近年の気象変動で野球の日程も大きく影響を受けているが、そんな中で阪神甲子園球場で奮闘している職人たちと言えば「阪神園芸」だ。彼らの知られざる活躍、そして企業の立ち位置について見学しつつ、聞いてみた(全3回/#1、#3)

 午前中から丹念に阪神甲子園球場の内外野を整備していた阪神園芸の皆さん。その技と連係にプロフェッショナリズムを感じたわけだが、甲子園がこれだけのグラウンドのクオリティを保てている理由や知られざる「阪神園芸の“中の人”事情」について、スポーツ施設本部・甲子園施設部長の金沢健児さんが子細に教えてくれた。

ノックが始まる7時半頃には仕上げておく

――実際にプロ野球が開催される午前中の準備を見せてもらいましたが、高校野球の場合はどのようなスケジュールで進むんでしょうか。

金沢 夏の甲子園で多い、4試合日のケースで説明しましょう。基本の出勤時間は6時半になります。前の日に天気が悪かったりしたら、もっと早くなることあるんですけど、6時より早く出勤するというのはなかなか……電車が動いてなかったりもするので。もちろん寮生がいたり、近くに住んでいる従業員も多いんですけどね。

――朝6時半から……本当におつかれさまです。

金沢 なので、前日に天気が悪くて、グラウンドが触れなかった場合、来ることのできる従業員だけ来てもらって、高校野球第1試合の8時プレーボールに向けてセッティングしています。

夏の甲子園、4試合の場合は第1試合が朝8時プレーボールだ。もちろん阪神園芸の朝も早い(2019年撮影) ©Hideki Sugiyama

――先ほどの整備を見ていると、よくその短時間で間に合うな……という気がします。

金沢 8時プレーボールと言いましたが、両チームのノックが始まる7時半ころまでには仕上げておかなければいけません。ただ、高校野球の場合、前日にかなり整備ができるんです。

――え、そうなんですか?

金沢 はい。実は第3、第4試合、つまりその日の最後の試合後に整備して帰れるのは大きいんですよね。グラウンド整備は1時間。それで並行して芝刈りも1時間ぐらいでしょうか。翌朝はラインを引くのと、あと芝生にちょっと……と感じたところに砂を入れるなど、30分程度でできる作業だけ残しているイメージです。 高校野球期間中は人数が多いので、朝も2時間かかることはないですね。

高校野球期間はバイトも雇ってトータル25人

――高校野球期間中はどれぐらいの規模、人数で携わっているんでしょう。

金沢 弊社にはグラウンドキーパーが15人ほどいて、アルバイトも10人ほど雇うので、トータル25人になります。もちろん、その中で交代で休みを取るので、1日を20〜21人ほどで整備しています。ちなみに弊社グラウンドキーパー15人のうち、4人は鳴尾浜に常駐しています。

――タイガースの二軍球場ですね。

金沢 そうです。その4人は高校野球期間中も鳴尾浜に足を運んでいます。15人のキャリアで言えば20年、10年クラスが1人ずつ、ほかは10年未満の若い人たちが業務に取り組んでいます。

1月には耕運機をかけているような状態に

――まさに熟練のハードワークですね……鳴尾浜の話も出たところで少し脱線するんですが、阪神園芸さんのインスタグラムなどを見ていると、阪神のキャンプにも足を運ばれているようですね。

金沢 キャンプだと一軍の沖縄に5人、高知県安芸市での二軍キャンプにも4人が行っていて、甲子園と鳴尾浜に残る組は6人となっています。イベントがないので、1日バタバタと仕事することはない時期ではあります。ただこの期間も甲子園球場がシーズンを迎えるにあたって、とても重要な時期なのです。

――オフシーズンの準備こそ大切、ということですか?

金沢 簡単に説明しますと、1月はグラウンドを耕して、2月中に整備をするんですけど、自然の雨を待ってグラウンドを固めるんです。1日の作業的に言えば、そんなに密度が濃くなく、雨を待って、降ってきたところを利用して……と、人が少なくてもできるようなサイクルで回っているんですよ。

――こちらもインスタで拝見したんですが、1月のグラウンドって「天地返し」と呼んでいるそうですが……どういった作業を具体的にやっているんですか?

金沢 すごく簡単に言うと、畑で耕運機をかけますよね。あの状態です(笑)。実際に同じ耕運機でやっているんです。

「畑の状態」は数日、固めるためには雨が

――甲子園の土もシーズンを迎える前に、耕す必要性があるんですね(笑)。

金沢 そうなんです。具体的な時期で言うと、成人の日をはさむ3連休の前後でしょうか。掘った後にすぐ雨が降ると困るので、1週間の天気を見ながらですが……例えば3連休前にやったら3連休はそのまま置いておきます。そして3連休明けにグラウンドを固めだします。なので「畑の状態」を見られるのはほんの数日なんです。

 そこからもう1回、デコボコしているグラウンドを整地していきます。見た目はすぐ戻るんですけど、30センチほど堀り起こしてるので、これを固めるのには雨がいる。いいタイミングでグラウンド整備で固めて……という作業を繰り返していって、最終的にはセンバツの期間中ぐらいにできあがる感じでしょうね。

――1日、1週間では完成しないスパンだとは!

金沢 というのも、気温が上昇していかないと、下に残っている水も蒸発しきらないから柔らかいままなんです。太陽が当たっても、3月上旬だとまだ気温が低いですから。グラウンドが固まっていくのが3月下旬、桜が咲く頃にはある程度気温が上がってきて、いい状態になるんです。

雨続きだった夏の甲子園、どう感じてました?

 甲子園での取材を終えた夜にラジオ中継を聞いていると、阪神戦の解説を務めていた桧山進次郎さんが「本当に阪神園芸さんが日々しっかりと整備してくださっていますが、《土の中から》という部分で時間がかかるそうなんですよ」といった風に話していた。金沢さんが懇切丁寧に説明してくれたグラウンド管理の丹念さについて、阪神OBだからこそ知る部分があるのだろう。

 話を戻そう。雨続きで異例の大会となった、2021年夏の甲子園について聞いてみた。

大阪桐蔭−東海大菅生は異例のコールドゲームとなった ©JIJI PRESS

――今夏の甲子園は雨で順延が続くなど、天候不順が続きました。

金沢 もちろん大変でしたね。近年の夏と言えば、まず暑さが大変ですが……。

――気候変動の話も興味深いです。

金沢 猛暑日になる日が多いのはもちろんなんですが、暑い日はなんぼでもあったと思うんです。一方で最低気温が25度以下の日がほぼなく、27、28度が続くと――グラウンドに対しては関係ないですが、自分達がしんどく感じるというのは事実です。それに加えて20分で5〜10ミリの豪雨が一気に、という降り方は以前に比べて増えた印象がありますね。

整備中にコミュニケーションを取る金沢さん

――阪神園芸の方々も、非常にタフな環境で整備をされているんですね。

金沢 ただ逆に、雨の心配というのは夏の甲子園ではほぼなかったんですよ。1日順延する年は……たまたま来た低気圧や台風での中止などが、あるかないかという程度で。それが2021年は初日から台風で開会式が延期になって。始まってみたら、雨・雨・雨……正直なところ、もう1週間経ってるんやけど、と思いましたね(苦笑)。

 プロ野球と違って朝から試合があるので、試合が進んでいる中での雨が降ってきてコールドゲーム、ノーゲームというケースもありました。試合が進行しているので雨が降っていてもシートも張れないので。本当にやるべきことは多かったです。ただ、本当に水はけもよかったので、そこは助かりましたね。水はけは毎年、同じ条件じゃないですから。

水はけで「1つプラスになった」出来事とは

――「阪神園芸はさすがの円滑な神整備だった」との報道や評判の舞台裏では、様々な準備をとても大切にされているわけで……先ほどのオフシーズンの話に通じるかと思うのですが、水はけってその年によって大きく変わるんですか?

金沢 ええ。同じものを作りたいですけど、先ほども説明したオフシーズンのグラウンド整備をする中で、1〜2月の降水量によって出来が変わってしまうのも事実なんです。それに加えて、今年は1つプラスになったことがあるんです。

――というと?

金沢 高校野球に向けて、7月にもグラウンド整備をするんです。先ほども説明した通り、夏の選手権大会は1日で3、4試合と使用しますし、後半戦に向けた準備ということで、1月に作ったグラウンドをもう一度作り直す作業をするんです……ただ2021年は、オリンピックによるプロ野球の中断期間があった。これが大きかったんです。

――なるほど、7月下旬から2週間ほどはエキシビションマッチがあったとはいえ、準備しやすい状況だったんですね。

金沢 そうです。作業予定日の前夜に雨が降ったんですよ。降った後、少し深めにグラウンドを耕してみると、けっこう水気と湿気が残って、いい状態を作っていきやすかったんですよ。その結果、水はけの良さにつながったんです。

 なので来年、同じことをできるかというたら……技術うんぬんだけでなく、天候に左右されるものなので。もちろん「こんな水、蒸発せえへんやん」という年は絶対にないようにしていますよ。

阪神園芸の整備によって、高校球児も思い切ったプレーができているのだろう(2018年撮影) ©Hideki Sugiyama

我々、特に若手にとっていい経験だった

――実際、あの豪雨から水を引いていく様子を見ていて、どう感じました?

金沢 あれだけ降って「41分で水が引いた」と報道してくださったメディアもありました。ただ自分自身、あれほど降った状態からその時間で水が引くのは、想定してなかったです。「こんなに早くできるんか……」というのが正直な気持ちです。大変やったけど(笑)。

 雨が上がった時の整備を含めて、回数を重ねないとわからないことは数多いんです。

 そういった意味でもやっぱり、あれだけ雨が降った今夏は我々、特に若手にとって、とてもいい経験ができたと考えてますね。こんな天気というのは今までなかったわけですし、今後の参考にしていけるなと前向きにとらえています。

無事「智弁決戦」までたどり着けたのも、阪神園芸のたゆまぬ努力があってこそだ ©Hideki Sugiyama

 まだまだ聞いてみたいことがある。「阪神園芸の甲子園球場以外での業務内容」だ。これについて、久保田晃司社長から直々にお話してもらえることになった。 <第3回に続く>

文=茂野聡士

photograph by Satoshi Shigeno