「涙って勝手に出てくるんや」

 9月中旬、TEAM TEPPENの那須川弘幸会長が持つミットで追い込まれているときのことだ。心の中で「世の中にこんなきついことがあるのか」と弱気になっていると、汗とは違う熱い水分が頬を伝ってきた。

 生まれて22年、京都から上京して3年目に突入したというのに関西弁が抜けない風音は辛くて自然発生する涙を初めて味わった。そこまで自分を徹底的に追い込む那須川会長やコーチを嫌いになりかけたこともある。

「正直にいうと、朝起きたときに『ああ、今日も練習か』とボヤくことは何度もありました」

 気持ちは揺れ動いたが、練習に背を向けようとは思わなかった。「俺は、いま人生を変えることができるトーナメントに出ている」ということだけは自覚していたからだ。

©Susumu Nagao

「追い込んでもらえればもらうほど、強くなれる」

 歯を食いしばるしかなかった。

「ここで耐えないと、俺は絶対勝てへん。踏ん張りどきや」

「優勝したら国内最強」実力者が揃ったトーナメントで…

 舞台は今年7月に大阪で開幕し、9月23日の横浜大会で準決勝と決勝を迎えた『RISE DEAD OR ALIVE 2021 -53 kgトーナメント』。メンバーは那須川天心との二度に渡る激闘で名を売り大本命となった志朗、実弟・孔稀とともに無敗の快進撃を続けていた“優しい怪物”大崎一貴、“西の神童”と呼ばれアグレッシブなファイトを得意とする石井一成。出場者が決定した時点で、「このトーナメントで優勝すれば、-53kgでは国内最強を名乗ってもいい」と断言してもいいほどタレントが揃っていた。

 当初風音は、のちにRIZINで那須川天心とボクシングルールで闘い話題となる大崎孔稀と5月16日にトーナメント本戦出場をかけて闘う予定だった。つまり最初から本戦のメンバーに選ばれていたわけではなかった。

 しかし、孔稀が新型コロナウイルスに感染してしまったので、風音は不戦勝扱いで出場切符を手にする。「運も実力のうち」とはよく言ったものだが、他の7名はチャンピオンベルトを保持、あるいは保持者だった者ばかり。その中で風音だけが無冠だった。

 果たして出場メンバーが一堂に会した、5月17日の組み合わせ発表記者会見。うがった見方かもしれないが、風音だけが浮いているように見えた。そうした空気を察したのか、風音はこんなコメントを残している。

「『なんでお前が出るねん?』みたいな声も多いんですけれど、ひとりくらいこういうダークホースがいてもいいと思う。かき乱して優勝してやるんで楽しみにしておいて下さい」

 とはいえ、風音の発言を鵜呑みにする関係者は皆無に等しかった。というのも初戦の相手は志朗の対抗と目されていた江幡睦だったからだ。この時点で風音は単なる“場違い男”に過ぎなかった。試合が決まってからジムメイトから異口同音に「頑張って」と激励されたが、それが社交辞令であることはすぐわかった。

 風音は心の中で「チクショー!」と叫んだ。

「いまにみていろよ。最後は絶対に俺が笑ってやる」

 その一方で、少数派ながら風音の活躍を信じて疑わない者もいた。「俺はお前を信じているから」と毎朝睡眠時間を削ってまでマンツーマンの練習に付き合ってくれた那須川天心の父・那須川会長である。

“場違い男”の快進撃

 結局、風音は延長戦の末に江幡を2−1で撃破。試合後、マイクを握ると、「見たか、ボケ! 優勝候補に勝ったやろ!!」と絶叫した。常軌を逸した追い込みは、愛弟子のポテンシャルを信じてやまない愛のムチだった。

©Susumu Nagao

 準決勝に駒を進めても、風音を優勝候補に推す声は少なかった。準決勝は親友・政所仁との初対決。一回戦で初代RISEスーパーフライ級王者・田丸辰からダウンを奪った末に勝利した政所は以前にも増してフィジカルがアップしているように映ったので、予想では政所を推す声の方が大きかったのだ。

 しかし、下馬評が低ければ低いほど、場違い男は燃える。無二の親友との決戦を控え、「気持ちは吹っ切れた」と気丈に語っていたが、実際には「内心どこかでイヤだった」と吐露する。

「正直、すごく複雑な気持ちでした」

 2Rまでは甲乙つけがたいシーソーゲーム。勝負の分かれ目は3Rだった。ともに思い切り攻撃する姿勢も手伝ってミスブローも多かったが、そうした中で風音は左フックや右ストレートをヒットさせ、試合の流れをたぐり寄せた。判定は2−0。風音は辛くも親友対決を制した。

「思っていた通り仁は強かったし、すごくやりづらかった」

決勝まで進んでも「やっぱり優勝候補は志朗では?」

 もう一方のブロックから勝ち上がってきたのは大方の予想通り志朗だった。

 巷の予想は以下のような感じだった。

「那須川も認めるテクニックで、志朗は風音の攻撃を避け、鈴木真彦からダウンを奪ったカウンターの一撃で仕留めるのでは?」

 風音には失礼ながら筆者もそう予想した。案の定、2R序盤までは志朗のカウンターテクニックが冴えているように見えた。ところがそれ以降は風音が右ストレートやワンツーで盛り返す。3Rになると、風音にはまだ体力が残っているように見えたが、対照的に志朗は疲れているのか、珍しく大振りが目立つようになる。実は試合中志朗は右手を骨折してしまっていたが、この時点では知る由もなかった。

 延長戦になると、さらに風音が優勢になった。観客席からは「すごい、スタミナ」という声が漏れる。結局、文句なしの3−0で志朗を破るという番狂わせを演じた。涙の先には栄光があった。優勝できた要因を聞くと、風音は「決勝も準決勝も一回戦も、全て呑み込めたと思う」と振り返る。

「技術レベルでいうと、自分より闘った相手の方が上。自分でいうのもなんですけど、気持ちで全てを呑み込めたんだと思う」

©Getty Images

 筆者は10年に一度くらいのサイクルで、技術ではなく気で押した方が勝つという試合に出くわす。少々古い話になってしまうが、2001年8月のK-1 JAPAN GP決勝でニコラス・ペタスが延長戦でダウンを奪った末に武蔵を破った一戦は鮮烈な印象として記憶に残っている。

「なんも言葉が出てこ〜へん」のリフレインから始まった優勝後の風音のマイクは観客や視聴者の涙を誘った。

「うれしすぎると、あんまり言葉が出てこなくなるものですね。ホンマに号泣して気絶するくらいのうれしさを感じているんですけどね」

那須川天心に対決を挑むも「100年早いよ」

 その後、那須川天心との禁断の同門対決を直訴したが、これは控室で当の那須川から「100年早いよ」と一蹴されたという。

「ホンマにジムでスパーリングとかやっていると、ジャブだけでビビビって(感じで)やられている。でも、実戦はやってみないとわからない。今回のトーナメントを観てもらえばわかるように、僕は化けちゃうので」

 大半の選手は実戦では練習で培ったものの数割しか出せないという話をよく聞く。練習ではめっぽう強くても、本番になると結果を残せないという選手もいる。気で押す試合を3試合連続でできたことといい、風音は他の選手がやりたくてもできないパフォーマンス能力があるという意味で希有な存在なのか。

 ここに、最強の場違い男が誕生した。

文=布施鋼治

photograph by Susumu Nagao