本日は将棋界のレジェンド、羽生善治九段の誕生日。そこでその普段の人柄を知ることができる記事を再公開します。<初公開:2021年6月29日、肩書などはすべて当時>

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NumberWebでは将棋の"競技的"な側面を中心に、王座獲得経験のある中村太地七段に将棋の奥深さについて定期的に語ってもらっている。今回は佐藤紳哉七段を招き、王位戦、叡王戦での対局が決まった豊島将之竜王・叡王と藤井聡太棋聖・王位、さらには羽生善治九段ら多岐にわたって語ってもらった(全3回/#1、#3はこちら)

 将棋界では異例であるチーム戦「ABEMAトーナメント」が将棋ファンの中で好評だ。トップ棋士がドラフト会議で指名した各棋士とともに熱戦を繰り広げているが、佐藤紳哉七段と中村太地七段は羽生善治九段の「チーム羽生 in the Zone」に所属している。タイトル通算99期の不世出の棋士について、将棋ファンがなかなか目にできない素顔について、中村七段のYouTubeチャンネルでの話も交えて教えてもらった。(構成/茂野聡士)

佐藤紳哉七段と中村太地七段©Tomonosuke Imai

アドバイス的なものを受けたいけど、プロなので

――普段は個々人で対局に挑む棋士の方々ですが……現在開催されているABEMAトーナメントでは、「チーム羽生」の「in the Zone」としてリーダーの羽生善治九段とともに共闘していますね。

中村 チーム戦に臨んでみて、棋士それぞれがどう考えているのか、ほかの人をどう見ているかという考え方に、このような形で触れられることが興味深いです。

紳哉 同じチームに羽生九段もいて、本当に聞きたいことが山ほどあるわけだけど、同じ棋士として「さすがに聞けないな」っていうことは多いですからね。

中村 たしかに「どういう勉強したら成果出ますか?」、「僕の弱点を教えてください」などアドバイス的なものを受けたい……という考えが頭によぎる時があります。ただそれは心の中でとどめておきます。

紳哉 そうだよね。やっぱり僕らも、プロなので。

羽生−中村太地で行われた当時の王位戦©Kyodo News

羽生九段から指名を受けての率直な感想

――このトーナメントはリーダー役の各棋士がドラフトで2人を指名していく形でしたが、羽生九段から指名を受けられた率直なご感想はいかがでしたか?

紳哉 まずはビックリでしたよね(笑)。それと同時にすごく光栄で、身が引きしまるというか。その一方で足を引っ張りすぎてはいけない、というプレッシャーも感じています。

とても楽しそうな羽生さんがファンにとって新鮮?

中村 私もビックリすると同時に嬉しさを感じました。羽生先生と同じチームで頑張りたいな、この機会を公式戦の方にもいい影響が出るようにしたいなという。あとツイッターなどの反響を見ていると、羽生先生がとても楽しそうにしてらっしゃる様子が、ファンの方には新鮮に映っているようです。

紳哉 それは確かに。

©Tadashi Shirasawa

中村 羽生先生と言えば対局中の姿が一番印象的でしょうし、様々な分野の方と対談している理知的な姿もしかりです。ただ、普段の様子というのは今まであまり表に出なかった部分なのかも、と気づかされましたね。

 将棋界の中ではかなり知られているのですが、羽生先生は仕事などで一緒になると、控え室で楽しげに話をしてくださるんです。それが今回のABEMAトーナメントで表に出たのかなという感じはありますね。それに加えて紳哉先生は羽生先生と長らく「VS」(※1対1形式での研究)をされているなど関係性があるからこそ、より一層和気あいあいとした雰囲気になっているのかなと思います。

中村太地七段©Tomonosuke Imai

タイトル戦前日の懇親会でも話を振ってくれる

紳哉 たしかに羽生九段は、普段から朗らかなんですよ。だからファンの人から「あんなにニコニコしてる羽生さん、見たことない」という評判を聞くと、「あっそう感じるんだ」と逆に意外というか。羽生九段は周りに気を遣っていて。タイトル戦の前日とか、2日制とかだと懇親会があるんですけど、そういう時も結構……。

中村 話を振ってくれますよね。きっと羽生先生ご自身、喋ることが好きなんだと思います。色んなことに興味があるからこそ、様々な人の意見、考え方に触れる好奇心がおありなのかなと。ちなみに私についても、かなり細かいところまで見てくださいますしね。「この前、あの配信で……」など声をかけていただくことも多いですし。

紳哉 そうそうそう。「テレビ観たよ」とか、「また"あの芸"をやっていたね」みたいな。観ててくれているんだと嬉しくなると同時に、観ていただかなくてもいいのにと思うことも(笑)。羽生九段の前ではそんなにカツラ芸を……してないというわけでもないんだけど、どう返事すればいいのかと、少し恥ずかしい気持ちになったりもしますね。普段はいい意味で大スターという空気感を出しているわけではなく、とても優しく接してくれるんですよ。

中村 その一方で、対局の時とは全く違いますよね。やっぱりオーラが出るようなというか……すごい集中力で、鬼気迫る感じです。その一方で盤を離れたら、羽生先生が何十年にもわたってそういった行動を取られてきた。そしてなおかつ、羽生先生が人格者だからこそ将棋界が注目されてきた部分があります。1人の棋士として、羽生先生が将棋界のトップにいてくださって本当によかったなというのは偽らざる思いです。

羽生九段から受けた「期待」とは

――その羽生九段とチームを組む中で、ABEMAトーナメントはフィッシャールール(※1手さすごとに一定の時間が増える。チェスなどで用いられることが多く、同トーナメントでは持ち時間5分、1手指すごとに5秒増える)という超早指し戦に臨んでいます。

紳哉 フィッシャールールって普段の対局では絶対ないことで。勝ちの局面からたった1分後に自分が投了してるんですよ。その急転直下ぶりが怖いなって思いますね。そう言えば太地先生、豊島竜王との対局では、終盤までとてもスリリングな展開だったよね?

中村 持ち時間がない中で何かを判断、決断しなければならないのですが、5秒という感覚は……駒を動かすだけで数秒かかる中で、極端に言えば何が何だかわからないまま駒を進めている感覚でした。でもその中でやっぱり勝ち負けが決まるわけで、何らかの良し悪しが絡んでいるとは思うんですが、その取捨選択が難しいところです。

豊島竜王の懐の深さを感じた瞬間

紳哉 対局自体は自ら踏み込んでいった。

佐藤紳哉七段©Tomonosuke Imai

中村 そうですね、羽生先生からも「アグレッシブな展開を期待しています」という言葉があったので、積極的にいこうと。豊島竜王との一局は結構うまく指せてたように思いました。最後に追い込めそうなところまで攻めて、相手としては怖いだろうなと思ったんですけど……豊島竜王の懐が深く、時間がない中でも見切られて負かされた。やはりさすがだなと感心してしまった、というのが正直な感想でしょうか。

紳哉 最後の豊島竜王の手は、端から見てても本当にビックリしたというか。すごい見切りでしたね。

中村 そういったところを含めて豊島竜王の強さといいましょうか。ちなみに紳哉先生と言えば豊島竜王に対する"あの発言"でとても有名になられましたけど(笑)。もう9年前の出来事なんですね。

紳哉 そうなんですよ、もうそんなに経つんですね。……あ、またやったほうがいいですか?

中村 私のYouTubeでも披露していただきましたが、もしよろしければ。

紳哉 では……「豊島? 強いよね。序盤・中盤・終盤、隙がないと思うよ」。

豊島竜王は「どこがさらに強くなったのか」

――(笑)。豊島竜王については、今回の対談でぜひお聞きしたいテーマの1つでした。藤井二冠との王位戦が始まるということで、その頃と今を比べて「豊島竜王のどこがさらに強くなったのか」を、おふたりに解き明かしてもらえればと思っています。

中村 まず、紳哉先生が「豊島、強いよね」発言をした時の豊島竜王を思い出すと……。

紳哉 初めてのタイトル挑戦がちょうど震災の年あたり(2010年度の第60期王将戦)。久保(利明)王将に挑戦していました。

中村 当時の豊島竜王を思い出すと、非常に序盤研究が深く、研究にハマれば香車もスパッと切るなど、積極的な展開へと持ち込んでいました。

紳哉 そうですね。「序盤、中盤、終盤、隙がない」、まさにその通りの将棋だったと個人的に思います(笑)。

中村 ただその一方、当時はドロドロした展開と言いましょうか……沼のような戦いに引きずり込まれると、まだ勝てなかったという印象がありますね。そこに誘導した久保先生の巧みさ、とも言えるのでしょうが。

紳哉 僕も「少し線が細いかな」とは、少し感じてはいたんですけどね。

――「線が細い」とは?

紳哉 太地先生が今言ったように、ドロドロとした選択肢の多い展開になると、間違いやすいというか。その展開にも強くなると骨太な棋士という印象を受けます。

中村 ただ、当時と今を比べると、豊島竜王は明らかにパワーアップしたところがありますよね。

<第3回に続く。関連記事からもご覧になれます>

文=中村太地

photograph by Tadashi Shirasawa