいろんな場面で聞かれると思いますが、何かコメントは考えていますか?(笑)

 考えないといけないですねえ(笑)。でもやっぱり大学で区切りをつけないと、第2の人生を考えたときに、自分としてはその入り方が難しくなっちゃう気がしていて……。それに社会人になるきっかけがつかみづらくなるかなと。パリを目指したとして、終わった時はもう23歳。そこで就職しますとなっても、企業としてもそんなに欲しい人材にならないかなと思うんです。

――ゲーム会社に就職したいという話もありました。たとえば就職した企業から「仕事をしながら競技を続けてください」と言われたらどうします? 

 私は器用な人間じゃないので、仕事をやるなら仕事に集中したいですし、ボクシングだったらボクシングのことだけを考えていたい。同時進行ができないんです。だから、そのありがたすぎる話はお断りすると思います(笑)。

――会見でも「一番最高の結果が出て、それで終わりにするのがよくないですか」と言っていましたね。

 有終の美がいいんですよねえ(笑)。それに、夢はもう叶えられたので。今はゲームを作ってみたいという気持ちがありますし、大好きなカエルのことももっと知りたい。まだ大きな夢を描けていませんが、やりたいことがいっぱいあるんです。パリ五輪を目指してという声もありがたいですが、やりたいことにチャレンジしたい気持ちが強いです。

 それに、こんなこと話していますが、パリ五輪に出られる保証なんてどこにもないですから。予選で負けたら、東京五輪の金という実績がかすんじゃう(笑)。自分の中で「やりきったー!」で終わりたいというのが率直な思いです。

――今回より良い結果、となれば連覇しかないわけですからね。それこそ、レジェンドたちの仲間入りができるかもしれませんけど(笑)

 確かに連覇できたらそれはめちゃくちゃかっこいいことだと思います。男子含めて日本人史上初のことですから。うーん、でもあと3年は頑張れない。遊ぶことは我慢できるんですけど、練習がしんどいので、また追い込まれると思うとゾッとします。本当しんどかったですもん、練習(笑)。しっかりボクシングをやり切って、そしてまた夢を見つけられたらいいなと思っています。

(c)Kiichi Matsumoto

――入江選手らしいですね。今日はありとうございました。次の目標が決まったらまたお話を聞かせてください。

文=田中大貴

photograph by Kiichi Matsumoto