格闘技は個人競技だが、試合は“団体戦”でもある。決して1人で闘うわけではないのだ。

 選手にはコーチがいる。複数の場合も多い。セコンドにつくメインの指導者だけでなくボクシングの出稽古に行き柔術コーチをつけフィジカルトレーナーのもとで肉体や神経系を磨き上げる。「この人の巻くバンデージでなければ」ということもある。近い階級の選手がジムにたくさんいれば、スパーリング・パートナーに恵まれることになる。他ジムの選手にスパーリングを依頼することも。試合中、窮地に陥ってもセコンドの一言で蘇生できる場合だってある。そうした要素を総合しての“個人競技”なのだ。

 9月19日に開催された『RIZIN.30』さいたまスーパーアリーナ大会のメインイベントは、まさに“チーム対抗戦”だった。バンタム級ジャパンGPの2回戦、朝倉海vsアラン“ヒロ”ヤマニハだ。

 朝倉は兄の未来とともに活躍する前バンタム級王者。現在の日本で最も有名なファイターの1人だ。昨年大晦日、堀口恭司とのリマッチに敗れてベルトを失い、あらためて実力を証明すべくトーナメントにエントリーした。

 対するヤマニハは日系のブラジリアン。静岡のボンサイ柔術に所属する。ボンサイ柔術はいま最もホットな格闘技ジムと言っていいだろう。6月の東京ドーム大会ではホベルト・サトシ・ソウザがライト級タイトルを獲得、クレベル・コイケは朝倉未来を三角絞めで失神させた。ブラジルから祖先の国に“出稼ぎ”で渡り、そこで“日本発ブラジル育ち”の柔術を武器に成り上がる。そんなストーリーもドラマティックだった。

朝倉海のセコンドには、ボンサイ柔術に敗北した兄の朝倉未来がついた ©RIZIN FF

“朝倉兄弟vsボンサイ柔術”

 この海vsヤマニハ、闘いの構図はつまり“朝倉兄弟vsボンサイ柔術”だ。海のコーナーには未来がいて、ヤマニハのセコンドにはサトシとクレベル。そういう“画”まで主催者がイメージしてのマッチメイクだったのである。ファンにとっても感情移入しやすい、盛り上がるカードだ。

 対戦決定の記者会見で強気なコメントを発したヤマニハに、海は「ボンサイの選手はリスペクトしてたけど、ボンサイの一番弱い選手が勘違いしちゃってるんで、分からせようと思います。ボコボコにします」。ヤマニハは柔術=寝技だけでないオールラウンダーとして評価されていたが、下馬評ではやはり海が優位だった。

 実際、ゴングが鳴ると序盤は海が圧倒した。常に圧力をかけ、ヤマニハにロープを背負わせて打撃を当てていく。特に右のパンチが重い。早い段階でのKOもあるのではと思わせる展開だった。

 ところが、そこからヤマニハが粘りに粘る。ダメージはあるはずなのに果敢にパンチを打ち返し、組み付くとしつこくグラウンドへ持ち込もうとする。引き込んで三角絞めを狙う場面もあった。

朝倉の攻勢に、ヤマニハが粘る展開が続いた ©RIZIN FF

 海の三日月蹴り、ボディへのパンチも何度となくヒット。いつ倒れてもおかしくない状態から、ヤマニハは猛反撃を見せた。結果は判定3-0で海の勝利。だが印象としては“ヤマニハ大健闘”だった。本人は試合を終えて「勝ったと思った」そうだ。

「メインイベントを任せてもらって、KOか一本で勝つつもりだったんですけど。ふがいないです。1ラウンドに何度か効かせたんですけど、倒すことを意識しすぎて詰め方が雑になってましたね。絶対に倒したいという気持ちが前に出すぎて、冷静に詰められなかった」(海)

 実は海は1ラウンドに右の拳を傷めていたという。そう言われてコメント中の海の姿を見てみると、マイクを持つ手が左だ。ファイティングポーズでの撮影も、右手を握ることができていなかった。

 ただ、そこから蹴りや左のパンチをボディに集中させたのは海の非凡さだろう。組み技の展開で脱出するまで時間をかけすぎたという反省もあったが、ピンチというほど追い込まれたわけではなかった。

グラウンド戦に持ち込もうとするヤマニハ ©RIZIN FF

「RIZINの中心は朝倉兄弟でありたい」

 今回はボンサイ柔術の選手に勝ったが、だからといって“兄の仇討ち”という感覚ではなかった。未来が負けたクレベルと闘ったわけではないのだ。ただ、こんな言葉も口にしている。

「ボンサイ柔術の選手がチャンピオンになったり勢いがあるけど、RIZINの中心は朝倉兄弟でありたいという気持ちが強いです。僕らが(RIZINを)引っ張っていきたい。チームとして負けたくないという気持ちでした」

 兄が勝てば弟も注目される。弟の活躍で兄の名も上がる。“朝倉兄弟”として闘うことについて、2人はかつてそう語っている。

 一方のヤマニハ。1ラウンドに右のパンチで倒れそうだったと明かしたが、そこで自分を救ってくれたのは「ジム」だったという。

「アサクラが強いのは知ってた。打撃がうまい。でもジムを信じてる。だから僕の心は強い。ジムでハードなトレーニングをしてきたので。だから悪い状況になってもまだ闘えると思った」

 やはりこの試合は“団体戦”だったのだ。

朝倉海の“苦戦”が意味するもの

 勝った海は、恒例の大晦日大会で行なわれるGPファイナル(準決勝・決勝)に進む。ベスト4に残ったのは瀧澤謙太、扇久保博正、井上直樹と海。2回戦4試合のうち、KO、一本決着となったのは瀧澤vs元谷友貴だけだった。

「このトーナメントに出ている時点で、全員そんなに差はないんだと思う」

 そう語ったのは、井上と大激闘を展開した金太郎。RIZINの榊原信行CEOは、コロナ禍で日本在住の選手だけの大会だったからこそ「自国での闘いでは譲れないものがあるんだと思います」と語っている。ましてRIZINという大舞台だ。誰もがいつも以上の力、精神力を発揮しても不思議ではない。

 ファイナルの組み合わせはまだ決まっていないが、どこを強化し、何を修正するかが大きなポイントになるのは間違いない。海もヤマニハ戦について「修正点が見つかったので、ある意味よかった。最強の状態で大晦日に臨みたいです」と語っている。

勝利した朝倉海が見据えるのは、大みそかの大舞台だ ©RIZIN FF

 もちろんそれは、GPで優勝するためだけではない。

「圧倒して勝ちたいので。優勝するのはもちろん、僕は対世界を目指してます。そう考えると、まだ実力不足。全体的にレベルアップしないといけない」

 これまでの試合の結果が、海vsヤマニハというカードの実現へと導いた。今回の結果と内容も大晦日の闘いに影響を及ぼすだろう。そして大晦日は来年へとつながる。海はそこまで見据えており、そういう選手だからここまで結果を残してきた。今回の苦戦は、必ず朝倉海を強くする。

文=橋本宗洋

photograph by RIZIN FF Susumu Nagao